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研究者に聞く!!

Interview

竹中明夫(写真左) 河地正伸(写真中央) 小熊宏之(写真右)
竹中明夫(写真左)
生物圏環境研究領域 領域長

河地正伸(写真中央)
生物圏環境研究領域 主任研究員

小熊宏之(写真右)
地球環境研究センター 陸域モニタリング推進室 主任研究員

 今年10月には生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されます。国の基本戦略をうけ、国立環境研究所は、種の絶滅防止や自然環境の保全につながる生物多様性の研究に取り組んでいます。今回は、そうした研究に携わっている竹中明夫さん、河地正伸さん、小熊宏之さんにお話をうかがいました。

生物多様性を科学の目で見守る

1:生物多様性の研究にかかわるまで

  • Q: 最初に、こちらの研究所に入られたいきさつや、これまでの研究歴からうかがいたいと思います。竹中さんからお願いします。
    竹中: 私が入った頃は、この研究所は「国立公害研究所」といっていて、たとえば、植物ですと大気汚染の影響などを調べていました。しかし、自然保護の研究も必要ということになり、専攻の植物生態学で何か保全に役立つようなことができれば、と思って来ました。最初は大気汚染の植物への影響をみる仕事でしたが、国立環境研究所に組織が変わった際に、温暖化を研究する部署に配属されました。初めは炭素循環、その後、シベリアプロジェクトに加わり、6年ほどシベリアに行きました。永久凍土など、日本とは違った種類の自然があって、地球上にはいろんな自然があることを実感しました。この後は、生物多様性の研究プロジェクトに参画して、生き物が共存している仕組みについて、理論的な仮説をたて、シミュレーションモデルをつくって調べていました。その後は管理職的な仕事のかたわら、湿原の生物多様性、絶滅危惧生物の分布状態を、空から見てどこまでわかるかという研究プロジェクトにかかわっています。
  • Q: 河地さんの研究歴をお聞かせください。
    河地: 国立環境研究所に入ったのは、1998年からです。それ以前は、筑波大の藻類系統分類学研究室で学位を取得した後、第35次南極観測隊の夏隊員として海洋観測を担当、帰国後は3年ほど、(株)海洋バイオテクノロジー研究所という研究所で働いていました。そこでは応用利用を目的とした藻類の収集と保存と特性評価に関わる業務や関連研究を行いました。学生の頃から、現在まで、藻類に関わる研究に携わることができました。いろいろな自然環境から取ってきた試料を顕微鏡で観察して、藻類やその他の単細胞性生物の名前を調べたり、培養したり、生き様についていろいろ考えるのが好きで、私の研究のベースになっていると思います。国立環境研究所では、藻類のカルチャーコレクション業務に関わる仕事や環境問題を引き起こす藻類に関わる研究プロジェクトに参加しました。昨年度終了した大型輸送船舶のバラスト水を扱った研究プロジェクトでは、実際に貨物船に乗り込んで、オーストラリアに停泊するまで、バラスト水の中でどんどん数が減っていく植物プランクトンの数を毎日計測していました。バラスト水の調査は、いろいろな海洋生物が人為的に移動している現状を知る貴重な体験となりました。現在は藻類の高い増殖能力や化石燃料の替わりに使えるオイルをつくり出す能力に着目して、藻類でカーボンニュートラルなバイオ燃料をつくるプロジェクトに参加しています。オイルを生産していそうな藻類をいろいろな自然環境から採取して、より優秀な株を選抜することや自然界でオイルをつくる藻類が大量繁殖するメカニズムを調査・解析することを担当しています。
  • Q: では小熊さん、同じように経緯からお願いします。。
    小熊: 私が環境研究所に来たのは2001年からです。その前は大学卒業後、宇宙開発事業団に入社し、1996年に打ち上がった地球観測衛星「みどり1号」(ADEOS)のデータ解析など人工衛星によるリモートセンシングに関連した仕事をしていました。環境研究所への入所当初は、高解像度の衛星画像や航空機センサーを用いた森林の炭素収支の推定を主な研究テーマとしてきました。推定手法の高度化や検証のため、樹木の展葉・紅葉時期をはじめとした森林生態系の季節変化を詳細に調べる必要が生じたことから、森林観測サイトでの定点カメラによる撮影を開始し、画像の解析を進めてきました。最近ではこれを発展させ、生物多様性把握の観点から大学の演習林や長期生態系観察サイトなどの研究ネットワークにて定点撮影カメラの導入を進めています。更に平成21年度からは、生態系への温暖化影響を調べるために、定点撮影を高山帯にも展開し、積雪や融雪時期・パターンや高山植物の変動についての調査を開始しました。

