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陸水学が地球環境問題解決のために果たすべき役割

論評

日本陸水学会会長 岡山理科大学教授 奥田 節夫

 最近、地球環境問題の深刻さとその解決の重要さが至るところで強調されており、筆者が所属する陸水学の分野においても、いろいろなレベルで「陸水学が地球環境問題解決のために果たすべき役割」について話し合う機会が多いが、ここでこれに関連した私見の一端を述べさせていただく。

 陸水学は、陸上の水圏すなわち河川、湖沼、地下水、雪氷のようなある拡がりを持った水域の中で生起する諸現象を対象とする科学であり、あらゆる科学分野にわたっての学際的研究を必要とする場合が多い。

 しかし具体的な研究では、○○河川、○○湖という特定の水域内での現象に取り組むのが普通であって、このような水域を世界地図で見ると、我が国では琵琶湖や霞ケ浦くらいの湖を除くと、ほとんどどこにあるかも分からないような小さい存在である。そのため、特定水域での研究の成果が全地球的な環境問題の解決に果たして貢献できるのかという素朴な疑念が生じてくるのも無理からぬことであろう。

 同じ水圏でも、世界地図のうえで圧倒的に大きな割合を占める海洋を対象とする海洋学に比べると、いかにも対象の空間的スケールが小さく、全地球的環境問題に対する寄与において、到底比べようもないあきらめを感じることがあるかもしれない。

 そこで筆者は、自分の経験した狭い領域の問題を例にとって、目的と手法を選べば、陸水学分野の研究が十分地球環境科学分野で学術的に成果を上げ、かつ問題の解決に役立ち得るという可能性(実績ではない)を主張したい。

 筆者の考えでは、地球環境の問題には二種類あり、一つは地球規模の大きな空間スケールを持った現象の問題であり、もう一つは規模は小さいが地球上至るところに類似の現象が発生している問題である。

 前者については、なるほど陸水学で取り扱う水域のスケールが小さくて、直接に地球環境科学の対象になり得ないものが多いかもしれないが、これから積極的な国際協力を進めてゆく段階で結構大スケールの問題に取り組む機会が増える可能性が出てくるであろう。

 筆者がごく最近取り組み始めた問題に例をとっても、中国新彊省ウルムチ周辺で天山山脈の水を導いて乾燥地の緑化、水利用の効率化を図る計画とか、世界で最も深く最も容量の大きい淡水湖であるバイカル湖での水循環の機構の究明や水環境の変遷の追跡などは、今後の計画の進め方によっては陸水学が大スケールの現象にも直接貢献できる可能性を示すものである。

 後者は空間的スケールは小さいが、地球上至るところに類似の現象が生起しており、どこかの水域での問題の解決が、多くの他の水域での問題解決に共通の手掛かりを与え得る場合である。もちろんそれぞれの水域にはその固有の特性があって、完全に同一の問題はおそらく存在しないであろうが、相互に多くの共通条件を持つ水域は極めて数が多いであろう。

 このような問題の典型的な例は、主として人間活動によって促進されつつある湖沼の富栄養化の進行である。特に人口が過密で各種の産業が高度に発達している我が国において、富栄養化の抑制、阻止に成功してみせることは、何よりも世界各国特に人口急増、産業開発と水環境保全の板挟みに悩んでいる発展途上国にとって将来の希望を与えることになり、地球環境問題解決に対する一大貢献となろう。

 最後に筆者の個人的関心に偏って申し訳ないが、陸水学と沿岸海洋学の接点にある感潮水域の環境問題の重要性を指摘しておきたい。

 周知のように全地球的な温暖化の進行は、海洋の水位の上昇をもたらすことが予測されている。

 もし全大陸の沿岸で水位が上昇すれば、海水の陸上浸入、高潮や洪水被害の拡大などの物理的災害と共に、感潮河川、汽水湖や海岸地下水帯への塩水の浸入域の拡大のような水環境の悪化が起こることは明らかである。物理的災害に対しては防災科学的分野での被害の予測とその対策が行われるべきであるが、塩水浸入による水質変化、さらには生態系への影響に対しては、陸水学と沿岸海洋学の協力によって影響の予測と対策の検討を急がねばならないであろう。

 この場合影響を受ける個々の水域のスケールは小さいが、このような水域の存在は全大陸の沿岸にわたり、特に東南アジアの発展途上国の沿岸では現在でも高潮や塩害に悩まされている状況からみて、この海水位上昇の社会的影響の予測と対策の検討は極めて重要な地球環境的な課題と言えよう。

 このような事例を考えてみると、陸水学はさらに学際的また国際的な連携を高めることによって大いに地球環境問題の解決に寄与し得るものと、筆者は確信している。

(おくだ せつお)