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先端技術における化学環境に関する研究

プロジェクト研究の紹介

相馬 悠子

 化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)では「化学物質」は「元素または化合物に化学反応を起こさせることにより得られる化合物」で天然物を含まないとなっている。我々の生活は「化学物質」に取り巻かれ、かつ「化学物質」を使用せずには生活できなくなってきている。産業であれ、個人生活であれ化学物質が使用されると、それらはいずれ廃棄され環境に放出され、また一部は製造や使用過程で揮発などにより非意図的に環境に放出されていく。環境に放出された化学物質は、どこにどれだけ、どういう形としてたどり着き、どのような影響を環境に及ぼすのだろうか?

 特別研究「先端技術における化学環境の解明に関する研究」(昭和63年度〜平成3年度)では、環境中の化学物質をどのように高感度に分析するか、これらの分析法を使って化学物質が環境中でどのように移動し変化してゆくか、化学物質が動物や生体にどのような影響を与えるか、またどのようにしてその影響を測定するかなどを解明することを目指して研究を進めてきた。(公害研ニュ−ス、vol.7 no.6参照)

 化学物質としては特別研究の前半で「塩化ジベンゾフランとダイオキシン」を、後半で「トリクロロエチレン等揮発性有機塩素化合物」と「有機スズ」をとりあげた。これらの物質は、環境での挙動も生体影響も大きく異なる。塩化ジベンゾフランやダイオキシンは有機塩素系化学製品の製造の際に不純物として生成したり、または燃焼などにより非意図的に生成されるものである。多くの異性体があり、異性体によって毒性も大きく違い、一番毒性の強い2,3,7,8-TCDD(テトラクロロダイオキシン)に比べ、塩素が8つ入ったOCDD(オクタクロロダイオキシン)はラットの半数致死量(LD50)で比較すると約1/50,000の毒性といわれる。揮発性有機塩素化合物は工業生産量も多く、地下水汚染だけでなく、大気への揮散を通して広い範囲に広がりやすい物質である。有機スズの大部分は海水を通して環境に放出される。

 ここでは有機スズについて明らかになってきた環境中の挙動や毒性について述べる。ここでいう有機スズとはブチルスズやフェニルスズ化合物をいうが、船底や漁網に塗られ徐々に溶けだしてフジツボ等が付着しないようにする船底防汚塗料とか漁網防汚剤として使われる。これらの化合物は水には非常に溶けにくいけれども、海の生物や底泥に濃縮されてきていることが分かってきた。図1には、東京湾で採取した魚(スズキ)、貝(イガイ)と底泥中のトリブチルスズの濃度を示しているが、海水中の濃度と比較するといずれも濃縮率が高いことがよく分かる。

 不揮発性の有機スズを代謝物まで完全分離し高感度で分析するには、揮発性誘導体に変えるという面倒な操作が必要であるが、我々はその分析法を確立し、東京湾をモニタリング地点として研究を進めている。東京湾で採取したアサリの中のトリブチルスズとトリフェニルスズを分析してみると、1980年に採取されたアサリでそれぞれ0.2ppm、0.3ppm検出され、すでに有機スズの汚染は始まっており、1987年のものまで分析したが横ばいで続いているのが見られた。

 日本沿岸各地で貝の中にも有機スズが検出されているが、東京湾岸の各所のムラサキイガイ中の有機スズ濃度を調べると、場所によって濃度が非常に違うことが分かった。例えば港内のイガイは濃度が高くても数キロ離れた岬のイガイは低濃度であるように、その汚染はかなり局所的であることが分かった。また貝の中のブチルスズはジブチルスズやモノブチルスズが多く、貝の中でトリブチルスズからの代謝が速いと考えられるが、フェニルスズはトリフェニルスズがほとんどで代謝速度はブチルスズに比べ非常に遅いと考えられた。

 有機スズは成長阻害やリンパ球減少などを起こすといわれているが、我々の実験でも淡水貝(サカマキガイ)でトリフェニルスズ濃度10ppbで成長阻害が見られた。またラットの将来軟骨になる細胞を使った胎仔肢芽培養法(LBC)により分化への影響(ID50)と細胞への影響(IP50)を調べたところ(図2)、ジブチルスズ(DBT)、トリメチルスズ(TMT)、トリブチルスズオキシド(TBTO)とトリフェニルスズ(TPT)でID50が0.6〜1.3μMとなり胎仔毒性を及ぼす可能性があると考えられる結果が得られた。

(そうま ゆうこ、地域環境研究グループ化学物質健康リスク評価研究チーム総合研究官)

図1  東京湾の有機スズ
図2  有機スズの分化への影響(ID50)と細胞への影響(IP50)