2:生物多様性とは何か

写真3点 左:シベリア・レナ河西の森林ツンドラの限界近く 中央・右:オイルを産生する藻、ボトリオコッカス。黄色く染色された部分がボトリオコッカスがつくった重油相当のオイル
  • Q:今年10月には名古屋市で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催されます。この「生物多様性」とはどのようなことなのか、まずご説明ください。
    竹中: 自然を知っている人には、いろんな生き物がいろいろ暮らしていることは、当たり前のように感じられます。しかし、そういうことを実感として感じていないと、言葉だけ聞かされても理解しにくい面があるでしょう。「生物多様性」という言葉は、まだできて20年余りほどです。自然の中にはいろんな生き物がいて、いろんな暮らし方をしているということを、よりわかりやすくするためにつくられた言葉かなと思います。生物の多様さは様々なレベルで見られます。単に種類がいろいろあるというだけではありません。違う環境には違った生態系がある。それぞれの生態系にはさまざまな種類の生物がいっしょに暮らしている。それから同じ種類でも少しずつ異なる遺伝子を持ち、性質が違うものがいる。それもみな多様性の構成要素です。それから「固有性」というのも重要な概念で、地域が違ったら同じような環境でも違う生き物がいる。サボテンはアメリカにはあるけれども、アフリカの乾燥地帯にはなくて別の乾燥に強い植物が生えている。地域ごとの生物を人間が交ぜているのが外来種の問題の重要な側面です。本来だったらそう簡単に交ざらなかったはずなのに、バラスト水で船が運んだり、あるいは飛行機に乗る人が連れて行く。それも固有性があったものを均一化する要因になっていますし、もともとそこで暮らしていた生き物への脅威にもなっています。
  • Q:河地さん、生物多様性という点からみて、藻類を研究する魅力はどこにありますか。
    河地: 海藻類を除くと大部分の藻類は単細胞性の生物です。顕微鏡で観察したり、DNAを調べたりしないと、藻類の多様性はよくわからないと思います。DNA配列を基につくった生物の系統樹(図1)を眺めてみると、主要な枝の大部分は、単細胞性の生物で構成されていて、藻類は枝のあちこちに散らばっています。陸上で大繁栄している陸上植物は、藻類の1つの枝から派生したものです。われわれが藻類と呼ぶ生物には、辿ってきた歴史の異なる多様な生物が含まれています。そのような目で改めて藻類を見直すと、細胞構造が大きく異なっていたり、特殊な細胞行動や多様な生活史を営んでいたり、新しい生理活性物質や有用化合物が見つかったり、これは代謝経路や生合成経路が多様だということですね、といった発見があります。藻類は水と光のある環境でしたら、必ずといってよいほど目にすることができますし、南極や温泉や死海のような高塩濃度環境などの極限環境に適応した藻類もいます。他の生物が生息できない乾燥地帯や高緯度域でも、地衣類は繁茂しています。この地衣類、実は菌と藻の共生体です。一寸見ただけでは何だかよくわからない生物、でも実は多様性の宝庫だというところが藻類の魅力だと思います。
図1 真核生物の系統関係とスーパーグループ 色のついた枝は酸素発生型の光合成を行う生物。陸上植物、後生動物、菌類以外の生物と海藻等の大型の藻類を除くと、大部分は単細胞性の原生生物(プロチスタ)。
写真8点 詳細は以下に記載
A. 緑色植物のコスマリウム、B. 紅色植物のポルフィリディウム、C. 灰色植物のシアノフォラ、D. ユーグレナ植物のユーグレナ、E. 渦鞭毛植物のペリディニウム、F. クロララクニオン植物のクロララクニオン、G. 不等毛植物のエピピキス、H. クリプト植物のクリプトモナス
  • Q:日本の状況はどうでしょうか。
    竹中: 日本は、実は意外と自然が残っていて、ほとんどは人の手が入ってはいるものの、面積の7割が森林です。だから生態系のサービスが損なわれて暮らしにくくなるというのは、実感が持ちにくいかもしれません。しかし、それは、国外の自然を犠牲にして成り立っている、外の生態系サービスをお金で買っているというところがあります。日本の中がまだ緑だからいい、と安心していてはいけないし、国際社会の中でも無責任だということになるんだろうなと思います。
  • Q:今回、生物多様性に関して、環境研究所としてはどんなことをアピールしたいとお考えですか。
    竹中: 生物多様性に関連して、私たちはすでに多くの蓄積や技術を持っており、生物多様性のより深い理解や保全のためにそれを生かしていきたいと思っているということをお伝えできればと考えています。
  • Q:一般の人からすれば、絶滅危惧種がなくなっても生活に関係ないという、発想も出てくると思うんです。一般の人にはどんなふうに説明をしたらいいとお考えですか。
    竹中: 今までは、なくなっても本当に困らないかどうかまだわからないから守るとか、1個1個はたいした影響がないからといって、それが蓄積していったら、どこかで取り返しがつかなくなるんじゃないかといった説明をしていたわけです。それも真実だと思うんですけれども、絶滅したらもう二度と取り返しがつかないものを惜しむ気持はないだろうか。自分の暮らしている地球の自然をそんなに損なったら、たとえ実害はなくても嫌だと思う人は多いと思うんです。特に生物の歴史なり、多様な生き方なりを知れば知るほど、それを惜しむ気持ちを持つ人も少なくないだろうと思います。そうであれば、その保全のために努力したっていいんじゃないのか、と私は考えています。
  • Q:藻類についてはどうでしょうか。
    河地: シャジクモという藻類の場合、多くの種が全国的にその数を減らしていて、環境省のレッドデータブックで絶滅危惧種に指定されています。透明度の高い湖沼の光が届くか届かないかというような水深に生息している種は、水質が悪化して透明度が少し下がるだけで致命的なダメージを受ける可能性があります。別にシャジクモがいなくても困らないと思われるかもしれませんが、シャジクモが湖底に繁茂することで、湖底の泥が舞い上がりにくくなり、高い透明度が維持される力が働くようになります。シャジクモがいなくなってしまうと、透明度が下がって、アオコや淡水赤潮が頻繁に発生しやすくなるようになります。シャジクモは、湖沼生態系のバランスを保つのに大切な要素といえるでしょう。健全な湖沼のシンボル的な存在とも言えるのかもしれません。アオコが発生して異臭のする湖沼より、絶滅危惧種のシャジクモがちゃんと生息できる湖沼の方が、人間を含むいろいろな生物にとって、よりよい環境と言えるのではないでしょうか。

