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2021年11月1日

共同発表機関のロゴマーク
NIESコレクションのシアノバクテリアの
網羅的かつ高精度なゲノム解析に成功

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、豊橋市政記者クラブ、日刊工業新聞、豊橋ケーブルテレビ同時配付)

2021年11月1日(月)
国立大学法人 豊橋技術科学大学,国立研究開発法人 国立環境研究所,
大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 国立遺伝学研究所,
国立大学法人 東北大学,国立大学法人 三重大学,国立大学法人 静岡大学,
国立大学法人 東京大学,学校法人 日本大学,学校法人 東京農業大学
 

1.発表のポイント

◆地球上には多様なシアノバクテリアが存在し,光合成反応の分子メカニズム,バイオマス生産,生態系における物質循環等,幅広い研究分野で注目されています
◆シアノバクテリアの中でも,ヘテロシストと呼ばれる異型の細胞をつくるグループはゲノムサイズが大きく,精度の良いゲノム情報の整備が遅れていました
◆国立環境研究所(NIES)が保管する28株のヘテロシスト形成株と3株の非形成株,合わせて31株のシアノバクテリアの高精度なゲノム情報の整備に成功しました
◆ゲノム解析株およびゲノム情報は全世界の研究者に公開され,シアノバクテリアの多様性の理解と,それを活用した基礎・応用研究の進展に貢献できます

2.概要

 シアノバクテリアは酸素発生型光合成を行う細菌の一種です。シアノバクテリアは植物の葉緑体の起源であり,光合成反応の基礎研究やバイオマス生産等の応用研究,さらに地球の物質循環などの生態学的研究においても注目されています。シアノバクテリアの中には,異型細胞(ヘテロシスト)と呼ばれる,窒素固定反応を専門に行う細胞を作るグループが存在します。このグループはゲノムサイズが大きく,他のグループと比べて精度の高いゲノム情報の整備が遅れていました。豊橋技術科学大学の広瀬侑助教らは,国立環境研究所(NIES)の河地正伸室長,国立遺伝学研究所の中村保一教授らと国内6大学の研究者との共同研究により,NIESが保管する28株のヘテロシスト形成株と3株の非形成株,あわせて31株のシアノバクテリアの高精度なゲノム情報の整備に成功しました。ゲノム解析株はNIESコレクション(国立環境研究所 微生物系統保存施設),ゲノム情報は国立遺伝学研究所の参画する国際データベースをそれぞれ通じて全世界に公開されています。本研究により,シアノバクテリアの多様性の理解と,それを活用した基礎・応用研究の進展が期待できます。なお本研究は,文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクトのゲノム情報等整備プログラムの一環として行われました。

3.背景

 シアノバクテリアは酸素発生型光合成を行う細菌の一種であり,藍藻(らんそう)とも呼ばれています。シアノバクテリアは植物の葉緑体の起源であり,植物の光合成の分子機構を明らかにする基礎研究や,バイオマス生産等の応用研究に利用されています。さらに,シアノバクテリアの存在は地球レベルの物質循環にも影響を与えることが報告されるなど,生態学的研究においても注目されています。今から25年前の1996年,日本のかずさDNA研究所のグループがシアノバクテリアのゲノムを光合成生物として初めて解読しました。この研究によって得られたゲノム情報は,上記の様々な分野の研究を大きく前進させるきっかけとなりました。近年の次世代シークエンサーと呼ばれるDNA解析装置の発展に伴い,様々な生物のゲノム情報の蓄積が急速に進んでいます。シアノバクテリアについては,2020年までに約3,000株のゲノム情報がデータベースに登録されています。ところが,これらのシアノバクテリアのゲノム情報のうち,塩基配列の繋がりがよい高精度なゲノム情報は,約240株(わずか8%)に限られていました(図1)。また,他の微生物の塩基配列が誤って混入したゲノム情報も存在するなど,一部のゲノム情報には品質に課題がありました。また,環境中のDNAを解析して得られたゲノム情報(メタゲノム)も急速に蓄積されていますが,そのゲノム情報の由来であるシアノバクテリア株を用いた生理的な解析ができないという点も課題でした。
 このような課題を解決するためには,カルチャーコレクションに保存されたシアノバクテリアの単離株のゲノム情報の整備が重要です。単離株のゲノム解析により,他のバクテリア由来の混入がなく,精度の高いゲノム情報の整備が可能です。また,カルチャーコレクションの保存株は専属のスタッフによって長期的に維持・保存され,幅広い研究者に公開されています。そのため,カルチャーコレクションの保存株のゲノム解析により,ゲノム情報に基づいた生理学的な実験を誰でも行うことが可能となります。2013年には,アメリカとフランスのグループが共同し,パスツールカルチャーコレクションの54株のシアノバクテリアの保存株のゲノム解析が行なわれました。同様の取り組みが世界各国で進められていますが,日本国内での取り組みは遅れていました。

