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2020年10月20日

共同発表機関のロゴマーク
地球温暖化が近年の日本の豪雨に与えた影響を評価しました

(気象庁記者クラブ、環境省記者クラブ、環境記者会、筑波研究学園都市記者会同時配布)

令和2年10月20日(火)
気象研究所
東京大学大気海洋研究所
国立環境研究所
海洋研究開発機構
(一財)気象業務支援センター
 

   気象庁気象研究所、東京大学大気海洋研究所、国立環境研究所及び海洋研究開発機構の研究チームは、文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」の一環として、最新の数値シミュレーションを用い、平成29年7月九州北部豪雨及び平成30年7月豪雨に相当する大雨の発生確率に地球温暖化が与えた影響を定量的に評価することを初めて可能にしました。
   この結果、上記2事例における大雨の発生確率は、地球温暖化の影響がなかったと仮定した場合と比較して、それぞれ約1.5倍および約3.3倍になっていたことが示されました。
   この研究成果は、令和2年9月23日発行の科学誌「npj Climate and Atmospheric Science」に掲載されました。
 

   今般、気象研究所、東京大学大気海洋研究所、国立環境研究所及び海洋研究開発機構の研究チームは、文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」の一環として、多数の高解像度の数値シミュレーション結果を用いて、平成29年7月九州北部豪雨及び平成30年7月豪雨に相当する時期・地域における大雨の発生確率に与えた地球温暖化の影響を定量的に評価しました。
   この結果、50年に一度の大雨の発生確率は、地球温暖化の影響を受けている(工業化以降注)の人為起源による温室効果ガスの排出がある)現在と、地球温暖化の影響がなかったと仮定した場合(工業化以降の人為起源による温室効果ガスの排出がないと仮定した場合)とで比較して、平成29年7月の九州西部においては1.5倍に、平成30年7月の瀬戸内地域においては3.3倍になっていたと推定されました。
   日本の地域ごとの豪雨の特徴を区別できるような高解像度の数値シミュレーションを用いてこのような取り組みを行った例は、これまで存在しませんでした。この成果を通して、大雨に対する地球温暖化の影響に関する社会の理解がより深まることが期待されます。

注)工業化以降・・・本研究では、1850年以降としている。

<発表論文>
掲載誌 :npj Climate and Atmospheric Science
タイトル:Advanced risk-based event attribution for heavy regional rainfall events
著者名 :Yukiko Imada1, Hiroaki Kawase1, Masahiro Watanabe2, Miki Arai3, Hideo Shiogama4, Izuru Takayabu1
所属  :1 気象庁気象研究所. 2 東京大学大気海洋研究所. 3 海洋研究開発機構. 4 国立環境研究所.

<関連情報>
本研究は、文部科学省「統合的気候モデル高度化研究プログラム」の一環として実施されました。

問合せ先:気象研究所 気候・環境研究部 主任研究官 今田 由紀子
東京大学大気海洋研究所 気候システム研究系 教授 渡部 雅浩
国立環境研究所 地球環境研究センター
気候変動リスク評価研究室室長 塩竈 秀夫
(広報担当)
気象研究所 企画室 広報担当 電話:029-853-8535
 

1.背景と経緯

   地球温暖化はもはや将来の問題ではなく、その影響は私達の生活に既に現れ始めています。近年の日本では、毎年のように地点観測気温の記録更新の報告が相次ぎ、熱中症による被害も拡大しています。豪雨に目を向けてみても、平成29年九州北部豪雨、平成30年7月豪雨、令和2年7月豪雨など、連続する豪雨災害が多大な被害をもたらしました。
   個々の異常気象は、大気や海洋が本来持っている「ゆらぎ」(平均的な状態からの自律的なずれ)が偶然重なった結果発生するため、その発生に地球温暖化がどの程度影響していたかを定量的に評価することは困難であると考えられてきました。しかし、近年、気候モデル*1による大量の数値シミュレーション結果に基づく「イベント・アトリビューション*2」という手法を用いて「ゆらぎ」を統計的に把握することで、地球温暖化の影響を定量的に評価することが可能になりました。具体的には、気候モデルを用いて、温暖化した気候状態と温暖化しなかった気候状態それぞれにおいて、大量の数値シミュレーションを行い、注目する異常気象の発生確率がどの程度変化したかを定量的に見積もります。
   これまで、気象研究所、東京大学大気海洋研究所、国立環境研究所及び海洋研究開発機構は、世界に先駆けてこの手法を取り入れ、温暖化影響の検出・評価を目的に設計された「地球温暖化対策に資するアンサンブル*3気候予測データベース(d4PDF)*4」(以下、「気候データベース」という)を用いてイベント・アトリビューションを実施し、平成30年7月の記録的猛暑は地球温暖化がなければ起こり得なかったことを示しました注)
   一方、日本のような急峻な地形の影響を受けて発生する局所的な豪雨を対象としたイベント・アトリビューションは、以下の二つの理由から、困難であることが従前から指摘されています。

