私たちは「未来をどう考えるべきか」を本当に知っているのでしょうか?

執筆:HARTWIG Manuela Gertrud(東京大学未来ビジョン研究センター 特任研究員)
2024.6.25

この記事のポイント

・私たちは未来についてしばしば考えるが、未来をどう考えるべきかを熟知しているわけではない
・ナラティブは、私たちが未来を考える際に影響を与え、バイアスは、未来について正確に考えることを難しくする
・柔軟で新しい発想を求める姿勢が、脱炭素社会への移行には不可欠

1. 私たちは未来のことを考えています

 人にとって、未来を考えることはとても自然な行為です。実際、私たちは計画を立て、目標を設定し、そしてこれから起こることを想定します。

 しかし、根本的な疑問があります。果たして私たちは、未来について考える方法をきちんと知っているのでしょうか?また、私たちの考える未来像は、日常生活からどのような影響を受け、さらに私たちの意思決定にどのような影響を及ぼすのでしょうか?個人としての生活習慣の選択から世界的な政策の選択に至るまで、私たちの決断は常に、未来に影響を与えています。

 未来像を理解するための方法の一つが「ナラティブ(物語)※1」です。ナラティブは社会や技術の発展の道筋を示します。効果的に未来について考えたナラティブは、社会をより良い方向へ導く可能性があります。

 ナラティブは、私たちの集合的想像力を形作り、望ましい未来へ向けた行動を促す強力なツールです。脱炭素社会への移行という喫緊の課題に直面する中で、未来像を再考することが不可欠になってきています。

※1「ナラティブ」とは、一連の出来事や経験、あるいは主題やアイデアの発展を、筋書きや登場人物を用いて構造的に描いたものです。メッセージを伝えたり、楽しませたり、情報を提供したり、意味や背景を与えたりするために用いられます。「未来のナラティブ」はその名の通り、未来を舞台とした物語のことです。未来のナラティブで示される未来像は、潜在的な結果を探求し、意思決定を導き、望ましい目標達成に向けた行動を促すことなどに用いられます。

2. あなたは楽観的ですか? 悲観的ですか?

 気候変動に伴う未来の捉え方は、楽観主義と悲観主義の二つに大きく分けられることが多いようです。楽観的な人は、進歩とポジティブな結果の可能性を信じています。悲観的な人は、深刻な環境変化や資源枯渇、気候変動目標達成の失敗の可能性を強調します。どちらの視点も重要ではありますが、未来について包括的に考える能力を制限してしまう恐れもあります。

 楽観的なナラティブは、例えば、再生可能エネルギー、技術革新、そして国際協力を推進力とした脱炭素社会への移行が成功することを想定しています。これらのナラティブでは、太陽光発電と風力発電がエネルギー分野をリードし、電気自動車がガソリン車に取って代わり、世界的な合意によりカーボン排出量が効果的に抑制される未来が描かれます。このようなナラティブの中では、技術の進歩が現在の課題を解決し、持続可能で繁栄した世界を築き上げます。

 逆に、悲観的なナラティブは、脱炭素化の失敗を想定します。このようなナラティブは、脱炭素政策を行うことの政治的意志の欠如、エネルギー部門などの産業が大きく変化することに伴う経済的混乱、社会的不平等の悪化を強調します。例えば、低所得者世帯にとって、電気代やガス代などのエネルギー料金が上がり、生活が苦しくなる可能性があります。さらに、二酸化炭素排出量削減の取り組みが不十分となり、深刻な気候変動による悪影響と社会不安を引き起こす未来を描きます。このようなナラティブは多くの場合、より積極的な行動と政策変更を促すための警告として用いられます。

3. 未来への想像力はどのように決まるのでしょうか?