3:研究者の探求心で生物多様性の夢が広がる

写真2点 左:湿原(渡良瀬遊水地)、写真右:ラジコンヘリコプター(UAV:Unmanned Aerial Vehicle)
  • Q:藻がオイルをつくるということですが、将来のエネルギー源となりうるものでしょうか。
    河地: オイルをつくる藻類が、ある条件下でどれくらいの早さで増えるのか、またその時に生産されるバイオマスやオイルの量について、屋内外で小規模な培養実験を行った際の実測値が出されています。この値を基にして、いろいろな計算・見積もりが行われていますが、閉鎖型の培養装置だと、1リットルのオイル生産に約800円、屋外の開放型の培養だと1リットルのオイル生産に約155円かかると試算されています。現段階ではコスト的にはマイナスです。小規模な培養実験で出した値を大規模な培養にそのまま適用してよいのかという問題がありますし、屋外培養につきまとうコンタミの問題や培養容器の滅菌方法、藻体の回収方法やオイルの抽出方法など、検討、克服しなくてはならない課題が山積しています。藻類による燃料生産は、まだ始まったばかりの試験的な段階にあります。多くの新しい技術を開発していく必要があると考えています。これまで行われたことのない新しい産業を育成するという意識が必要かもしれません。私自身は、様々な課題を1つ1つ克服していくことで、やがては将来の我々のエネルギー源の1つとして利用されるようになるのではないかと期待しています。
  • Q:小熊さん、生物の多様性を調べていく上で、リモートセンシング技術がどのくらい有効なのかというあたりを少しお話いただけますか。
    小熊: リモートセンシングの貢献として考えられるのは2種類あります。1つは土地改変や森林伐採などの人為的な攪乱、あるいは山火事などの自然起源の攪乱など、生態系をとりまく環境の把握であり、衛星リモートセンシングでは十分な実績があります。もう1つは、たとえば植物の個体など、調査対象とする生態系やその分布を直接的に観測することで、チャレンジングな要素も多いと思います。特に後者については、生物多様性の研究上、調査が求められる物理量や、必要な解像度や精度などを議論し、観測手段を検討していきます。湿原の観測がまさにそういうふうにして行ったものです。湿原全体を調べるのに地上調査だけではとても無理です。そこで、現地調査と航空機リモートセンシングの結果を合わせて統計解析をしました。その結果、湿原全体の草丈とその不均一性を把握することができました。また、統計解析から優占種の下に埋もれている植物をみつもることに利用できました。更に、オギとヨシのように似た植物を判別するために、最低7mmの解像度の空中撮影が必要だという要求があり、その解像度の実現のためラジコンヘリ撮影を試みました。撮影画像に地理情報(緯度、経度、標高)が付与できる新しいシステムを導入し、300m四方の範囲を対象として対地高度20~30mで撮影したところ、7mm程度の解像度を持つ湿原撮影画像を作成することに成功しました。現在、それを用いて植生の判読に着手しています。画像上の地理情報がわかり、十分な解像度を持つ撮影システムの完成により、生物多様性の調査に貢献出来るものと思います。