①局所的な豪雨の発生には、スケールの小さな地形や降水現象など、気候モデルでは再現が難しい要素が重要となってくるため
②地球温暖化に伴う大気中の水蒸気量の増加が降水量の増加につながる過程において偶然性が大きくなるため

   そこで、本研究では、平成29年7月九州北部豪雨及び平成30年7月豪雨について、「気候データベース」に含まれる全球大気大循環モデル*1による大規模アンサンブル計算結果に加えて、同じく「気候データベース」に含まれる地域気候モデル*1による高解像度大規模アンサンブルシミュレーションも新たに導入して、「イベント・アトリビューション」を行いました。

注)令和元年5月22日気象研究所報道発表資料
https://www.mri-jma.go.jp/Topics/R01/010522/press_010522.html【外部サイトに接続します】

2.主な結果

(1)50年に一度の大雨の発生確率の違い

   過去実験*5の1981~2010年の期間において50年に一度の確率で発生する大雨(以下、「50年に一度の大雨」という)の発生確率を、平成29年7月九州北部豪雨及び平成30年7月豪雨に相当する時期・地域*6を対象として、過去の温暖化が含まれた気候条件(気候データベースの過去実験を利用)と、温暖化がなかったと仮定した気候条件(気候データベースの非温暖化実験*5を利用)のそれぞれについて評価しました。
   再現期間で見ると、図1に示すように温暖化が含まれた気象条件(図1の赤実線)と温暖化がなかった気候条件(同青実線)を比較すると、平成29年7月豪雨に相当する時期で九州西部に注目した場合、温暖化がなかった気候条件では約54年に1度の頻度であった日降水量が、実際の気候条件では約36年に1度のレベルまで頻度が増加していました(図1b)。平成30年7月豪雨に相当する時期で瀬戸内地域に注目した場合は、温暖化がなかった気候条件では約68年に1度の頻度であった3日間降水量が、実際の気候条件では約21年に1度のレベルまで頻度が増加していました(図1a)。
   これらを発生確率に換算すると、平成29年7月九州北部豪雨に相当する時期の場合、九州西部において、温暖化が含まれた気候条件における日降水量の50年に一度の大雨の発生確率は2.8%であったのに対し、温暖化がなかった気候条件ではほぼ1.9%と推定され、大雨の発生確率が約1.5倍となっていました。また、平成30年7月豪雨発生に相当する時期で瀬戸内地域に注目した場合、温暖化が含まれた気候条件における3日間降水量の「50年に一度のレベル」の発生確率は4.8%(約21年に一度)であったのに対し、温暖化がなかった気候条件では1.5%(約68年に一度)と推定され、大雨の発生確率が約3.3倍となっていました。

