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2021年6月15日

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北海道沿岸域の温暖化・酸性化・貧酸素化影響が明らかに
~水産対象種に対する深刻な影響回避には具体的な対策が必要~

(北海道教育庁記者クラブ,筑波研究学園都市記者会,文部科学記者会,科学記者会,環境省記者クラブ,環境記者会,水産庁記者クラブ同時配布)

2021年6月15日(火)

ポイント
・地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化が将来,北海道沿岸域の水産対象種に影響を及ぼす可能性を指摘。
・深刻な影響を回避するためには,人為起源CO2排出の大幅削減が不可欠であることを示唆。
・陸域からの物質流入の調整等,地域での対策に必要な定量的な科学的根拠として期待。

   北海道大学大学院地球環境科学研究院の藤井賢彦准教授らは,国立環境研究所地球システム領域の高尾信太郎研究員,海洋研究開発機構の脇田昌英研究員・山本彬友特任研究員,水産研究・教育機構の小埜恒夫主幹研究員と共に,世界的に進行している地球温暖化・海洋酸性化*1・貧酸素化*2が将来,北海道沿岸域の水産対象種に対して深刻な影響を及ぼす可能性を指摘しました。そして,深刻な影響を回避するためにはパリ協定*3で求められている人為起源CO2排出の大幅削減が不可欠であることがわかりました。また,特に環境ストレスに対して脆弱な幼生期にはCO2濃度を人工的に調整した環境で飼育することや,陸域から沿岸域への物質流入を調整すること等,地域における施策も海洋酸性化・貧酸素化影響を軽減する上で有効であると提言しています。
   本研究で実施した手法は地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化が水産対象種に及ぼす複合影響の緩和に向けた地域での合意形成・施策のために定量的な科学的指針を提供すると期待されます。
   なお,本研究成果は,2021年6月11日(金)公開のFrontiers in Marine Science誌にオンライン掲載されました。
 

水温とアラゴナイト飽和度の変化を表した図

【背景】

 亜寒帯域に属する北海道沿岸域は,国内の貝類漁獲高の6割,石灰化生物全体の漁獲高の半分を占めており,国内の動物性たんぱく質の供給基地として重要なだけでなく,北海道を特徴付ける水産業,観光業に大きく貢献しています。しかし,近年,地球温暖化に伴う水温上昇が海洋生態系や水産対象種に及ぼす影響について世界中で懸念されており,北海道沿岸域も例外ではありません。また石灰化生物*4は,炭酸カルシウムを成分とする殻や骨格を形成するため,地球温暖化と同じく人為起源CO2の過剰排出が主要な原因になっている海洋酸性化の影響も受けることが懸念されています。また,最近の研究では海水中の溶存酸素(DO)濃度が長期的に低下する貧酸素化が海洋生物に及ぼす影響も懸念されていますが,地球温暖化に伴う水温上昇も貧酸素化の原因の一つとなっています。このように,地球温暖化,海洋酸性化,貧酸素化の間には密接な関係があります(図1)。しかし,同時進行しているこれらの現象が海洋生物に及ぼす複合影響は複雑であり,また影響に対する感受性が生物種や成長段階によって大きく異なるため,全貌は明らかになっていません。特に海洋酸性化は水温が低くCO2が海水に溶けやすい海洋環境で顕著に現れるため,比較的低水温でかつ,石灰化生物に対する社会の依存度が高い北海道沿岸域における水産対象種の海洋酸性化影響や地球温暖化・貧酸素化との複合影響の評価・予測は極めて重要です。
 しかし,北海道沿岸域は冬季の荒天に伴う海況の悪化等の理由により,海洋酸性化の評価指標であるアラゴナイト飽和度(Ωarag)*5の値や貧酸素化の評価指標であるDO濃度の日周・季節変動の詳細はこれまで明らかにされていません。そこで本研究では,北海道大学北方生物圏フィールド科学センター水圏ステーション忍路臨海実験所(北海道小樽市)の地先に観測点を設置し,地球温暖化,海洋酸性化,貧酸素化の指標となるパラメータの日周・季節・経年変化を連続観測によって明らかにし,さらに数値シミュレーション手法を組み合わせることで,地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化が水産対象種に及ぼす複合影響の将来予測を行いました。

【研究手法】

 上記の観測点に複数の測器を設置して冬季にも潜水作業を実施することで,水温,塩分,海洋酸性化の指標となるpH(水素イオン濃度),貧酸素化の指標となるDO濃度の連続観測を通年で数年間継続しました。測器は校正やデータ回収,付着生物の除去といった作業が必要なために定期的に回収・再投入を行い,その際に取得した海水試料から溶存無機炭素(DIC)濃度と全アルカリ度を見積もり,Ωarag値を求めました。
 また,観測点付近の海洋物理過程と生物化学過程の両方を再現できる領域海洋モデルを構築し,現在の大気中のCO2濃度や海水中の水温やDIC濃度等の境界条件を与えてモデルを駆動し,地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化に関する指標の日周・季節変化が連続観測で得られた結果を現実的に再現されていることを確認しました。その上で,境界条件を今世紀末に想定される大気中のCO2濃度や海水中の水温やDIC濃度等に置き換えてモデルを駆動し,将来予測を行いました。