4:生物多様性のおもしろさを伝えてファンを増やす

  • Q:最後に、これからの抱負を一言ずつお願いします。
    竹中: 生物多様性では、環境研究所はまず何を守られなければいけないのか、あるいは守る必要性が今、高いのは何かを見極める。そこに大きく貢献したいと思っています。次に、データを踏まえた上で、どうしたら守れるかも具体的な施策として提案したいと考えています。個人的には私自身が自然に感じているおもしろさ、これはおもしろいことをやっているな、巧みだということを解き明かして人に語ることができれば、それは自然のファンを増やすことにつながるだろうと思っているんです。説得ではなくて、ファンを増やすことに何か自分の力が使えたらいいなと思っています。

    河地:輸送船舶のバラスト水の研究で、藻類を含む様々な海洋生物が船舶でいろいろな場所に移動する現実に直面しました。今後は移動した生物が、本当に移動先で定着しているのかどうかを明らかにする必要があると考えています。以前から生息していたのに、数が少なくて目立たなかった生物が、富栄養化などの環境の変化で、数が増えて目立つようになって認識されるようになったケースとは区別される必要があります。移動したとしても一時的な定着で、すぐに消滅することもあれば、急速に定着して二次的な拡散すら起きてしまうこともあり得ます。集団の遺伝的多様性を調べて、地理的な距離と遺伝的な距離の関係を比較したり、集団間の類縁関係を調べたりすることで、移入集団なのか、それとも自然集団なのか、また由来について推定することができます。今後取り組んでいきたい課題の1つです。あと藻類や藻類に近縁な原生動物の仲間の多様性研究にも取り組みたいと考えています。特に2ミクロン以下の小さなピコプランクトンと呼ばれている生物は、海洋環境に豊富に生息しているのですが、その微小な細胞サイズが理由で研究が進んでいません。DNAの解析からは、正体のよくわからないグループがいくつも存在することがわかっています。フローサイトメトリというハイスピードで細胞の解析や分取の可能な装置と培養、そして形態観察、DNA解析といった手法を駆使して、その全貌を明らかにしたいと考えています。

    小熊:リモートセンシングというと衛星観測に限定されがちですが、距離のスケールで例えるなら東京から広島を観測するのと同じで、衛星観測のメリットも多々あるでしょうが、費用対効果の観点などからも生物多様性の把握に適したリモートセンシングの在り方を常に考えていきたいと思います。リモートセンシングを非破壊・非接触型の観測として考えるのであれば、定点カメラもリモートセンシングの一手段だと思います。世界中に展開されている森林の炭素収支を測定するサイトでは、森林の季節変化と炭素収支の比較の重要性が認識され、定点カメラの導入が積極的に進められています。定点撮影のメリットは対象物を細かい解像度と、高い頻度で撮影することであり、更に安価であることも特徴です。よって、多様性の把握と変化抽出には有効な手段であり、だれでも直ぐに始められる調査方法であると考えます。また、ラジコンヘリにせよ、定点撮影にせよ、生物の変化を追跡するためには時系列の画像の比較が不可欠であり、撮影後のデータを散逸させない仕組みをつくると共に、何十年か後の研究者が現状との比較を試みる際に有効となるデータを残していきたいと思います。
図2 航空機リモートセンシングから求めた湿地植生の草丈分布
 左は渡良瀬遊水地の全域の撮影画像。立体処理をすることで、草丈を右のように求めることができる。遊水地の中の草丈が、実は非常に多様かつ複雑な構造を持っていることがわかる。

コラム

  • 生物多様性
     生物多様性とは、長い進化の歴史を経た様々な生き物が、地球の各地に分布し、それぞれの暮らしを営み、互いに関り合いながら様々な生態系を形作っている、その総体を指す。様々な生き物という言葉は、種の多様性も、ひとつの種内の遺伝的な多様性も含む。

