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路面電車の環境負荷

研究ノート

松橋 啓介

 国内外の多くの都市では,乗用車の普及に伴って大型店舗および住宅の郊外化が進行しており,このことが運輸部門の一人当たりエネルギー消費量を増大させる一因になっている。気候変動防止において課題の一つになっている運輸部門のエネルギー消費量の削減を達成するためには,このような非効率的な土地利用を改め,自動車を必要としないまちづくりを考える必要があるのではないだろうか。

 既にヨーロッパでは,乗用車の普及に伴って衰退した中心市街地を再生するために,歩行者優先のまちづくりが多くの都市において進められている。その際に,中心市街地への乗用車の乗り入れを制限するのに併せて,路面電車や自転車専用道路の整備を促進する政策が取られる場合が多い。日本でも,低コストで建設・運営できる路面電車が,中心市街地の道路混雑緩和策として再評価されつつあり,建設省や運輸省は路面電車を支援する制度づくりに着手している。路面電車を導入する目的には,上に挙げた中心市街地の活性化や道路混雑の緩和に加えて,交通弱者(高齢者,身体障害者,免許や乗用車を保有しない人)のモビリティの確保と,大気汚染や気候変動につながる環境負荷の低減も挙げられている。

 そこで筆者は,路面電車の利用による環境負荷の低減効果を定量的に明らかにするため,路面電車の利用に伴う環境負荷発生量を求め,乗用車を利用する場合と比較した。走行時の旅客人キロ当たりエネルギー消費量の実績を,電力を一次エネルギーに換算した数値で比較すると,路面電車:乗用車=3:7程度である。しかし,環境負荷発生量を比較する際には,車両の走行時に発生する環境負荷に限らず,その走行を支えるインフラストラクチャーの建設・維持管理を含めたライフサイクル(LC)での環境負荷を比較する方が公平であろう。ここでは,走行時のエネルギー,車両の製造および維持管理,道路や軌道などのインフラストラクチャーの建設および維持管理の3つに分けて環境負荷を計算した。ライフステージをより詳細に追うならば,廃棄なども入るが,データの制約があるため入れていない。

 環境負荷としては,気候変動を引き起こすCO2発生量と,大気汚染を引き起こすNOx発生量を扱った。その他の環境負荷物質への拡張は,実際にどれだけの影響があるかを測るインパクトアセスメント手法の改善とともに,将来的な課題である。

 岡山電気軌道の路線延伸計画をケーススタディの対象に選び,産業連関表を用いて計算した金額当たりの二酸化炭素排出量に見積金額を乗じる方法を用いて,交通路と車両からのCO2排出量を推計した。路面電車車両の購入価格は一般の動力付き鉄道車両の約2倍相当と割高なため,金額当たりの二酸化炭素排出量を乗じる推計方法では見積もりが過剰になる恐れがある。路面電車は一両当たりの重量が比較的軽いことおよび運転席等の装備が多いことを考慮して,ここでは暫定的に一般の動力付き鉄道車両一両と同等の価格を当てはめて計算した。

 図はCO2について推計した結果を示している。岡山の路面電車は路線延長が短く平均乗車人数が少ないという特徴があるため,推計結果を使って,全国19都市の路面電車の旅客人キロ当たりの排出量も求めた。これを日本全国の乗用車について分析した数値と比較すると,ライフサイクルCO2(LCCO2)排出量は51%になる。同様に,ライフサイクルNOx(LCNOx)排出量を求めると,路面電車からの排出量は乗用車のそれの32%である。路面電車区間を代替するためだけに自動車を使っている場合を想定すると,路面電車導入による改善幅はより大きくなる。

 走行時エネルギーからの排出量だけを比較した場合に比べるとライフサイクルで見た場合の削減率は高くないが,車両および交通路からの排出量は路面電車と乗用車でほぼ同量なので,ライフサイクルで見ても路面電車の優位性は変わらないことが分かる。

 ここでは現状の平均乗車人数を仮定して,交通手段別の人キロ当たり排出量を比較した。交通計画と都市計画を連動させて中心市街地の土地利用を高密度化することができれば,乗車効率が向上する分と,一つの目的を達するために必要な移動距離が短縮する分の環境負荷をさらに削減できるはずである。

*一定期間に行われた産業部門間の取引を行列の形に表したもの。経済の将来予測や経済政策の効果の測定・分析を行うために作成される。ある財やサービスの生産に対して各種の産業部門が直接・間接に寄与する割合を知ることもできる。

比較のグラフ
図 乗用車と路面電車のLCCO2の比較

(まつはし けいすけ,地域環境研究グループ 水改善手法研究チーム)

執筆者プロフィール

 1996年に東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻修士課程修了
<近頃の趣味>セパタクロー
<近頃の夢>常磐新線開通と同時に,筑波研究学園都市に路面電車を走らせて,つくばを歩行者中心のまちに変えること。