(2)過去30年の大半の大雨に見られる大気の特徴とトレンド

   以下では、(1)のような温暖化の影響が現れる要因について解説します。まず、過去30年の大半の大雨に見られる特徴から見ていきます。図2aを見ると、地球温暖化に伴う大雨の増加が、九州西部では大きいのに対し、九州東部や瀬戸内地域では小さいことが分かります。一般的に、九州西部では、太平洋高気圧の勢力が南側で強い際に、南西から梅雨前線に流れ込む水蒸気が九州山地にぶつかって収束し、大雨をもたらす例が多くを占めます(図2b)。したがって、地球温暖化に伴う水蒸気の増加の影響が直接大雨の発生確率の増加に現れます。一方、九州東部では梅雨前線ではなく、台風の通過に伴って大雨がもたらされる場合が多いことが分かります(図2c)。台風に対する地球温暖化の影響については不確定な要素が多く、温暖化の影響が明瞭に現れません。また、通常は降水量が少ない地域である瀬戸内地域では、稀に大雨になる際には梅雨前線や台風など様々な要因が考えられ、図2bやcのような明瞭な大気の特徴を得られないため、温暖化の影響も明瞭に現れません。

(3)事例毎に見た水蒸気の流れの特徴

   次に、梅雨前線への水蒸気流入による特徴があらわれた2事例について、大気の特徴を見ていきます。平成29年7月九州北部豪雨時は、太平洋高気圧が日本の南側に張り出しており、南西からの季節風を強化して九州に水蒸気が入りやすい状況でした(図3c)。過去実験の全アンサンブルメンバーを平均した結果でもこの特徴が現れていた(図3d)ことから、この状況はシミュレーションの条件として与えた平成29年7月の海洋の状況が作り出したものであると考えられます。水蒸気流入の強化は図2bの状況とも類似しており、この地域で発生する他の多くの事例と同様に、地球温暖化に伴う水蒸気の増加の影響が直接大雨の発生確率の増加に現れていた可能性が示唆されます。
   平成30年7月豪雨時の瀬戸内地域においては、西側の低気圧性の循環と東側の高気圧性の循環に挟まれる形で水蒸気が西日本に収束するような大気の状況になっており(図3a)、過去実験の結果でもその様子が再現されていました(図3b)。過去30年の実験によると地球温暖化の影響による大雨頻度の変化が小さい地域であるにも関わらず(図2a)、この時期に限り、地球温暖化に伴う水蒸気増加の影響が大雨の発生確率に直接影響する状況になっていたと言えます。

3.今後の展望

   本研究では、多数の高解像度の数値シミュレーション結果を用いたイベント・アトリビューションを行うことによって、平成29年7月九州北部豪雨及び平成30年7月豪雨が発生した季節・地域における大雨の発生確率が地球温暖化の進行に伴って有意に増加していたことが明らかになりました。
   このように、異常気象の発生確率に着目するイベント・アトリビューションは、漠然と感じている地球温暖化の異常気象への影響を定量的に示すことが可能な方法です。このような結果を発信することにより、適応策(地球温暖化による社会への影響を低減させる対策)に関する取組のより一層の推進に寄与するとともに、地球温暖化による影響についての社会の理解が深まることが期待されます。
   気象研究所は、共同研究機関と共に本研究で使用した気候データベースを毎年更新して今後も異常気象に地球温暖化がどの程度影響を与えているかについて評価を行い、その影響についての社会の理解が深まるよう、研究に取り組んでいきます。

過去に発生した二つの豪雨に相当する時期及び地域における降水量と再現期間を表した図
図1 過去に発生した二つの豪雨に相当する時期及び地域における降水量と再現期間(〇年に一度)
   赤実線は実際の(温暖化がある)気候条件、青点線は温暖化がなかったと仮定した場合の気候条件における再現期間。(a)は平成30年7月の瀬戸内地域、(b)平成29年7月の九州西部。(a)では3日積算降水量、(b)は日降水量を用いている。エラーバーは、サンプルの偏りや不足によって生じる誤差の幅を表し、過去実験の1981~2010年の期間における50年に一度の雨量の場所に表示してある。同じ降水量(横軸)に対し、グラフが下にあるほど現象の再現期間が短い(高い頻度で起こる)ことを示す。
温暖化に伴う大雨日数の変化と、関連する大気の流れを表した図
図2 温暖化に伴う大雨日数の変化と、関連する大気の流れ
   (a)d4PDFの30年(1981~2010年)×100通りによる、過去から現在までの7月の大雨日数(日降水量100㎜以上になる日数)の変化(過去実験と非温暖化実験の差)。(b)九州西部に大雨頻度が増える際の上空約1500m(850hPa)の高度(m)及び水蒸気フラックス(矢印)の30年平均との差。(c)九州東部で大雨頻度が増える際の台風の存在密度の30年平均との差。点が打ってある領域は、統計的に有意な領域を意味している。(b)および(c)の右上の地図は、地域気候モデルにおける標高を表し、九州西部および東部の定義域のみ色付きで表示している。濃い色ほど、標高が高いことを示す。
平成30年7月豪雨と平成29年7月九州北部豪雨の際における下層の水蒸気の流れの図
図3 平成30年7月豪雨と平成29年7月九州北部豪雨の際における下層の水蒸気の流れ。
   平成30年7月豪雨(a及びb、平成30年6月29日~7月8日を解析対象とした場合)と平成29年7月九州北部豪雨(c及びd、平成29年7月全期間を解析対象とした場合)に相当する時期の上空約1500m(850hPa)の高度(m)と鉛直積算水蒸気フラックス(矢印、mm/day)の平年(1981~2010年平均)との差。(a)及び(c)はJRA55再解析データの解析結果。(b)及び(d)は100通りの過去実験の平均値。