 過去の環境対策における成功と失敗は、人々がナラティブを形作る上で重要な役割を果たします。オゾン層破壊物質の削減が国際合意により成功したことは希望を呼び起こします。一方、何十年にもわたる警告にもかかわらず、気候変動への取り組みは依然として困難な状況にあるという現状は、懐疑的な心情を生みます。このように、過去の経験が未来について語るナラティブに影響を与えるのです。

 ドネラ・メドウズ1)は、ナラティブの形式で伝えられる未来像が私たちの想像する未来に与える影響が、軽視されがちであると論じました。あるナラティブでは、人々の協働と自然との調和が強く強調されており、より楽観的で包括的な未来像が描かれています。一方、別のナラティブでは、個人主義と経済成長が優先され、分断化された希望のない未来像になっています2)。こうした正反対のナラティブは、私たちに異なる未来を想像させ、全く異なる判断へと導きます。

 デメリットを過少評価しメリットを過大評価しようとする「楽観性バイアス」や、自分に都合の良い情報だけをインプットする「確証バイアス」などの認知バイアスも、私たちが未来を適切に想定する能力に影響を与えます。楽観性バイアスは、環境問題を過小評価させる恐れがあり、確証バイアスは、元々持っている信念を支持する情報だけを好むように仕向けます。包括的で現実的なナラティブを作るためには、このようなバイアスが誰にでも起こりえることを理解し、注意することが不可欠です。

 加えて、未来像を魅力的で多様なものにするためには、想像力と創造性が欠かせません。想像力を広げるためには、一般社会のことであれば、いろいろな人々のことを想定したり、新しい発想に対して否定的にならないようにしたりすることが大切です。また、研究であれば、多様な視点と学際的なアプローチを取り入れることが重要です。芸術家、作家、科学者など、異なるバックグラウンドを持つコミュニティと関わることで、ナラティブを豊かにし、より広い可能性を描くことができます。画期的なアイデアは、たとえ小さなひらめきから始まったとしても、大きな可能性を秘めていることを忘れないでください。

 例えば、脱炭素社会のアイデアとしては、生活の質を下げることなくプラスチックや食品廃棄物を賢く減らす方法、地方部も含めた革新的な公共交通システムを構築することなどがあります。気候変動対策を犠牲ではなく、コミュニティと個人のエンパワーメントとして捉え直すことで、気候変動対策のよりポジティブな成果を想像できるようになるかもしれません。私たちは暗いナラティブばかりを語るのではなく、新しいアイデアを積極的に試してみる勇気を持つ必要があります。

4. 柔軟で新しいナラティブを求める姿勢が、脱炭素社会への移行には不可欠

 脱炭素社会像を描く現在のナラティブは、楽観的な技術的成功予測から悲観的な失敗警告までさまざまです。持続可能な未来を構想し、効果的にそのような未来を実現させていくためには、認知バイアスを自覚し、想像力を広げ、不確実性と複雑さを受け入れながら、私たち自身のナラティブを再考する必要があります。言い換えれば、私たちはさまざまな種類の多様な未来を想像し、未知のものにも適応していくことに前向きになる必要があるということです。

 柔軟で新しいことに挑戦する姿勢を持つことで、私たちはより良い未来に備えることができます。気候変動のような問題に対しても、新しいアイデアにオープンになり、変化に迅速に適応することで、より良い解決策を見つけることができます。新しいアイデアを取り入れ、すべての人々を巻き込んでいくことが、脱炭素社会への移行には欠かせません。前向きのナラティブを組み立てることが大切です。

執筆者プロフィール: HARTWIG Manuela Gertrud (ハルトヴィッヒ・マヌエラ・ゲルトルート)
博士(社会学)。エネルギー政策とエネルギー技術の倫理について研究している。また、倫理的、法的、社会的問題を統合した脱炭素技術の技術評価フレームワークを開発している。脱炭素化社会とはどのような社会なのかに関心がある。同時にエネルギー問題が国内外でどのような不公平をもたらすかを理解し、解決したいと思っている。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。ご意見などをからお寄せ下さい。
今回の執筆者から皆様への質問:楽観的なナラティブと悲観的なナラティブ、どちらがより大きな影響力を持つと思いますか?その理由も教えてください。

参考文献

1)Meadows, D. H. (1999). Chicken little, Cassandra and the real wolf: so many ways to think about the future, Wild Earth, vol. 9(4), winter, pp. 25-29. https://www.environmentandsociety.org/sites/default/files/key_docs/rcc_00097009_4_1.pdf

2)Chen, H., Matsuhashi, K., Takahashi, K. et al.(2020). Adapting global shared socio-economic pathways for national scenarios in Japan. Sustainable Science, vol.15, pp. 985–1000. https://doi.org/10.1007/s11625-019-00780-y