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インタビュー

シミュレーションの技術や経験を福島の復興に生かしたい|五味馨

環境と社会の統合モデルの構築を通じて、福島のまちづくり計画を研究者という立場からサポートしている国立環境研究所福島地域協働研究拠点の五味 馨(ごみ けい)博士。
持続可能なまちづくりのためには、再生可能エネルギーの利用などを通じて温室効果ガス排出量を削減する必要があります。
しかしそれだけではなく、住民が安全・快適・便利に暮らせる環境も、同時に作っていかなければなりません。
そんな難問に挑む五味さんに、研究者を目指したきっかけや福島の復興への思いをお伺いしました。

インタビュー時の五味馨さんの写真

サケの観察からプログラミングまで!好奇心旺盛な子ども時代

——どんな子ども時代を過ごしましたか? 今の五味さんにつながるようなエピソードがあれば、教えてください。

子どものころから本が好きだったので、幼稚園の卒園アルバムに先生が「将来は博士かな?」と書いていました。
まさか現実になるとは、そのときは誰も思わなかったでしょうね(笑)
本は一貫して好きで、小学生の頃はドリトル先生、少年探偵団、ズッコケ三人組などをよく読みました。
親の本棚を勝手に漁って、今振り返るとあまり子ども向けではない本も普通に読んでいました。
自分が親になってみて、よくうちの親は自由に読ませてくれていたなと思いました。

講演時の五味馨さんの写真

あとはそうですね、小学校3年生の頃、当時通っていた小学校でサケを孵化させて稚魚を育てていたのですが、全校生徒で唯一私だけが毎日観察ノートを書いていました。
研究者気質の芽生えと言えるのかもしれません。

小5の時には、てこの原理を「発見」しました(笑)。
支点からのおもりまでの距離が変えられる子どもの個人教材用の天秤ばかりを使って試行錯誤しているうちに、支点から作用点までの距離と重さの積が左右で同じであれば釣り合うということに気づきました。
それをてこの原理と呼ぶことはのちに知りました。

中学生のときには、選択科目の「技術」で教育プログラミング言語「ログライター」を用いた授業があり、面白くて熱中していました。
カメを動かして線を引いたり図形を作ったりできるのですが、それを工夫して最終的にはペイントソフトを自作しました。
4年後には弟が同じ授業を選択したのですが、その時も私の作品が伝説として語り継がれていたそうです(笑)。

チェロを弾く五味さんの写真

昼休みは、職場の仲間と結成した音楽グループ“みはるびより”で活動中。チェロと尺八を担当。

今振り返ると、子ども時代を通じて何かにずっと熱中し続けていたというわけではありませんが、その時その時で何か一つのことに熱中していました。
自分で納得するまでやりきったら次、という感じで興味が移っていくのですが、興味の対象は生き物からプログラミングまで何でもありで、守備範囲が広かったなと思います。
今私が専門としている温暖化対策は、人間活動のほとんどに関わるため、幅広いトピックを扱う学問です。
もしかしたら、いろんなことに興味を持つもともとの性格が、研究テーマの選択に関係していたのかもしれませんね。

大学院時代、インターンで科学と行政をつなぐ研究者の必要性を実感

——本格的に研究を志すようになったきっかけは何でしょうか。

中学卒業後から、農業や生き物、そして環境問題に関心がありました。
当時は三重県に住んでいたため、三重県唯一の総合大学である三重大の中で自分の興味に合う学部を探しました。
当時一番熱心に環境に取り組んでいたのは、生物資源学部でした。
また、生物から工学、経済、社会、経営まで網羅していたことも魅力的だったので、生物資源学部への進学を決めました。

大学で色々学ぶうちに、自分の興味は人間と環境の関わりにあると感じ、大学院でもっと学びを深めたいと思うようになりました。
その矢先、日本の環境学の第一人者で、京都大学大学院地球環境学堂の初代学堂長を勤められた内藤正明先生のご講演をお伺いする機会がありました。
お話に感銘を受け、講演後に直接お話しさせていただき、京都大学大学院地球環境学舎への進学を決意しました。

野球のノックをする五味さんの写真

野球同好会でノックをする五味さん(右)。キャッチャーをしていたそう。

京都大学大学院地球環境学舎は、2002年の設立時からすでにインターンを必修にしていました。
今でこそ珍しくはありませんが、当時としては非常に先駆的な大学院でした。
私は滋賀県琵琶湖環境科学研究センターでインターンに参加しました。

インターンでは、2030年までに滋賀県の温室効果ガス排出量を半減し、持続可能な社会を作るという研究プロジェクトに関わらせていただいました。
そのときに、最先端の研究成果を実社会に生かすためには、社会問題の解決において主導的な役割を果たす行政が利用できる形に研究成果を「翻訳」する、研究と行政・社会をつなぐ研究者の必要性を実感しました。
それが研究者を志すことになった直接のきっかけですね。
早いもので、滋賀県琵琶湖環境科学研究センターでのインターンからもう15年以上経ちましたが、その後も一貫して持続可能な社会について研究を続けています。

