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二酸化窒素暴露と出生による酸素環境変化がラット肺におよぼす影響

研究ノート

高橋 勇二

 赤ちゃん誕生を知らせる産声,この声は赤ちゃんが肺呼吸を始めた合図でもある。子宮は羊水で満たされているので,胎児肺の気道や肺胞(気体の通り道とガス交換を行うこととなる部位)も羊水とほぼ同様の成分の液体で満たされている。出生に先だってこれら液体は肺細胞から吸収され,出生と同時に肺呼吸が始まるのである。この際に,肺は劇的な環境変化にさらされることとなる。酸素分圧の急上昇もその一つである。羊水の酸素分圧は3%の酸素濃度に相当し,大気中の酸素濃度は21%である。

 酸素は動物の生命維持に必須であるが,高濃度の酸素は動物の肺に有毒である。100%酸素環境下で,ラットは2ー3日後に肺浮腫が原因で死亡する。また,60%酸素下においても肺繊維症などの疾病を生じる。これら疾病の病因は酸素による生体成分の非特異的な酸化反応である。このようなことから,新生児の正常な成長は,出生に伴う酸素分圧上昇という環境変化に肺が適応しているということをも意味していると考えられよう。

 二酸化窒素(NO2)は,生体成分を非特異的に酸化する酸化性大気汚染物質であり,高濃度酸素暴露と類似の肺傷害をもたらす。このようなことから,NO2の毒性を評価するためには,生体が適応可能な濃度範囲を知ることが重要となる。そこで,酸素とNO2の酸化性という共通の性質に注目して,NO2暴露と出生という生理的環境変化に対する肺の反応を比較検討した。

 細胞内の酸化還元バランスが酸化状態に傾くと,還元性物質を増加しようとする代謝が活発化する。我々は還元物質を増加する代謝系酵素の一つであるガンマ−グルタミルトランスフェラーゼ(GGT)におよぼす,NO2の影響をラットを用いて検討した。10ppmのNO2暴露1日目にGGT活性の増加が認められ,暴露期間の延長にともない増加の程度が顕著となった(図参照)。

図  二酸化窒素暴露および周産期におけるGGT活性の変化

 一方,妊娠後期から成熟期までの発達段階のラット肺のGGT活性を調べた。GGT活性は,妊娠18日齢に活性が出現し出生直前に一段階目のピークに達した後,生後1週目より次のピークが始まり,生後4週目に最大活性に達するという2相生の変化を示した(図参照)。また,胎仔から分離した肺細胞を培養し,培養環境の酸素濃度を3%から21%に上昇するとGGT活性が増加することを認めた。これらの結果から,生後のGGT活性の増加は酸素濃度の上昇によることが強く示唆された。

 さらに,GGT酵素タンパク質合成のための鋳型となるGGTメッセンジャーRNA(mRNA)の分子種と量を検討した。胎仔の肺では,GGTmRNA1が増加しており,NO2暴露により,GGTmRNA1に加え,GGTmRNA3の増加が認められた。

 今後,GGTmRNA3の増加と生体が適応可能な濃度範囲を越えるNO2の暴露を受けるということの関係についてさらに研究する必要があるだろう。また,生後初期発達過程の動物のNO2に対する感受性は成熟動物と同じだろうかという課題にも取り組む必要があるだろう。

(たかはし ゆうじ, 環境健康部生体機能研究室)