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次世代技術利用金属の土壌環境中における影響の解明

研究ノート

村田 智吉

 電気・電子機器の接合技術に広く利用されているスズ-鉛ハンダは接合における利便性や信頼性において優れた素材である。日本で製造されているハンダは毎年およそ25,000トンと見積もられており,2000年時点において国内ではこの約65%がSn-37Pb(鉛37%)ハンダであり,高温接合用の高鉛ハンダ(Sn-90Pbハンダ)が約5%を占めており,鉛を含まない鉛フリーハンダは約5%である。鉛は生物に対する毒性が強いことから,これまでにも様々な分野でその使用の規制が進められてきた。近年,ハンダ素材においても代替金属を用いた鉛フリー化に向け,国内外の電子・電気メーカーを中心にしのぎを削って素材開発を進めている。ところが,鉛フリーハンダに含まれる金属の中には亜鉛や銅といった比較的なじみの深いもののほかに,銀,アンチモン,インジウム,ビスマスなど,これまでの利用量が比較的あまり多くなかった金属が含まれている。銀,アンチモン,インジウム,ビスマスなどはいまだ環境中での挙動や影響に関する科学的知見が乏しく,鉛含有素材からの移行によりどれほどのリスク軽減がなされるのか不明である。これまでに行われた鉛フリーハンダに関する検討は代替素材による接合の信頼性や利便性が中心であり,環境影響についてはほとんど行われていない。本研究課題は,今後急速に使用量が増大するであろう鉛フリーハンダの構成金属元素が,廃棄物経由で土壌環境を汚染した場合の挙動や影響を評価することが目的である。

 ハンダに含まれる金属類が土壌環境を汚染する経路を図のように想定した。通常,電子・電気機器製品などのハンダを含む製品が廃棄される場合,粉砕や焼却の後,埋立処分される。また,わずかではあるが,一部不法投棄などもあるだろう。ここでハンダ部分が回収されることは稀であり,処分地や廃棄物そのものが降雨によって暴露されるような場合には徐々に含まれている重金属が溶出し,環境を汚染する危険性がある。また,昨今の酸性雨の影響により,鉛などは溶出の度合いが増していると考えられる。土壌表層に到達した重金属類は,多くの場合,水に不溶の形態で表層付近にとどまることが多い。しかし,重金属の下方への溶出幅が小さいということは,決して環境中に影響がないことを意味しているわけではない。土壌表層付近に生息場所をもとめる植物や微生物による代謝産物(有機酸など)により微量ではあるが移動しやすい形態へ変化する。その後,植物や微生物自身に吸収されて生育阻害を引き起こすこともある。土壌や土壌に還元される植物遺体などの表面に重金属が吸着や付着することにより,本来利用可能であったはずの生物にとっての棲み場所やえさが利用できなくなる。ミミズのように土壌を直接摂食するような生物にとっては,土壌表層付近の汚染であっても影響は大きい。このように,土壌への重金属汚染は物質循環や生物相の構造を変えてしまう危険性を秘めている。また,林内に廃棄物が投棄された場合,樹木の代謝物を含んだ林内雨が各種重金属類の溶出を高める可能性も指摘されている。さらに,土壌中における重金属類の溶出特性は植生や微生物の活動による場合だけでなく,土壌の種類によっても影響を受ける。粘土質土壌よりも砂質土壌の方が,乾燥した土壌よりも湿潤な土壌の方が溶出の度合いは大きい。

汚染経路の図
図 重金属の汚染経路

 銅,亜鉛,ニッケルなどを除けば,代替金属類の環境中の挙動に関する科学的知見は,わずかに天然賦存量(含有量)や一部の汚染地における蓄積量があるにすぎない。そもそもこれらの代替金属類は土壌中にどれだけ含まれているのだろうか。いくつかの文献値によれば,土壌中の天然賦存量は,銀:約0.1~0.3ppm,アンチモン:約0.4~0.7ppm,インジウム:約0.04~0.1ppm,ビスマス:約0.1~0.4ppmである。一方,鉛:約15~20ppm,スズ:約2~4ppm,その他なじみの深い金属類では,銅:約20ppm,亜鉛:約60ppm,ニッケル:約20ppmである。すなわち鉛フリーハンダの代替金属として用いられる重金属類には過去の使用量が少ないばかりでなく,天然中においてもともと存在量の少ない重金属類が用いられているのである。

 これらの重金属類が環境中を汚染した場合の生物影響について,土壌中の微生物相を対象に検討してみた。細菌生育用の培地に各種重金属(無機イオン)を添加して,土壌細菌の増殖に対する抑制の程度を最確値法(MPN法)で検証した。試験の対象とする土壌により結果には多少の幅があるものの,50μMの重金属添加によりいずれの金属(鉛,銅,亜鉛,アンチモン,インジウム)も無添加培地の菌数の30~数%程度にまで減少させる結果となった。金属間の増殖阻害強度の差異に関しては,インジウムにおいてやや低いことを除けば,(あくまでこの方法では)極端な差異は認められていない。また,銀ではわずか0.5μMの添加でも無添加培地の菌数の5%程度にまで減少した。銀(Ag+)は抗菌剤としてよく用いられていることからもその毒性は周知であり,硝酸銀溶液は殺菌消毒剤としても利用されている。このように,いったん環境中で溶解した無機イオンの状態を想定してしまうと,鉛と代替金属類の間では,土壌微生物相に対する生育阻害効果の顕著な差異は認められない。もちろん,金属の形態により生育阻害効果が異なる例はこれまでに数多く報告されているので,形態別の検討も重要である。一方で,鉛フリーハンダではビスマスや銀のように水に対する溶解度が非常に低い金属がリスク軽減に貢献すると目論まれている面もある。したがって,鉛フリーハンダ構成金属の土壌環境における影響解明で重要な点は,1)ハンダから重金属がどれだけ溶出しうるのか,2)土壌に到達した後どのような形態をとりうるのか,3)土壌で存在しうる形態が植物や微生物にどの程度影響があるのか,という点を明らかにし,土壌型や土地利用別に知見を整理することである。

 代替金属類の環境影響に関する科学的知見の蓄積も重要である一方で,なじみの深いと称した重金属についても複合汚染影響については知見の蓄積がほとんど進んでおらず,重金属汚染に関する課題はまだまだ多い。また,重金属による生物へのリスク軽減を達成させるためには代替金属の模索以外に,リサイクル方法や廃棄物処分方法の構築と一体となって進めていくべきである。

(むらた ともよし,水土壌圏環境研究領域)

執筆者プロフィール

30数年間,肥満という言葉には全く無縁だったが,このところ少しずつこの言葉に敏感になりつつある。子育ての一環ゆえいたしかたないが,夏のプールがすこしずつ憂鬱になってきた。