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オゾンとオゾン層についての基礎知識

環境問題基礎知識

今村 隆史

 オゾン(O3)は独特な刺激臭を持った青い色を呈する気体です。身近なところでは紫外線を利用したコピー機やコロナ放電を伴う静電気式空気清浄機などがオゾンを発生します(現在はこれらの機器ではオゾンを捕獲する物質を用いてオゾンの機外への放出を減らすなどの対策が取られています)。オゾンは酸化力の強い物質で,わずかながらも水に溶けます。このことを利用して,空気中あるいは水溶液中での殺菌に用いられることもあります。また,オゾンの色々な化合物との反応性を利用して脱臭・脱色に用いられることもあります。その一方で,空気中にオゾンが高濃度存在すると人体に影響を及ぼします。オゾンは呼吸によって吸引され,水分に吸収されにくいため,場合によっては肺の深部にまで到達することがあります。空気中の濃度レベルや暴露条件によって症状は異なりますが,鼻や喉に刺激を感じる,ぜん息発作や慢性の気管支炎,肺機能低下などの呼吸器系への影響が現われます。また,粘膜刺激性もあるため,眼などに刺激を与えることもあります。人体への影響のほか,植物では葉の気孔から吸収され細胞組織を破壊し結果として,成長阻害や老化促進などの影響を及ぼすことが知られています。生物以外にも,ゴムなどの材料の劣化を招くなどの影響があることも知られています。このように,我々の身の回りに不必要に多くのオゾンが存在することは厄介です。

 一方で,ある程度の量のオゾンが存在してくれなくては困る場合もあります。成層圏(高度約10~50kmの領域)にあるオゾン層がそれです。成層圏オゾン層の最大の効用は生物にとって有害な紫外線をカットするフィルターの役割を果たしている点でしょう。面白いことに,遺伝子の構成物質であるDNAの吸収帯とオゾンの吸収帯は良く一致しています。オゾン層の存在によってDNAが紫外線による破壊から逃れて存在し得るのもそのためでしょう。生物にとって有害な紫外線をカットするためには大量のオゾンが存在する必要があります。事実,大気中のオゾンの約90%が成層圏に存在し,対流圏に存在する量は全体の約10%程度です(図aを参照)。地球大気の約80%が地表から高度約10km付近までの対流圏と呼ばれる領域に存在し,成層圏には約20%しか存在していない事を考慮に入れると,いかに高濃度のオゾンが成層圏に存在しているかがわかるでしょう。もし成層圏と対流圏の空気が極めてよく混ざるとするならば,我々は常にオゾンの害にさらされることになってしまいます。

図
図a)(左側の図):高度別に見たオゾン量
図b)(右側の図):高度別にみた気温の変化
図a)地上近くのオゾン量の増大は光化学スモッグオゾンによるもの。高度約10kmから上(約50kmまで)が成層圏オゾン(オゾン層)に対応。オゾン全量の約90%はオゾン層に存在している。
図b)実線は実際の気温。破線はオゾン層がない場合に予想される気温の変化。オゾン層が存在することにより,高度10-50km付近に温度の逆転(高度が上がるに従って気温も上昇する)が見られる。この領域が成層圏。

 では,いかにして人体や生物に有害なオゾンを地表から離れた領域に留めておくことが可能なのでしょうか。対流圏では高度が高くなるに従って気温は低下します。本来ならこの対流圏が高度50kmほどまで続くことが予想されます(図bの破線)。これではオゾン層のオゾンが地表付近まで運ばれることになってしまいます。しかし現実の大気は図1bの実線の様に,高度10~50kmの領域で,高度が増すに従って気温は上昇しています(成層圏の存在)。そして,成層圏の存在が高濃度のオゾンを我々の生活する地表面から遠く離れたところに留めておくことを可能にしています。実は成層圏の存在にオゾン層の存在が大きく寄与しているのです。オゾン層では,太陽光を吸収して効率良く光を熱に変える(大気を加熱する)役割をオゾンが果たしています。

O3+太陽光(近赤外~紫外)→O+O2+熱
          O+O2→O3+熱
       ──────────
      正味: 太陽光 → 熱

 その結果,高度約10~50kmの領域での気温勾配が生じるのです。

 成層圏では空気の主成分の一つである酸素(O2分子)が太陽から降り注ぐ240nmより波長の短い紫外線を吸収・分解して酸素原子(O原子)を生成しています。生成したO原子は周りのO2分子と結合してオゾンを生成します。生成したオゾンは先にも述べたように光→熱変換の役割を果たすほか,O原子と直接反応して破壊されることで自らの量を調節しています。言うならば成層圏オゾンは,太陽光をもとに酸素から作られ,せっせと光-熱変換を繰り返して成層圏を加熱しつつ適当な量であるように自らを破壊する,と言った作業を毎日繰り返しているのです。

 近年,人間活動によるフロン・ハロンなどの化学物質の放出がオゾン層の破壊を引き起こしています。その代表は南極オゾンホールです。オゾン層破壊が何故起こるのか,現在のオゾン層破壊の状況はどうなっているのか,これまでの対策はオゾン層保護にどの程度貢献したのか,オゾン層はいつ頃回復するのか,等の問いに答えるため,国立環境研究所ではプロジェクトグループを中心に研究を行っています。その一部は本号で紹介されています。

(いまむら たかし,成層圏オゾン層変動研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール

東京工業大学大学院を修了後,分子科学研究所,姫路工業大学を経て1991年に入所。心がけてはいるものの達成出来ない事:「いらいらしない事」,「分相応を意識する事」,「一つ一つ片付ける事」。逆に意識しないのについついやってしまう事:「偉くも無いのに偉そうに振舞う事」,「うっとうしがられているにも関らず無駄口を叩いている事」,「よせば良いのにあれこれ引き受けてしまう事」。