転機となった東日本大震災

——研究人生の中で転機になった出来事は何かありますか。

東日本大震災です。
当時は京都大学でポスドクとして勤務していたのですが、ちょうどウィーンに出張しているときに東日本大震災が起こりました。
とはいえネットで日本の状況はリアルタイムで確認することができ、大きなショックを受けました。

当時、私は海外のまちづくりについての研究を中心に行っていました。
しかし、東日本大震災の被災地の状況を目の当たりにして、日本の環境に関わる研究者として役に立ちたいという思いが強くなりました。

そうした思いを抱えながら研究生活を続けていたのですが、2014年に国立環境研究所の福島支部設立にあわせて研究員の公募が行われることを知りました。
自分のシミュレーション技術やこれまでの経験を活かして、福島の復興をサポートする研究をするチャンスだと思い、応募しました。
運良く採用していただいて、現在まで福島の復興のお手伝いをさせていただいています。

——東日本大震災が発生した2011年3月11日は、全ての日本人にとって忘れられない日になりました。
しかし一方で、具体的なアクションにつなげられる研究者はそれほど多くなかったように思います。五味さんを突き動かしたものはなんでしょうか。

直接のきっかけはTwitterです。
自分の知識や経験を社会に役立てることができると手応えを感じました。

その一例が、2011年夏の節電についてのTwitter上での一連のやりとりです。
当時の電力が逼迫していたので節電が必要だということは広く認識されていたのですが、間違ったやり方をしている方もたくさんいらっしゃいました。
というのも、夏の電気消費量は暑い時間帯にピークを迎えるので、当時求められていたのは、このピークをできるだけ低く抑える節電だったのですが、1日を通じた消費電力の総量を抑えなければならないと勘違いして、たとえば夜間の冷房を我慢するなど、少し的を外した節電を頑張っている方をよく目にしました。

五味さんの研究環境 デスク周り 五味さんの研究環境 デスク周り

こだわりのデスク周り。モニター4台のマルチディスプレイに、左手デバイスも(写真上)。コロナ禍でウェビナー配信やオンライン会議用のブースも整備(写真下)。

そこで、どういう節電が求められているのかを解説するツイートを投稿すると、非常に反響が大きく、私の投稿を見て正しい節電方法を実践するようになった方もずいぶんいらっしゃいました。
震災は、専門的な知識を持つ人間とそれを実行する人々の関係が変わるターニングポイントになる出来事でもあったのではと私は思っています。
Twitterはタイムリーに必要な情報を発信するのに適したツールです。
今後も、専門知識を効果的に発信するためにうまく活用していきたいと思っています。

環境に関わる研究者として、福島のためにできることは

——実際に震災復興のプロジェクトに携わる中で、これまでのご経験がどのように生かされましたか。

震災以前から環境に対する意識は高まっていましたので、復興にも環境の視点が取り入れられていくだろうとは考えていました。
せっかくなら環境に良いまちを作りたいと思うのは、当時の状況を考えると自然な流れですからね。
特に原子力発電所事故を経験した福島では、再生可能エネルギーが重要となることは間違いないだろうと思いました。
そう考えると、エネルギー・気候変動対策を中心とした持続可能なまちづくりは、インターン以降、地球温暖化対策としてずっと私が研究してきたものです。
その知見を直接生かすことができているかなと思っています。

イベントで3Dふくしまの説明をする五味さん

2019年7月の環境創造センター開所3周年記念イベントで。

また、復興は非常に長い時間がかかるものです。
私自身関西に住んでいたので、阪神・淡路大震災の後、「こんなに時間がかかるのか」と痛感しました。
それでも、阪神・淡路大震災は被災範囲がそれほど広くなく、集中的な投資が行われたので、東日本大震災に比べれば、復興は早く進んだ部類に入ります。
東日本大震災の被災範囲は阪神・淡路大震災の比ではないスケールなので、本当に長くかかることになります。
そうなると、必要になるのは社会の長期的展望です。
長いスパンでのまちづくりも、私がずっと一貫して取り組んできたことですので、福島の未来のためにこれまでの経験と知識を生かせると思っています。

福島にも世界にも、あなたに解かれるのを待っている問題が沢山ある

——最後に、研究者を目指す、または福島の環境に関わる仕事に就きたいと思う若い方たちへのメッセージをお願いします。

もちろん大変なこともありますが、「なぜ誰もやらないんだろう」と気になったことに自分で取り組んでみて面白いことが分かったときは、すごく楽しいです。
他の人にも面白がってもらえたり、役立つと喜ばれたりしたときにも、非常にやりがいを感じます。
また、研究では問題の発見が大事だとよく言われますが、環境分野では課題は山積みで、問題発見は難しくありません。
福島にも世界にも、あなたに解かれるのを待っている問題が沢山あります。
地域や世界を今よりも良い場所にするために、一緒に挑戦してくれる仲間を待っています。

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