【研究成果】

 連続観測の結果,地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化指標の日周・季節・経年変化が北海道沿岸域において初めて明らかになりました。現状では,融雪水の流入や降水に伴う急激な塩分低下によりΩarag値が一時的に海洋酸性化の準危険水準に達することがあるものの,地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化のいずれも水産対象種に深刻な影響を及ぼしていないことがわかりました(図2)。
 一方,人為起源CO2をはじめとする温室効果ガスの高排出(RCP*6 8.5)シナリオによる将来予測の結果は,今世紀末までにホタテガイやエゾバフンウニといった北海道にとって重要な水産対象種にとって不適な高水温状態が夏場に定常化すると共に,冬場はΩarag値が定常的に準危険水準に達することが示唆されました(図3)。一方,CO2排出の大幅削減を前提とするRCP 2.6シナリオによる将来予測の結果は,地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化のいずれにおいても深刻な影響を回避できることを示しました。

【今後への期待】

 本研究は,現在,世界中で同時進行中の地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化が北海道沿岸域にとって重要な水産対象種に及ぼす複合影響を評価・予測した初めての例であり,将来,これらの深刻な影響を回避するためには世界中で人為起源CO2を大幅に削減する対策が不可欠であることを改めて示すものです。
 一方,将来予測の結果には様々な不確実性が伴います。今回の将来予測の結果では貧酸素化影響は示唆されませんでしたが,DO濃度は,昼間に植物プランクトンや海藻・海草による光合成に伴って上昇し,光合成が行われない夜間に低下します。もしDO濃度の日周変化が将来増幅するようなことがあれば,夜間に貧酸素化の影響も現れるかもしれません。また,春先に一定の水温まで上昇すると産卵する海洋生物もいますが,一般に幼生期はΩarag値に対する感受性が高く,悪影響も出やすいことが幾つかの既往研究で指摘されています。そのため,もし将来,海洋環境が変化し,例えば融雪水の流入に伴う塩分低下によりΩarag値が低下する時期と産卵期が重なると,これまでよりも深刻な海洋酸性化影響を受ける可能性も考えられます。
 そのため,このような不確実性を予見し,予測結果よりも幅を持たせた対策が必要です。例えば,世界中でCO2の大幅削減を十分に講じた上で,さらに少しでも海洋酸性化・貧酸素化影響を回避するために陸域から沿岸域への物質流入を調整し富栄養化等の局所的な環境負荷を軽減するといった対策です。また,水産対象種の養殖を行う際,海洋酸性化影響に特に脆弱な幼生期は人工的にΩarag値を調節した水槽で飼育するといった対策も考えられます。このような対策は地域毎・生物種毎に実施可能であり,本研究で実施した手法を用いて定量的な科学的指針を提供することで,その効用・効果を容易に検証することが期待されます。

【謝辞】

 本研究は文部科学省委託事業統合的気候モデル高度化研究プログラムJPMXD0717935498及びJPMXD0717935715,独立行政法人環境再生保全機構「環境研究総合推進費」環境問題対応型研究「海洋酸性化と貧酸素化の複合影響の総合評価」(Study of Biological Effects of Acidification and Hypoxia; BEACH) JPMEERF20202007,JSPS科研費15H04536,16H01792,20H04349,北海道大学機能強化促進事業の支援により行われました。

論文情報

論文名 Continuous monitoring and future projection of ocean warming, acidification, and deoxygenation on the subarctic coast of Hokkaido, Japan(北海道の亜寒帯沿岸域における 地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化の連続観測と将来予測)
著者名 藤井賢彦1,2,高尾信太郎3,山家拓人2,赤松知音2,藤田大和2,脇田昌英4,山本彬友4,小埜恒夫51北海道大学大学院地球環境科学研究院,2北海道大学大学院環境科学院,3国立環境研究所地球システム領域,4海洋研究開発機構,5水産研究・教育機構)
雑誌名 Frontiers in Marine Science(海洋科学の専門誌)
DOI 10.3389/fmars.2021.590020
公表日 2021年6月11日(金)(オンライン公開)

お問い合わせ先

北海道大学大学院地球環境科学研究院 准教授 藤井賢彦(ふじいまさひこ)
URL http://www.ees.hokudai.ac.jp/carbon/mfujii/【外部サイトに接続します】

