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研究紹介

水辺の生き物に取り込まれる放射性セシウム 淡水魚の放射性セシウムはなぜ高いのか

東日本大震災以降、国立環境研究所や環境省が中心となって、環境や野生生物の体の中に含まれる放射性セシウム濃度のモニタリングが続けられています。
海水魚では放射性セシウム濃度が時間とともに低下し、現在ではほぼ全ての種で検出限界以下になっている一方、淡水魚では依然として高い水準で推移し、種によっては出荷制限も続いています。
淡水魚で放射性セシウム濃度がなかなか下がらない理由や今後の見通しについて、国立環境研究所の石井弓美子さんにお話をききました。

石井弓美子主任研究員の写真

海と川でこんなにちがう! 淡水魚に含まれる放射性セシウム濃度の現状

2022年7月22日、福島第一原発の汚染水を浄化処理した処理水を海洋放出する計画が原子力規制委員会に認可され、大きな話題となりました。
排出される処理水の放射性物質の濃度は国の排出基準を大きく下回りますが、漁業者や水産業者の反対の声や消費者の不安の声は大きく、海産物の放射性物質に対する関心の高さが改めて浮き彫りになりました。

一方、淡水魚に含まれる放射性セシウム濃度については、海産の魚介類ほどは話題に上がることはありません。
しかし実際は、海水魚よりも淡水魚の方がずっと放射性セシウム濃度が高く、海水魚の放射性セシウム濃度はほとんどの種で検出限界以下となっているのに対し、淡水魚ではまだ出荷基準値である100Bq/kgを超える高い数値が検出されることも多く、出荷制限が続いています。

石井さんは淡水環境での放射性セシウムの動きを調べ、淡水魚で放射性セシウム濃度がなかなか下がらない背景について研究を進めています。

ヤマメの出荷制限河川を赤で表示した福島県の地図
福島県内におけるヤマメの出荷制限河川 ※帰還困難区域を含む河川は調査対象外(出典 福島県の水産物の緊急時モニタリング検査結果について https://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/ps-suisanka-monita-top.html

なぜ淡水魚では放射性セシウム濃度が下がりにくいのか

淡水魚で放射性セシウム濃度が高止まりしている要因としては、淡水魚自身の生理的な機能がまず挙げられます。

淡水魚も海水魚も体の中の塩類濃度を一定に保つ仕組みを持っていて、それが放射性セシウムの排出にも関わっています。
海水魚は塩分濃度が高い海水中に住んでいるので積極的に塩類を排出しますが、淡水魚は体内よりも塩類濃度が低い淡水中に住んでいるので塩類を取り込んで保持します。
そのため、淡水魚では海水魚よりも放射性セシウムの排出速度が遅くなるのです。

海水魚と淡水魚における放射性セシウム排出の違いを示したイラスト
海水魚と淡水魚における放射性セシウム排出の違い

もう一つの要因は、環境中の放射性セシウムの挙動のちがいです。
海では環境中に流れ込んだ放射性セシウムは希釈され、元の場所に長く留まることはありませんが、陸上では環境中に取り込まれた放射性セシウムがなかなかその場から離れていかないという問題があります。

「土壌から木に取り込まれた放射性セシウムは葉に移行するので、放射性セシウムが含まれた落ち葉が林床にどんどん供給されます。
落ち葉を分解する菌類などの働きもあり、放射性セシウムは土壌の浅い層を循環して、なかなか森から出ていきません。
また、落葉などのリター(地面に落ちた葉や枝、生物遺骸など)から放射性セシウムが河川水に溶け出すこと、またリターが淡水に流れ込み、それを魚の餌となる昆虫などが食べることで、魚にまで放射性セシウムが取り込まれるという流れがあります。」

森林生態系における放射性セシウムの動きを説明したイラスト
森林生態系における放射性セシウムの動き

将来予測を難しくする個体間のばらつき

石井さんたちは環境中や淡水魚に含まれる放射性セシウム濃度のモニタリングを通じて、魚種ごとの放射性セシウム減少の見通しを予測することを大きな目標としています。
しかし、淡水魚の放射性セシウム濃度は、同じ河川の流域内でも地域間、個体間で非常にばらつきが大きいことが、予測する上での大きな課題となっています。
信頼できる将来予測モデルを構築するためには、そうした個体間のばらつきの原因を突き止める必要があります。

そこで石井さんたちの研究チームは今、ヤマメを対象に研究をおこなっています。

ヤマメの写真

「ヤマメの放射性セシウム濃度は、同じ地点で採集されたヤマメでも個体によって大きなちがいがあります。
一つには、魚の体サイズが重要な要因で、大きな個体ほど濃度が高くなります。
ただし、それでは説明しきれないばらつきもあります。
そこで、胃内容物分析とDNA解析を併用して、個体ごとの餌組成を明らかにして、セシウム濃度との相関を調べることで、どういう餌を食べるとセシウム濃度が上がりやすいかなどを調べています。
餌となる昆虫の放射性セシウム濃度がばらつくことから、それぞれの個体がどんな餌を食べたかがばらつきに影響している可能性が示唆されています」

ヤマメと胃の内容物分析からわかった餌生物たちのイラスト
ヤマメと胃の内容物分析からわかった餌生物たち(イラスト:あさり まゆみ)

