ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方
2021年6月25日

共同発表機関のロゴマーク
貨物船と旅客機の民間協力観測によりCO2の
人工衛星観測データを評価する新手法を開発

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会、文部科学記者会、科学記者会同時配布)

※注釈1 に誤記がありましたので修正しました

2021年6月25日(金)
国立研究開発法人国立環境研究所
地球システム領域    室長    谷本浩志
            特別研究員 Astrid Müller
            室長    町田敏暢
            主幹研究員 杉田考史
            主任研究員 中岡慎一郎
国立研究開発法人海洋研究開発機構
            主任研究員 Prabir K. Patra
 

   国立環境研究所地球システム領域の谷本浩志室長、Astrid Müller特別研究員らの研究チームは、民間の協力を得て行っている定期貨物船と旅客機による観測を組み合わせて、人工衛星によるCO2の観測データを評価する新しい手法を開発しました。近年、いくつかの研究から、海洋上の衛星観測にはバイアスがあることが指摘されていましたが、これを広い範囲や季節にわたって系統的に評価し、データを改良する有効な手法はありませんでした。今回開発した手法は、検証機器を設置しやすい陸上と違って、これまで検証が不可能であった海洋上の衛星データ評価に有効で、対流圏の下端と上端を押さえる船舶と航空機の両方の存在が必要となります。国立環境研究所が共同機関と共に行ってきた民間との協力観測が大きく役立ち、今後、学術研究機関による検証ネットワークと相補的に利用することで、海洋上のデータの質も改善されることが期待でき、人工衛星による温室効果ガス観測データの質をさらに向上させることで、全球のCO2循環をさらに正確に把握できると期待されます。
   本研究の成果は、2021年5月28日に欧州地球科学連合の専門誌「Atmospheric Chemistry and Physics」にオンライン掲載されました。
 

1.概要

 パリ協定の発効により、温室効果ガスを早期に削減してゆくことは世界的な約束事となり、温室効果ガスの濃度分布や変動を正確に把握する重要性はますます増しています。そのため、最も重要な温室効果ガスであるCO2の濃度やその分布や増加傾向を観測するために様々な研究開発がなされています。中でも、宇宙からの衛星観測は、地球上をくまなく観測できる大きな利点があります。宇宙からの遠隔計測は、2009年に日本が世界初の温室効果ガス観測技術衛星「いぶき」(GOSAT)を打ち上げて以降、その観測技術は目覚ましい進歩を遂げてきたものの、衛星による遠隔からの観測精度は大気の「その場」での観測の精度には及びません。衛星からの観測精度を向上させるための方法の一つとして地上に設置した分光計を利用した遠隔観測ネットワークTCCON(※1)によって衛星データを評価し「検証」する取り組みがなされています。一方、こうした検証地点は世界で25地点に過ぎず、特に大洋上においては、離島が数カ所あるに過ぎませんでした。海洋は地球の表面積の7割を占め、CO2の吸収源としても重要で、炭素循環にとって重要な役割を果たしますが、検証点の不足により、衛星観測の精度は十分に検証されていないことが課題でした。
 近年、いくつかの研究から、海洋上の衛星観測にはバイアス(真の値からの系統的な差)があることが指摘されていましたが、これを広い範囲や季節にわたって系統的に評価し、データを改良する有効な手法はありませんでした。例えば、フィリピンのBurgosに設置されているTCCON観測からは、海洋上のデータに-0.7ppm(※2)のバイアスが指摘されました(※3)。また、航空機による単発的な研究観測からは-1.2ppmのバイアスが報告されています(※4)。しかし、TCCONは陸上に設置されており、航空機は大洋上でデータを得られるものの、観測日数が限定される上、全ての季節や広い地理範囲をカバーできるものではありません。
 一方、国立環境研究所らの観測チームは、民間の協力を得て、日本から北米・豪州・東南アジアを寄港する貨物船による大気観測、日本から世界各地に飛行する旅客機による大気観測を実施してきました。そこで、これらを組み合わせて、検証データがなかった大洋上における衛星観測データの評価・検証手法を新たに開発しました。今回は、この手法を西太平洋上におけるCO2の衛星観測データに応用しました。