配信元

北海道大学総務企画部広報課(〒060-0808 札幌市北区北8条西5丁目)
 TEL 011-706-2610 FAX 011-706-2092
 メール jp-press(末尾に@general.hokudai.ac.jpをつけてください)
国⽴研究開発法⼈国⽴環境研究所企画部広報室(〒305-8506 茨城県つくば市小野川16-2)
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国立研究開発法人海洋研究開発機構海洋科学技術戦略部広報課
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 TEL 045-277-0136  メール fra-pr(末尾に@ml.affrc.go.jpをつけてください)

【参考図】

人為起源CO2を介した地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化の相互関係の概念図

図1. 人為起源CO2を介した地球温暖化・海洋酸性化・貧酸素化の相互関係の概念図。
北海道忍路湾における連続観測で得られた水温,塩分,Ωarag値,溶存酸素濃度の時系列変化の図

図2. 北海道忍路湾における連続観測で得られた(a)水温,(b)塩分,(c)Ωarag値,(d)溶存酸素(DO)濃度の時系列。(c)の黄色領域と赤色領域はそれぞれ石灰化生物にとっての海洋酸性化の準危険水準(Ωarag値1.5以下)と危険水準(Ωarag値1.1以下),(d)の赤色領域は生物にとっての貧酸素化の危険水準(DO濃度2.0 mg l-1以下)を示す。

水温,大気CO2濃度,溶存無機炭素濃度等の現在と今世紀末を想定した値を境界条件として与えて領域海洋モデルを駆動して得られた水温,Ωarag値,溶存酸素濃度の月平均の結果

図3.水温,大気CO2濃度,溶存無機炭素(DIC)濃度等の現在と今世紀末を想定した値を境界条件として与えて領域海洋モデルを駆動して得られた(a)水温,(b)Ωarag値,(c) 溶存酸素(DO)濃度の月平均の結果。棒グラフは現在の結果(エラーバーは1標準偏差を表す),赤色の折れ線はRCP 8.5シナリオ,緑色の折れ線はRCP 2.6シナリオの結果。(a)の赤色領域は北海道沿岸域の重要な水産対象種であるホタテガイとエゾバフンウニにとって危険な高水温水準(23℃以上),(b)の黄色領域と赤色領域はそれぞれ石灰化生物にとっての準危険水準(Ωarag値1.5以下)と危険水準(Ωarag値1.1以下)を示す。

【用語解説】

*1 海洋酸性化 … 大気中のCO2の増加は,地球温暖化とともに,CO2が海水に溶け込んで弱アルカリ性の海水の性質が中性・酸性の方向に向かう現象である。

*2 貧酸素化 … 海水中のDO濃度が低下する現象であり,海洋生物に悪影響を及ぼす。その原因や海洋生物に対する影響は多岐にわたる。地球温暖化に伴う水温上昇による,DO飽和度の低下,表層の成層化に伴う大気からの酸素供給の減少,水中や底泥での有機物の分解促進に伴う酸素消費量の増加等が原因と考えられる全球的な貧酸素化や,人間活動が盛んな沿岸域では,生活排水や工業廃水の流入に伴う富栄養化により酸素消費量が増加する局所的な貧酸素化が知られている。

*3 パリ協定 … 2015年12月にフランス・パリで開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議で,世界約200か国が合意して成立した地球温暖化対策の国際的な枠組み。世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して2℃より充分低く抑え,1.5℃に抑える努力を求めている。

*4 石灰化生物 … 貝類やウニ類,エビ・カニ類のように炭酸カルシウムを成分とする殻や骨格を形成する生物の総称。

*5 アラゴナイト飽和度(Ωarag) … 多くの石灰化生物の殻や骨格は炭酸カルシウムのうち比較的溶けやすい結晶形態であるアラゴナイト(あられ石)で形成されている。Ωarag値が高いほどアラゴナイトを形成(石灰化)しやすくなる。CO2が海に溶け込むとΩaragが下がり,Ωarag値が小さいほどアラゴナイトの形成が阻害される。Ωarag値が1以下になると,化学理論上アラゴナイトは溶解する。しかし,Ωarag値が1を上回っていても石灰化生物の種類や成長段階によっては深刻な海洋酸性化影響を受けることが近年の研究から示唆されている。一般に同じ生物種でも幼生期は海洋酸性化に対して特に脆弱である。

*6 RCP (Representative Concentration Pathways; 代表濃度経路シナリオ) … 気候変動に関する政府間パネル(Intergovernmental Panel on Climate Change; IPCC)で採用された,将来のCO2を含む温室効果ガスの排出シナリオ。将来の人間活動の違いを想定した4つのシナリオがあり,RCP 8.5シナリオは従来の社会や経済の枠組みの延長線上での経済成長を想定した,温室効果ガスの排出が最も多いシナリオである。逆にRCP 2.6シナリオはパリ協定に準拠した,温室効果ガスの大幅削減を想定した低排出シナリオである。

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