4.成果

 豊橋技術科学大学の広瀬侑助教らは,国立環境研究所(NIES)の河地正伸室長,国立遺伝学研究所の中村保一教授らと他6大学の研究者との共同研究により,NIESコレクションが保存するシアノバクテリアのゲノム解析に取り組みました。シアノバクテリアは多様性の大きな細菌群で,細胞の形態の違いに基づいて5つ(Section I〜V)のグループに大別されています。研究グループは,シアノバクテリアの中でも,ヘテロシストと呼ばれる,窒素固定反応を専門に行う異型の細胞へと分化する能力を持つグループ(Section IVおよびV)に着目しました(図2)。このグループはゲノムサイズが大きく,他のグループが持たない新規な機能を持つ遺伝子を多数保有することが期待できますが,精度の良いゲノム情報の整備が遅れていました。研究グループは,NIESの28株のヘテロシスト形成株と3株のヘテロシスト非形成株,合わせて31株のシアノバクテリアのゲノム解析を行いました(図3)。研究グループは,多数のシアノバクテリアのゲノム解析を行うため,ゲノムDNAの調製法とシークエンスライブラリの調製法のそれぞれに工夫を施しました。さらに,イルミナ社の次世代シークエンサーMiSeqと,東北大学の大坪嘉行准教授が開発したゲノム解析用ソフトウェア(GenoFinisher:http://www.ige.tohoku.ac.jp/joho/genoFinisher/index.php【外部サイトに接続します】)を利用することで,高精度なゲノム解析を実現しました。
 得られたゲノム情報の分子系統解析により,31株のゲノム解析株の詳細な系統関係を明らかにすることができました(図3)。ヘテロシスト形成株については,比較的初期に分化したと考えられる株の解析にも成功しました。また,いくつかのヘテロシスト形成株においては,属名と系統関係の不一致が見られました。このことは,属名の手がかりとなる細胞の形態や性質が,進化の過程で変わりやすいということを示しており,シアノバクテリアの命名は,形態情報に加えて,ゲノム情報や,生息地の環境情報など,複数の情報を考慮して行う必要があることを示しています。シアノバクテリアの分類情報の混乱は,近年普及している菌叢解析法での分類精度を低下させるなど,他の微生物の研究にも負の影響をもたらします。研究グループが行ったカルチャーコレクション保存株の解析はこれらの課題の解決につながるものであり,今後の継続的な取り組みが必要です。
 今回ゲノム解析を行った31株のシアノバクテリア株はNIESの微生物系統保存施設のホームページ(https://mcc.nies.go.jp/)を通じて,全世界に公開されています。また,解析したゲノム情報についても遺伝学研究所が参画する国際データベース(INSD; International Nucleotide Sequence Database)を通じて公開されています。

5.展望

 ゲノム解析が行われた株と行われていない株の系統関係を16S rRNA遺伝子の塩基配列に基づく分子系統解析によって調べたところ,糸状性でヘテロシスト形成能を持たないグループ(Section III)など,ゲノム情報整備が遅れている系統の存在が明らかとなりました。これらの系統は,新規の機能を持つ遺伝子や,既存のシークエンス株とは異なる新しい形質を持つ可能性があります。これらのシアノバクテリアの単離とカルチャーコレクションへの寄託,さらにそれらのゲノム解析により,シアノバクテリアの有する膨大な多様性の理解と,それを活用した基礎・応用研究の進展が期待できます。さらに,これらの研究を推進するための生物多様性やゲノム研究に関する研究の支援や,人材育成も求められています。

論文情報

本成果は,「DNA Research」誌(オンライン版)に掲載されました。
タイトル:Genome sequencing of the NIES Cyanobacteria collection with a focus on the heterocyst-forming clade
著者:広瀬侑1,大坪嘉行2,三澤直美1*,米川千夏1*,長尾信義1*,志村遥平3*,藤澤貴智4,兼崎友5,加藤浩6,片山光徳7,山口晴代3,吉川博文8,池内昌彦9,浴俊彦1,中村保一4,河地正伸3
所属:1. 豊橋技術科学大学,2. 東北大学,3. 国立環境研究所,4. 国立遺伝学研究所,5. 静岡大学,6. 三重大学,7. 日本大学,8. 東京農業大学,9. 東京大学,*研究実施当時の所属
DOI:https://doi.org/10.1093/dnares/dsab024【外部サイトに接続します】

お問い合わせ先:

国立大学法人 豊橋技術科学大学
(本研究について)
応用化学・生命工学系 助教 広瀬侑
(報道担当)
総務課広報係 高柳
電話:0532-44-6506 E-mail:kouho(末尾に@office.tut.ac.jpをつけてください)
(藻類培養株に関すること)
国立環境研究所 微生物系統保存施設
電話:029-850-2556 E-mail:mcc(末尾に@nies.go.jpをつけてください)

公開されたシアノバクテリアのゲノム配列数の推移を表した図
図1,公開されたシアノバクテリアのゲノム配列数の推移
近年,急激に解析数が増えているが,高精度なゲノム配列は不足している。

シアノバクテリアの顕微鏡写真(Nodularia sp. NIES-3585)
図2,シアノバクテリアの顕微鏡写真(Nodularia sp. NIES-3585)
窒素固定を行う異型細胞(ヘテロシスト)を黄色矢印で示す。


ゲノム解析を行った31株のシアノバクテリアの系統関係の図
図3,ゲノム解析を行った31株のシアノバクテリアの系統関係

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