研究の新手法のイメージ図
図1.新手法のイメージ

2.データと手法

 貨物船の観測データは、国立環境研究所がトヨフジ海運(株)の協力を得て「大気・海洋温室効果ガスの広域観測」プロジェクト(※5)として実施している日本—オセアニア間を6週間間隔で航行する貨物船で得られたCO2濃度データ、旅客機の観測データは、国立環境研究所が気象研究所らとともに日本航空(株)の協力を得て実施している、CONTRAILプロジェクト(※6)の東京とシドニー間を航行するフライトで得られたCO2濃度データを用いました。人工衛星データは、「いぶき」(GOSAT)と、OCO-2 (Orbiting Carbon Observatory-2)によるCO2カラム平均濃度を用いました。海面上から850hPaまでは船舶のデータを、対流圏界面から380hPaまでは航空機のデータを用い、その間は内挿します。成層圏は化学輸送モデルの濃度分布を使用し、これらの組み合わせでCO2の高度分布を合成し、カラム濃度を計算し、衛星データと比較しました。

2014-2016年の3年間に西太平洋で得られた航空機, 貨物船, GOSAT人工衛星, OCO-2人工衛星によるCO2の観測地点を表した図

図2.2014-2016年の3年間に西太平洋で得られた航空機(CONTRAIL, 緑), 貨物船(Trans Future 5, 青), GOSAT人工衛星(NIESによる処理NIES v02.75, 黄; 米国による処理ACOS v7.3, 赤), OCO-2人工衛星(米国による処理v9r, 黒)によるCO2の観測地点.

3.結果

 新しい手法によって構築されたデータは、西太平洋上空におけるCO2の季節変化及び年々変動を正確に捉えることができました。GOSATとOCO-2の2つの人工衛星データと比較すると、これら人工衛星データは北半球の中緯度帯で1ppm程度低いバイアスがあることが分かりました。米国の処理結果には系統的な差があり、NIESの処理結果はばらつきが大きいことも分かりました。
 また、このバイアスは、最新の衛星プロダクト(ACOS v9)では小さくなっており、その前のバージョンであるACOS v7.3よりもバイアスを50%以上も改善していました。こうした差異はこれまで報告されていなかったことであり、今回の手法が、陸上における既存のTCCONネットワークでは大洋上の検証点の不足から確認できなかったバイアスを見出したこと、衛星のCO2濃度導出アルゴリズムをセンサの技術的特徴などを注意深く考慮したうえで改善する余地があることなどが明らかになりました。

新手法と人工衛星によるCO2の観測データの比較の図
図3.新手法と人工衛星によるCO2の観測データの比較。左:新手法(赤)、GOSAT人工衛星(NIESによる処理が黒, 米国による処理がグレー)、OCO-2人工衛星(青)によるCO2のカラム平均濃度。中央: GOSAT人工衛星(NIESによる処理が黒, 米国による処理がグレー)、OCO-2人工衛星(青)と新手法との差分。右:新手法(赤)、GOSAT人工衛星(米国による処理のうち、古いバージョンがグレー、新しいバージョンが青)によるCO2のカラム平均濃度。

4.意義と今後の展望

 人工衛星データの処理には導出アルゴリズムの改良が日々なされています。今回構築された貨物船と航空機を組み合わせた新手法は、こうしたアルゴリズムを評価する際の極めて重要な参考値となります。衛星観測データについては学術機関や研究機関により検証観測がなされていますが、公的機関でカバーできる範囲には限界もあり、民間協力による観測で空白域を埋めるとともに、相補的なデータセットとして利用し、人工衛星データのさらなる改良に資することができると期待されます。今後、本研究で開発した手法を他の海域や他の成分にも応用し、長期レコードとして整備して公開する予定です。特に、2018年に打ち上がったGOSAT-2や、2023年度に打ち上げ予定のGOSAT-GWのデータ評価に利用することを予定しています。

5.データの詳細及び注釈

※1: TCCON (Total Carbon Column Observing Network、全球炭素カラム観測ネットワーク)
地上に届く際に大気中微量成分による吸収を受けた太陽光を地上設置のフーリエ変換分光計を用いて観測し、温室効果ガス濃度を観測するプロジェクト。カリフォルニア工科大学によって運用されていますネットワークは参加する大学・研究機関によって運営され、データ提供サイトはカリフォルニア工科大学によって運用されています(https://tccondata.org【外部サイトに接続します】)。

※2: ppm:100万分率。CO2濃度は乾燥空気に対する割合として表される。400ppmとは乾燥空気(水蒸気を含まない空気)の粒100万個に対して400個がCO2であることを表す。