放射性セシウムの動きは生態系によって異なる

餌となる生き物だけでなく、生態系の構造や機能も、淡水魚の放射性セシウム濃度に大きな影響を及ぼしています。
たとえば、石井さんたちのこれまでの研究から、湖やダム湖では、栄養段階(食物連鎖の各段階のこと)が高い生き物ほど体の中に含まれる放射性セシウム濃度が高くなる生物濃縮と呼ばれる現象が見られる一方、川ではそのような傾向はみとめられていません。

「川の上流・中流部では水生昆虫などの底生動物を基盤とする食物網(複雑に入り組んだ「食う–食われる」の関係)が中心的な役割を果たしています。
一方、湖では底生動物を基盤とする食物網に加え、沖合のプランクトンを基盤とする食物網もよく発達しています。
このような生態系の構造のちがいが、淡水魚の放射性セシウム蓄積のパターンのちがいにつながっているのではと考えています」

太田川上流域における底生動物を採取している写真
太田川上流域における底生動物の採取
底生動物
採取した底生動物

石井さんは「まだ推測の域を出ない」としつつ、餌の種類によって、餌の中に含まれる放射性セシウムのうち魚の体の中に吸収される割合(生物利用性)が異なるのではと考えています。

「底生生物を基盤とする食物網の起点となるのは、落葉落枝などのリターや付着藻類です。
これらの餌に含まれる放射性セシウムは生物利用性がそれほど高くないと考えられますので、水生昆虫に食べられてもそのまま糞として排泄され、それほど体の中には残らないでしょう。
しかし私たちは消化管も含む体まるごとを使って放射性セシウム濃度を測るので、お腹の中に残っている餌の影響で放射性セシウム濃度が高くなると推測されます。
こうした放射性セシウムは生物利用性が低いので、栄養段階が上がっても濃縮しないのではと考えています」

水生昆虫を解剖している写真
水生昆虫を解剖する様子。体内組織ごとにセシウム濃度を測定することで生物利用性を確認します。

それぞれの生態系に合わせた予測が必須

このように、同じ種の魚であっても、生態系によって放射性セシウムの挙動は異なりますので、それぞれの生息環境における生態系の構造や機能をきちんと把握する必要があります。

「同じ河川の中でも、上流域と下流域では生態系が大きく異なり、放射性セシウムの動態も異なります。
一般に、上流域は河川を覆う河畔林からのリターや陸上の昆虫を含めた放射性セシウムの流入が重要なのに対し、下流域では付着藻類を基盤とする食物網が発達します」

太田川中流域における調査の写真
太田川中流域での調査
付着藻類の採取している写真
付着藻類の採取

これまでの研究から、湖に住む淡水魚の放射性セシウム濃度は水に溶けた状態(溶存態)の放射性セシウム濃度と相関があることがわかっています。

これは、溶存態の放射性セシウムを取り込んだプランクトンを介した食物網を通して、放射性セシウムが淡水魚に蓄積するためと考えられています。
そのため、湖の淡水魚の放射性セシウム濃度の将来予測は、溶存態の放射性セシウム濃度をベースに計算すると良いと考えられます。

しかし、この方法は生態系の構造が異なる上流域では使えません。

「たとえば太田川は、下流域では魚の放射性セシウム濃度は低いですが、上流部に行くほど放射性セシウム濃度が高くなります。
これは、太田川上流では放射性セシウム沈着量が上流ほど高いためだと考えられます。
しかし溶存態の放射性セシウム濃度は、上流と下流でそれほどちがいはありません。
ですので、上流部の魚の放射性セシウム濃度の動態は、溶存態ではなく、リターに含まれる放射性セシウムなどをベースに予想するのが妥当でしょう。
それぞれの生態系の特徴をしっかり捉え、それを反映させた予測方法を開発することが大事です

太田川中流域における調査の写真
生態系によって放射性セシウムの挙動は異なるため、それぞれの生態系に合わせた予測が必要です

福島県の内水面漁業復興のために、研究者としてできること

これまで見てきたように、淡水魚の放射性セシウム濃度を決める要因は多岐に渡ります。
その上、大雨などにも大きな影響を受けるため、将来の予測は困難を極めます。
実際、2019年の台風19号の際は、モニタリング地点の環境中の放射性セシウム濃度は平常時とは全く異なる挙動をみせ、予想の難しさを改めて痛感したと、石井さんは振り返ります。
それでも石井さんは、福島県の内水面漁業の復興のためにも、なんとか今後の見通しを立てたいと考えています。

台風19号後の太田川の写真
台風19号後の太田川

私たち研究者のミッションは、淡水魚の放射性セシウム汚染の現状をきっちり調べて、今後どのように放射性セシウム濃度が減少していくのかを予測するための知見を積み重ねていくことです。
どの魚が環境中の何からどのくらい放射性セシウムを取り込んでいるのかが分かれば、魚種ごとの予測も立てやすくなります。
もちろん、定期的なモニタリング結果から、単純減少のパターンを予測することもできます。
とはいえ、未知の要素や台風などのイレギュラーなイベントもあり、長期的な信頼性の高い予測を提供することは難しいですが、濃度のばらつきの大きさなど不確実性も含めて、将来の見通しをできるだけわかりやすい形で社会に発信していきたいです」

内水面漁業関係者だけでなく、一般の福島県民の不安や疑問にも誠実に向き合う石井さん。
「何を知るためにどういう研究をおこなっているのかという全体像がわかるように情報発信していきたい」と、淡々と、しかし力強くインタビューを締めくくりました。

イワナを見つめる石井主任研究員の写真

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