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2018年3月30日

スモッグチャンバーを活用した最新の大気化学研究

研究をめぐって

 大気化学の研究は、室内実験や野外実験によるプロセス解明、野外観測やモニタリングによる実態把握、およびモデリングによる現象の説明と知識の検証、からなる協力体制によって発展してきました。スモッグチャンバーを活用した研究もこのような協力体制で進められています。以下では、世界、日本、および国立環境研究所でのスモッグチャンバーを活用した最新の大気化学研究がどのような協力体制の下で進められているかを解説します。

世界では

 大気環境問題に関わる化学過程(特に大気中での化学物質の除去、変質や生成、蓄積)には多数の化学反応が複雑に関わっています。その中で、例えば揮発性有機物から大気汚染問題と関わる物質(光化学オゾンやPM2.5など)の生成に至る一連の化学変化が、様々な条件の変化(共存する汚染物質濃度、気温、湿度、光強度など)にどのように依存するかを明らかにする研究にスモッグチャンバーが利用されています。また、生成している大気中での化学変化(光化学オゾンやPM2.5生成など)に関わって重要と思われる個々の化学反応の速度係数や、特徴的な生成物の同定とその生成収率といった基礎データの蓄積に関わる研究にもスモッグチャンバーは活用されています。スモッグチャンバーを用いて大気中で進行する化学変化を実験的に模擬し、その変化の様子を色々な化学反応の集合体として再現できる化学反応モデルの構築や反応モデルの妥当性を、フィールド観測と数値モデル計算を比較することで、実大気で進行するより複雑な化学変化の理解に繋げる研究が加速しています。

 ヨーロッパでは、室内実験に基づく反応モデル構築として、Master Chemical Mechanism(MCM)モデルの開発が進められています。MCMモデルは、大気中の化学物質の反応素過程を可能な限り詳細に記述したモデルです。これを背景として、ヨーロッパでは歴史的に実験研究室同士の連携が盛んに行われています。最近では、スモッグチャンバーに関する実験技術の蓄積と開発をめざした、EUROCHAMPネットワークが立ち上がっています。

 アメリカでは、カリフォルニア工科大学、カーネギーメロン大学、およびカリフォルニア大学リバーサイド校などを研究拠点にして、それぞれ独立した研究グループが活動しています。各研究拠点で室内実験とモデリングが連携して大気化学モデルが開発されています。アメリカで開発されているモデルは、3次元大気輸送モデルに組み込んで計算することを目的としています。計算時間を短くするために化学物質のグルーピングやメカニズムの簡略化が図られています。代表的な大気化学モデルとして、カリフォルニア大学リバーサイド校で開発されたState-wide Air Pollution Research Center (SAPRC)があります。

日本では

 日本では、国立環境研究所のほか自動車製造業関連の研究所にもスモッグチャンバーがあります。しかし、国立環境研究所が保有するスモッグチャンバーは温度、湿度、圧力、人工太陽光の強度・波長分布、といった様々な反応条件の制御が可能な唯一のチャンバーシステムであり、繰り返し実験や反応条件間での比較実験を可能にしています。その特長を生かし、国内の野外観測と室内実験の橋渡しをすることが、国立環境研究所のスモッグチャンバーの役割になっています。

(1)京都大学との共同研究では、同大学が開発した大気の反応性を測定するための装置をスモッグチャンバー実験に使用しています(Summaryを参照)。装置の性能評価やスモッグチャンバー内で起こる化学反応プロセスの解析に利用しています。

(2)名古屋大学との共同研究では、同大学が開発したエアロゾル粒子の光学特性を測定するための装置をスモッグチャンバー実験に使用しています。スモッグチャンバーで発生させた二次有機エアロゾルの光学特性を測定し、二次有機エアロゾルの気候への影響を調べています(コラム4を参照)。

(3)北海道大学との共同研究では、同大学が採取した森林地帯の大気エアロゾル粒子の化学組成を、スモッグチャンバーで生成した二次有機エアロゾル粒子の化学組成と比較し、大気エアロゾルの生成プロセスを調べています。エアロゾルサンプルの分析には、液体クロマトグラフ質量分析計を用いています。

国立環境研究所では

 国立環境研究所では、大気モデリングや毒性などに関する共同研究を所内研究者と実施することで、スモッグチャンバーで得られる基礎的なデータを環境行政に役立てようとしています。国立環境研究所は幅広い環境研究分野をカバーした国内研究拠点であり、その強みを生かして分野横断的な研究も行っています。

(1)モデル研究者と共同で、スモッグチャンバー実験で得られる反応メカニズムや反応速度定数などの情報を大気モデルの改良に役立てています(Summaryを参照)。

(2)スモッグチャンバーで生成した二次有機エアロゾルのサンプルを所内の毒性研究者に提供し、素性のわかった二次有機エアロゾルの毒性(酸化ストレス、遺伝毒性、および炎症)を研究しています。

(3)ナノ粒子測定研究者と共同で、スモッグチャンバーと外部テフロンバッグを組み合わせて二次有機エアロゾルの希釈測定を行っています(図6、Summaryを参照)。希釈によって粒子が揮発した後の粒子の残留率を測定することにより、二次有機エアロゾルの揮発性を調べています。

測定風景写真
図6 外部テフロンバッグによる二次有機エアロゾルの希釈測定
粒子の希釈測定は、国立環境研究所のディーゼルナノ粒子研究で培われた技術です。この技術とスモッグチャンバーを組み合わせて粒子の揮発性分布を測定しました。スモッグチャンバーで二次有機エアロゾルを生成したのち、粒子をきれいな空気で満たした外部テフロンバッグに移動します。半揮発性粒子の一部は希釈すると気液平衡によって揮発するため、外部テフロンバッグ内での粒子の質量濃度は希釈倍率以上に低下します。粒子から気体へ揮発する度合いは粒子の揮発性によって決まります。希釈倍率を変えて測定することにより、粒子の揮発性分布を測定することができます。

(4)自動車排気測定の研究者と共同で、テフロンバッグ型のスモッグチャンバーを低公害車実験施設に設置し、自動車排気からの二次有機エアロゾル生成を測定しています(図7)。テフロンバッグ型スモッグチャンバーの作製には、これまでに蓄積したスモッグチャンバーの実験技術を活用しています。

測定風景の写真(クリックすると拡大表示されます)
図7 自動車の排気ガスからの二次有機エアロゾル生成の測定
これまでに蓄積した実験技術を活用して、テフロンバッグ型スモッグチャンバーを作製し、自動車の排気ガスからの二次有機エアロゾル生成を研究しました。(a)テフロンバッグ(約6m3)には、四方から100本のブラックライト(主に紫外線のみを発生するライトで、中心波長は350nm、1本当たりの出力は40Wです)の光を当てることができます。(b)ガソリン自動車や(c)ディーゼル自動車など、燃料や車種を変えて二次有機エアロゾルの生成収率を評価しました。

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