ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

循環資源・廃棄物中に含まれる有害化学物質の分析法ならびに分解技術の開発

政策対応型調査・研究:「循環型社会形成推進・廃棄物管理に関する調査・研究」から

安原 昭夫

 循環資源や廃棄物を取り扱う際に,有害化学物質の有無を調べ,有害化学物質が含まれている場合にはそれらを分解除去することが,環境影響を事前に予測・防止する観点から極めて重要です。

 現在広く使われている有害化学物質の分析法は多くがガスクロマトグラフィー質量分析法(GC/MS)を利用したものですが,この方法では高温でも安定で,300℃位までの温度域である程度以上の蒸気圧を持つ物質しか分析できません。一方,循環資源や廃棄物に含まれている有害化学物質の多くは不揮発性物質や熱的に不安定な物質ですので,これらを分析するためには新しい分析手法の開発が必要です。本研究では液体クロマトグラフィー質量分析法(LC/MS)を中心とした有機成分の分析法を開発しています。この状況を図1に分かりやすく示しました。つまり,GC/MSという窓で見える世界よりも,LC/MSという窓で見える世界の方がより広がっているのです。医学・薬学の分野で広く利用されているLC/MSによる分析は環境分析の分野ではそれほど使われていません。その理由は,循環資源や廃棄物も含めた環境試料中では多種類の有害化学物質が低濃度で複雑に混じりあっていることや分析装置の感度があまり高くないためです。例えば,臭素系難燃剤のような有機ハロゲン化合物や燃焼生成物に含まれているニトロ化合物などは現在市販されているLC/MS装置では感度が悪くて分析が困難です。本研究では,新しい工夫をすることでこれらの欠点を克服できる可能性が見えてきました。いろいろな工夫の中から,ここでは新しいイオン化法の開発を紹介します。

測定対象範囲の図
図1 GC/MSとLC/MSで測定できる対象物質の範囲

 この新しいイオン化法は通常のLC/MS装置では感度の低い化合物を高感度で測定するために開発されたものです。このイオン化装置の概要を図2に示します。市販されているLC/MS装置の大気圧化学イオン化装置にグロー放電の電極を取り付けたものです。液体クロマトグラフの分離カラムから溶媒とともに溶出してくる化学物質をアルゴンガスで霧化し,これをグロー放電させると,励起状態のアルゴン原子やアルゴンイオンが生成します。これらの励起状態の化学種は化学物質と衝突して,化学物質をイオン化します。グロー放電で生成する励起状態のアルゴンは高い内部エネルギーを持っているため,イオン化エネルギーが高い物質(通常のイオン化法ではイオン化しにくいために感度が低い)もイオン化でき,高感度が実現できるのです。この新しいイオン化法を使うことにより,ニトロ化合物では感度の大きな向上が観測されました。例えば,芳香族ニトロ化合物では従来のイオン化法に比べて,この新しいイオン化法では感度が数百倍にも上昇します。現在,この新しいイオン化法を利用したLC/MSによる循環資源・廃棄物試料への応用を進めています。

概念図
図2 LC/MS用に開発された新しいイオン化法の概念図

 各種の化学分析で有害化学物質の存在が明らかになった循環資源・廃棄物についてはその有害化学物質を除去して無害化することが大切です。本研究では有害化学物質のいろいろな分解技術の開発も行っています。ここでは新しい技術開発のひとつである電解還元法によるポリ塩化ビフェニル(PCB)の脱塩素化を紹介します(PCBの分解法については10頁からの環境問題基礎知識も参照)。電解還元でPCBなどの有機塩素化合物を脱塩素化する方法そのものは既に知られていますが,高い電流密度(電極面積あたり電流値)を維持することが困難であったり,脱塩素化の反応速度が必ずしも速くないために,分解効率はそれほど良くないと言われています。本研究ではナフタレンを反応液中に添加した状態で電解還元することにより,PCBなどの有機塩素化合物を迅速かつ完全に分解することに成功しました。その理由を次のように考えています。最初にナフタレンが電解還元されて,高い反応性をもつナフタレンラジカルアニオンが生成し,このラジカルアニオンが迅速に有機塩素化合物に電子を渡してナフタレンに戻り,電子を貰った有機塩素化合物は塩素原子を塩化物イオンとして遊離します。この反応が繰り返されて,有機塩素化合物は迅速に完全分解していきます。ナフタレンのように電子を媒介する役目をもつ物質をメディエーターと呼びますが,ナフタレンラジカルアニオンの高い反応性に着目したことが,この技術開発を成功に導きました。塩素原子を6個もつPCBを,ナフタレンをメディエーターにして電解還元した時の脱塩素化されていく様子を図3に示しました。流れた電気量は定量的に電解還元に利用されていることも明らかになりました。分解に必要な反応時間はPCB量と電流密度で決まりますが,この実験の場合は40分くらいでPCBが完全に分解されました。反応速度が速いために,塩素数が6個より少ないPCBは検出されていません。現在,本研究で開発した方法で他のいろいろな有機塩素化合物が迅速に電解還元されるかどうかを調べています。

分解率のグラフ
図3 ナフタレンをメディエーターとしてヘキサクロロビフェニル(塩素数が6個のPCB)を電解還元した時の分解率

(やすはら あきお,循環型社会形成推進・廃棄物研究センター,循環資源・廃棄物試験評価研究室長)

執筆者プロフィール:

現在,循環型社会形成推進・廃棄物研究センターの室長と環境ホルモン・ダイオキシン研究プロジェクトの総合研究官を兼ねており,この両方の研究グループで有害化学物質の分解技術開発を行っているため,自分の頭の中で両方のプロジェクトをうまく仕分けしていくのが困難になりつつある。自転車通勤では研究所で一番長く続いている(約29年間)と思っているが,自転車で走ると四季おりおりの風のにおいと暑さ寒さが感じられ,心が安らぐために,定年まで走り続けようと思っている。趣味というほどのものはないが,中学生の時からはまり込んでいる推理小説を読むことも最近は時間がとれなくなってしまい,残念である。