ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

地球温暖化研究プログラム −脱温暖化社会実現に向けて−

【重点研究プログラムの紹介】

笹野 泰弘

地球温暖化に関わる課題

 温室効果ガスによる地球温暖化の進行とそれに伴う気候変化は,その予測される影響の大きさや深刻さからみて,人類の生存基盤に関わる最も重要な環境問題の一つであるといってもまったく過言ではありません。持続可能な社会の構築のためには,地球温暖化の進行の防止と気候変化による影響緩和への取り組みが必要不可欠です。平成17年2月には京都議定書が発効し,我が国では「京都議定書目標達成計画」(平成17年4月閣議決定)の確実な実施が求められています。しかし,重要なことは,京都議定書で約束することとなった温室効果ガスの排出量の1990年度比マイナス6%の目標達成は,温暖化に対する取り組みの「はじめの一歩」でしかないということです。

 人類や生態系に危険を及ぼさないレベルで気候変化を留めるためには,大気中の温室効果ガス濃度をある一定レベルに抑える必要があり,ここで問題は温室効果ガス濃度の上昇はどのレベルまで許容出来るのかという点に集約できます。そして一定レベルで濃度を安定化させるためには,現在,毎年人為的に排出している温室効果ガス量をその半分にまで減らさなければならない,というのがこれまでの科学研究の成果が示しているところであり,次の課題として,排出量半減に持っていくまでの道筋をいかに設定すべきか,脱温暖化社会の実現に向けた取り組みの現実的な処方箋を示すことが要請されています。

 こうした取り組みを今後進めることが出来たとしても,当分の間の人為起源の排出による温室効果ガスの大気中濃度の増加は,何がしかの地球温暖化とそれに伴う気候変化をもたらし,人類や地球の生態系に影響もたらす可能性があります。したがって,実態を把握し,その機構(各種のフィードバックプロセスを含め)を理解し,将来の変化を正確に予測する技術を獲得し,予測される気候変化とその影響・リスクを具体的にかつ不確実性を含めて定量的に示すことが,今後の温暖化政策・気候政策を進める上で極めて重要です。

 具体的な課題は,次のような一連の問いとして整理されるでしょう。

  • 気候変化は人類や生態系にどのような影響を与えるのか,温暖化(気温上昇)・ 気候変化はどこまで許容できるのか
  • 温室効果ガス濃度の増加はどういう気温上昇をもたらし, どういう気候変化をもたらすのか
  • 大気中の温室効果ガス濃度の増加はどこまで許容できるのか,人為的温室効果ガスをどれだけ排出してもよいのか
  • 温室効果ガス濃度の空間分布・時間変化の実態はどうなっているのか,温室効果ガスの自然および人為の発生・吸収量の空間分布・時間変化の実態はどうなっているか
  • 温室効果ガスの自然(海洋,陸域植生,・・・)の発生・吸収のメカニズムはどうなっているか,気候変化によって自然による吸収量は増えるのか減るのか
  • 温室効果ガス排出削減の目標達成までのシナリオをいかに描くか
  • 費用対効果,社会的受容性を考慮した温暖化対策はいかにあるべきか

重点研究プログラム「地球温暖化研究」

 こうした問題に対して総合的にかつ中長期を見通した研究を進めるべく,国立環境研究所では重点研究プログラムのひとつとして,「地球温暖化研究プログラム」を進めることとなりました。今年度から開始された中期計画では,「地球温暖化研究プログラム」を次の通り定めています。

 ・・・,排出削減約束の達成が我が国の当面の重要課題となったばかりでなく,京都議定書の第1約束期間以降の国際枠組みの構築,さらには将来の社会経済システムを温室効果ガスの排出の少ないものへと変革することを目指して,50~100年後の中長期までを見据えた温暖化対策の検討を進め,その道筋を明らかにしていく必要がある。そこで,第2期中期目標期間においては,温暖化とその影響に関するメカニズムの理解に基づいて,将来に起こり得る温暖化影響の予測のもとに,長期的な気候安定化目標並びにそれに向けた世界及び日本の脱温暖化社会のあるべき姿を見通し,費用対効果や社会的受容性を踏まえ,その実現に至る道筋を明らかにするため,以下の研究を実施する。・・・中略・・・
・温室効果ガスの長期的濃度変動メカニズムとその地域特性の解明
・衛星利用による二酸化炭素等の観測と全球炭素収支分布の推定
・気候・影響・土地利用モデルの統合による地球温暖化リスクの評価
・脱温暖化社会の実現に向けたビジョンの構築と対策の統合評価

研究プログラムの推進構成図(クリックで拡大表示)
図 地球温暖化研究プログラムの推進構成

 地球温暖化研究プログラムは,上記の4つの研究課題に取り組む4つの中核研究プロジェクトと,その他の8つの関連プロジェクト,さらに地球環境研究センターが実施する事業(大気・海洋モニタリング,陸域モニタリング,地球環境データベース,等)のうち地球温暖化に関係する活動とから構成されています。中核研究プロジェクトは,運営費交付金で実施される研究だけでなく,環境省の地球環境研究総合推進費等のいわゆる外部研究資金(競争的資金)で実施される研究課題への取り組みを含めて,総合的な視点から取り組むこととしています。関連プロジェクトは主として外部研究資金によります。また,地球環境研究センター事業は主として運営費交付金で取り組まれます。本研究プログラムは,地球環境研究センターに新たに設置された4つの研究室とモニタリングやデータベースを担う3つの推進室が中心となり,センター事業に関わる兼務研究者,関連プロジェクト担当の他ユニットの研究者,そしてフェロー等の多くの契約職員とともに推進されます(図)。

研究への取り組み

 研究所の基本方針としての「集中と選択」の結果として,装いを新たに重点研究プログラムとして開始することとなった地球温暖化研究プログラムです。そこでは,これまで重点特別研究プロジェクトの実施を通して培ってきた研究ポテンシャル(人材)と研究予算を単に寄せ集めただけに終わるのではなく,研究者間の相互作用と異分野研究者のシナジー効果を十分に活かした,新たな研究の展開を模索したいと考えています。また,研究資源(人材と予算)は限られており,今後の研究テーマの設定においては戦略的に取り組みの優先度を決めていくことが重要と考えています。さらに,研究の成果を論文として発表するにとどまらず,研究の成果を社会に向けて積極的に発信し,国民の地球環境問題に対する理解・意識の向上と環境行政・政策立案に寄与して行きたいと考えています。

(ささの やすひろ,地球環境研究センター長)

執筆者プロフィール:

平成18年4月から,地球環境研究センター長(及び地球温暖化研究プログラムリーダー)。センターの運営と研究プログラムの推進という大きな重要課題を前に,途惑うことの多い毎日を送ってきましたが,ようやく仕事にも新しいオフィスにも慣れてきたところです。