※3: 衛星データの検証について
森野 勇, 内野 修, GOSATシリーズのプロダクト検証について, 日本リモートセンシング学会誌, 39(1), 37-42, 2019.
(https://www.jstage.jst.go.jp/article/rssj/39/1/39_37/_article/-char/ja【外部サイトに接続します】)

Kulawik, S. S.,.: Characterization of OCO-2 and ACOS-GOSAT biases and errors for CO2 flux estimates, Atmos. Meas. Tech. Discuss. [preprint], https://doi.org/10.5194/amt-2019-257, 2019. 【外部サイトに接続します】

※4: 高精度なCO2観測装置を航空機に搭載して、地表近くから対流圏界面付近までの高度分布を多数回測定するような高度に組織だったキャンペーンも米国にて実施されています。しかしこのような観測は1回のキャンペーンの労力が非常に大きく観測期間もごく限られてるという欠点があります。
Frankenberg, C., Kulawik, S. S., Wofsy, S. C., Chevallier, F., Daube, B., Kort, E. A., O’Dell, C., Olsen, E. T., and Osterman, G.: Using airborne HIAPER Pole-to-Pole Observations (HIPPO) to evaluate model and remote sensing estimates of atmospheric carbon dioxide, Atmos. Chem. Phys., 16, 7867–7878, https://doi.org/10.5194/acp-16-7867-2016, 2016. 【外部サイトに接続します】

Kulawik, S. S.,.: Characterization of OCO-2 and ACOS-GOSAT biases and errors for CO2 flux estimates, Atmos. Meas. Tech. Discuss. [preprint], https://doi.org/10.5194/amt-2019-257, 2019. 【外部サイトに接続します】

※5: 「大気・海洋温室効果ガスの広域観測」プロジェクト
国立環境研究所がトヨフジ海運(株)等の協力を得て実施している大気・海洋温室効果ガスのモニタリングプロジェクト。同社が管理する貨物船舶を用いて2002年より実施しており、日本—北米間、日本—オセアニア間、日本—東南アジア間を航行する3隻の貨物船舶で観測を行なっています。

定期貨物船を利用した温室効果ガスモニタリングについて:
https://db.cger.nies.go.jp/gem/ja/warm/
トヨフジ海運株式会社による「大気・海洋温室効果ガスの広域観測」の紹介:
https://www.toyofuji.co.jp/csr/kouken/observation.html【外部サイトに接続します】

※6: CONTRAIL (Comprehensive Observation Network for Trace gases by Airliner)プロジェクト
国立環境研究所が、気象庁気象研究所、日本航空(株)、(株)ジャムコ、JAL財団の協力を得て実施しており、2005年から観測を行っています。
CONTRAILプロジェクトのホームページ(英語):
http://www.cger.nies.go.jp/contrail/
日本航空によるCONTRAILプロジェクトの紹介(日本語):
http://www.jal.com/ja/csr/environment/social/detail01.html【外部サイトに接続します】
ジャムコによるCONTRAILプロジェクトの紹介(日本語):
https://www.jamco.co.jp/ja/csr/activity/project.html【外部サイトに接続します】

6.研究助成

 本研究は、環境省の地球環境保全試験研究費(地球一括計上)(環1851, 環1253, 環1652, 環1151, 環1951, 環1451, 環1751, 環1432)および(独)環境再生保全機構の環境研究総合推進費(JPMEERF20182003)の支援を受けて実施されました。また、戦略的研究プログラムである「気候変動・大気質研究プログラム」 (https://esd.nies.go.jp/ja/climate-air/)の一環として実施されました。

7.発表論文

 本研究の成果は2021年5月28日に欧州地球科学連合の専門誌「Atmospheric Chemistry and Physics」に掲載されました。

【タイトル】
New approach to evaluate satellite-derived XCO2 over oceans by integrating ship and aircraft observations

【著者】
Astrid Müller1, Hiroshi Tanimoto1, Takafumi Sugita1, Toshinobu Machida1, Shin-ichiro Nakaoka1, Prabir K. Patra2, Joshua Laughner3, and David Crisp4

【所属】
1. 国立環境研究所
2. 海洋研究開発機構
3. カリフォルニア工科大学
4. ジェット推進研究所

【DOI】
10.5194/acp-21-8255-2021

【URL】
https://acp.copernicus.org/articles/21/8255/2021/【外部サイトに接続します】

8.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 
地球システム領域 地球大気化学研究室
室長 谷本浩志

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
mail: kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください) / tel: 029-850-2308

関連新着情報

関連記事