     生物多様性が、かならずしも種の多様性と同義ではないことに注意が必要である。熱帯雨林のように非常に種の多様性が高い生態系がある一方で、高緯度地方や乾燥地のような種の多様性が低い生態系があることも、生物多様性のひとつの側面である。

     また、人為的な生物の移動は、ある地域の種の多様性を一時的には高めることがあるが、一方でその地域で長い時間を経て形作られてきた生態系の個性・固有性の消失を招くことが多々あり、その意味では生物多様性への脅威ともなる。
写真3点 左から、屋久島の暖温帯林、北アメリカ南西部の乾燥地の疎林、極東シベリアの、高木はカラマツ
左から、屋久島の暖温帯林、北アメリカ南西部の乾燥地の疎林、極東シベリアの、高木はカラマツの仲間のみからなる森林地域によりさまざまな生態系があることも生物多様性のひとつの側面であり、これらの間に優劣があるわけではない。
  • 生態系サービス
     生物はつねに環境と相互作用しながら生きている。植物は太陽からの光エネルギーを受けとり、大気中の二酸化炭素を材料に有機物をつくる。また、土の中の水や栄養を根を介して吸い上げ、多くの水は大気中へと蒸発していく。植物が落とす枯葉や枯れ枝は土壌の形成に不可欠である。個々の生き物の作用がまとまれば環境に大きな影響を与える。生態系の中での個々の生物と環境との相互作用をまとめて、生態系全体としての働きとして捉えるとき、これを生態系機能と呼ぶ。人間は、生態系機能の存在を前提として進化してきたし、文化をつくってきた。したがって生態系機能は人間にとって必要不可欠なものである。生態系の機能のうち、特に人間がその恩恵に浴しているものを生態系サービスと呼ぶ。ここでいうサービスは経済学用語で、売買の対象となるが形を持たないものを意味する。生態系サービスの場合は食料、材料など形のあるものの供給も含めて考えている。

     生態系のサービスが失われてしまうと人間にとって大きな損失となる。たとえば、山の木をすべて伐採してしまい、雨水を一時的に保って徐々に放出するという森林生態系の機能が失われると、洪水を防ぐというサービスが提供されなくなり、人間が大きな損失をこうむることになる。

     アメリカの環境経済学者研究者コスタンザは、生態系サービスを17種類に整理した(表1)。これらのサービスを分類して、植物の光合成生産や土壌形成などの基盤サービス、人間が直接利用する食料などを提供する供給サービス、気候・水資源などの変動を抑える調整サービス、および審美的利用やレクリエーション利用などを含む文化サービスの4つに整理されることもある。
表1 生態系サービスの種類とその例。コスタンザ(1997)より改変
キキョウの花の写真 生育地の減少にともない野生の個体の存続が心配されている。
  • 絶滅危惧種とレッドデータブック
     絶滅危惧種は、近い将来に絶滅する可能性が小さくない種類のことである。絶滅危惧種は、絶滅の危険の大きさに応じてさらにクラス分けされる。危険の大きさは、現在残っている個体数、最近の個体数変化の傾向、絶滅に追いやる要因の大きさ、残された生息地の状況などから判断される。

     絶滅危惧種のリストは、レッドリストと呼ばれる。レッドリストに、それぞれの種の状況などの情報を加えて冊子にまとめたものがレッドデータブックである。

     生物の種の絶滅は人間の出現以前から繰り返されてきた自然現象だが、人間活動の規模の拡大とともに、人為の影響を受けて絶滅する生物の数は急増している。それらの種を特定し、そのリストをつくることは、保全策を立案するための基礎となる。保全の努力を振り向けるべき対象を特定するためにも、保全努力の効果を評価するためにも、現在の状況を把握することは不可欠である。

     現在、日本では、哺乳類、両棲類、爬虫類、鳥類、魚類などの脊椎動物、昆虫類や甲殻類などの無脊椎動物、維管束植物(種子植物お絶滅危惧種とレッドデータブック3:研究者の探求心で生物多様性の夢が広がるよびシダ植物)、藻類、蘚苔類などのレッドリストが作成され、適宜その内容の見直しが行われている。現在、日本の維管束植物の約1/4は絶滅の危険があるとされている。たとえば秋の七草のうちキキョウとフジバカマがレッドリスト掲載種となっている。

     調査の目が行き届きやすい生物では、絶滅の危険性を評価するもとになるデータも相対的に豊富だが、微生物など人目に付きにくい生物や、愛好家が少ない生物ではデータ不足から絶滅の危険性の評価も困難である。また、まだ名前もつけられていない生物の場合は、絶滅したということも知られないままに絶滅していくことになる。