用語の解説

1) 気候モデル
   気候システムを構成する大気・海洋・陸面・雲・河川・雪氷・海氷・植生・成層圏・太陽活動・火山活動・大気汚染物質といった多岐に渡る要素を、物理法則に則った微分方程式で表現し、定量的に見積もる数値モデル全般を指す用語。本研究で用いたデータの作成には、地球全体を対象とする全球大気大循環モデル(水平解像度60km)と、日本周辺の大気に計算領域を絞った高解像度の地域気候モデル(水平解像度20km)が用いられている。
2) イベント・アトリビューション
   個々の異常気象に対して、地球温暖化がどの程度影響を与えていたかを定量的に評価するアプローチの総称。異常気象の頻度や強度など、何の変数を対象にするかによって、用いるモデルや手法は異なる。今回はその中でも、異常気象の発生確率の変化に注目し、気候モデルによる大量の数値シミュレーションを利用する手法を採用している。
3) アンサンブル
   同一の条件だが、異なる初期値から始めたシミュレーションの集合をアンサンブルという。気候システムは複雑なので、わずかな初期値の違いから計算結果には自然のゆらぎに相当するばらつきが生じる。しかし、温室効果ガス等を境界条件として与え続ける数値実験の場合、アンサンブルで平均をとることで、自然のゆらぎを相殺した温室効果ガスによる影響のみを取り出すことが可能となる。また、異なる条件に基づくアンサンブルシミュレーションの結果の違いを比較することで、条件の違いによって現象の発生確率がどの程度変化するかを見積もることができる。
4) 地球温暖化対策に資するアンサンブル気候予測データベース(d4PDF)
   気象研究所の各種気候モデルによる過去実験や非温暖化実験(用語の解説5)、将来予測実験などから得られたデータベース。文部科学省「気候変動リスク情報創生プログラム」の一環として作成され、「統合的気候モデル高度化研究プログラム」にて計算を更新している。
5) 過去実験、非温暖化実験
   過去実験は、過去の人為起源の温室効果ガス排出による気候を再現した実験。非温暖化実験は、工業化以降の人為起源の温室効果ガス排出がなかったと仮定した場合の気候を推定する実験。これら二つの実験結果を比較することで、これまでの人為起源の温室効果ガスの排出による温暖化の影響を定量化することができる。d4PDFでは、各実験について多数の計算例(1951年1月~2018年7月について最大100通り)が利用できる。日本の地表付近では、最近10年の両者の夏季の気温差は約1.5度。
6)平成29年7月九州北部豪雨及び平成30年7月豪雨に相当する時期・地域
   本研究では、平成29年7月九州北部豪雨に相当する時期を7月全体、平成30年7月豪雨に相当する時期を6月28日から7月8日としている。また、九州本土の中でも九州山地の西側に当たる地域(図2bの上部の地図)を平成29年7月九州北部豪雨に相当する地域、中国山地と四国山地に挟まれた地域を平成30年7月豪雨に相当する地域としている。

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