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2020年9月7日

共同発表機関のロゴマーク
人が帰るのを待つカエル達?
~音声モニタリングによる福島県避難指示区域内および周辺のカエル類出現分布データの公開~

(福島県県政記者クラブ、郡山記者クラブ、筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、環境記者会同時配布)

令和2年9月7日(月)
国立研究開発法人国立環境研究所福島支部 主任研究員 吉岡明良
生物・生態系環境研究センター 主任研究員 深澤圭太
               高度技能専門員 熊田那央
               高度技能専門員 戸津久美子
東邦大学理学部 博士研究員 柗島野枝
筑波大学大学院生命環境科学研究科
博士課程3年(研究当時、現 早稲田大学助教) 神宮翔真
 

   国立環境研究所の研究チームは原発事故後、無居住化した地域の生態系変化を追跡するために実施していたカエル類の音声モニタリング調査の結果を「データペーパー*1」形式で公開しました。原発事故による避難指示区域とその周辺のカエル類の分布情報をこのように網羅的・系統的に整備して公開する例は世界初であり、これらのデータを基に、住民避難や帰還による被災地の生態系変化の実態解明が進むことが期待されます。
   本研究の成果は、令和2年9月7日付で生態学分野の学術専門誌「Ecological Research」に掲載されました。
 

研究方法のイメージ画像

1.研究の背景と目的

   2011年3月の東日本大震災に伴う東京電力福島第一原子力発電所の事故により、広域で空間線量が高まるだけでなく、福島県東部の広範な地域で避難指示区域が設定され、住民の避難による営農停止のために多くの水田が失われました。そのため、被災地において水田に生息していた生物は広範囲で長期間すみかを失ってしまった可能性があります。
   水田には多様な生物が生育・生息していますが、最も代表的な生き物の一つとしてカエル類が挙げられます。カエル類は、原発事故による放射線被ばくが個体群に直接著しい影響を与えているとは考えにくいことが先行研究によって示されつつある(参考文献1,2)ものの、水田をすみかとしている種も多いことから、避難指示区域の設定による水田の喪失が個体群に大きく影響している可能性が懸念されていました。以上のことから、国立環境研究所は避難指示区域内の生態系の実態を把握するために、まず水田をすみかとするカエル類の状態を調べることが重要であると考え、福島県の避難指示区域内とその周辺で分布調査を行いました。さらに、調査データは様々な観点から分析可能なように、データペーパー形式で公開することにしました。

2.手法

   カエル類はオスがメスを呼ぶためによく鳴くことが知られているため、鳴き声から分布を調べることが可能です。国立環境研究所は録音装置(ICレコーダー)を野外に設置して鳴き声を録音することで、カエル類のデータを収集することにしました。調査は2014年から開始され、避難指示区域内およびその周辺の公共用地(小中学校や公民館など)の屋外52地点(2015年は57地点)にて、各市町村の許可を得て毎年5月中旬から7月中旬にかけて録音装置が設置されました(図1)。録音装置はタイマー機能によって毎日20:00以降10分間録音するように設定され、電池が切れるまで録音を続けました。
   得られた10分間の音声ファイルは「セグメント」と名付けた20秒ごとの短いファイルに分割され、セグメント単位で音声確認作業が行われ、出現したカエル類の種名が記録されました。得られたセグメントの量は膨大ですべてを確認することは困難であったため、原則として各年1地点あたり約4日分、1日当たり4セグメント分のデータについて音声確認作業を行いました。
   音声確認作業は、まず、生物の野外調査経験があるカエルの専門家ではない筆者又は協力者が確認し、わかりやすいニホンアマガエルとウシガエル以外のカエルの音声が聞こえた場合はカエルの専門家に聞き取り作業を依頼する形をとりました。ただし、一部のファイルに関しては、最初からカエルの専門家が確認作業を行いました。

調査地点を示した地図とと録音装置の写真
図1. 調査地点と録音装置
避難指示区域は2015年調査当時のもの。
市町村境界は国土交通省提供の国土数値情報(行政区域データ)による。
(区域の色分けは図2.も同じ)

3.結果と考察

   2014年度は1059セグメント、2015年は903セグメント分のデータに関して音声確認作業が行われ、8種(ニホンアマガエル、シュレーゲルアオガエル、ダルマガエル(亜種名トウキョウダルマガエル)、ウシガエル、ツチガエル、モリアオガエル、タゴガエル、カジカガエル)のカエル類が確認されました。これらのデータを用いて、比較的記録が多かったニホンアマガエルとシュレーゲルアオガエル及びダルマガエルについて、分布データを可視化したのが図2です。各調査地点に描画された円の大きさは、出現頻度(不確実なデータは出現していないとみなした上で、2年分の全確認済みセグメントのうち、記録があったセグメントの割合)に対応しています。

2014-2015年の鳴き声データに基づくカエル類三種の分布バブルチャートと写真
図2. 2014-2015年の鳴き声データに基づくカエル類三種の分布バブルチャート
円の大きさはカエルの出現頻度に対応。
市町村境界は国土交通省提供の国土数値情報(行政区域データ)による。
カエル類写真は柗島野枝氏、深澤圭太主任研究員、吉岡主任研究員提供。

   ニホンアマガエルとシュレーゲルアオガエルは、水田がほとんどない避難指示区域内でも半数以上の地点で出現していることが確認できます。一方で、水田への依存度が高い種と考えられているダルマガエルは避難指示区域内の出現地点が限られていることが見て取れますが、そもそも避難指示区域外でも記録がある地点は比較的少ないようです。当時は、避難指示区域辺縁の市町村においては区域外であっても水田稲作が再開されていない場合がある(参考文献3)ことも関係しているのかもしれません。しかし、これらの種の分布に避難指示がどの程度関係しているのかは、統計処理等によってデータの持つ不確実性を十分に考慮した上で解釈する必要があります。
   なお、データペーパーにおいては、世界の生物多様性情報を共有するための標準的なデータ規格「ダーウィン・コア・アーカイブ」形式のデータも提供しています。データサーバーの準備ができ次第、データは下記のWebアドレスからアクセス可能となります。
http://db.cger.nies.go.jp/JaLTER/metacat/metacat/ERDP-2020-12.1/jalter-en
データにはクリエイティブ・コモンズ*2(CC BY 4.0*3)が付与されており、出典を明記すれば営利目的か否かを問わず、データの加工・再配布・二次利用が可能となります。

4.今後の展開

   公開されたデータは様々な環境要因に関するデータと組み合わせて統計解析によって分析されることで、原発事故に伴う避難指示あるいは耕作停止がカエル類に与える影響を明らかにするのに役立つことが期待されます。適切に耕作停止の影響を評価できれば、原発事故の影響のみならず、過疎化による耕作放棄の進展が生物多様性にもたらす影響に関して知見を得ることにもつながるといえます。
   さらに、今回公開されたデータは2014年-2015年の2年分ですが、今後2016年以降のデータも公開予定であり、将来的には営農再開による水田の回復がカエル類の分布に及ぼす影響も検証できるようになると考えられます。避難指示解除前と解除後のデータを詳しく分析することで、被災地のカエル達が住民の帰還と営農再開を待ち望んでいたのかどうか、明らかになるかもしれません。

5.注釈

*1 研究データ自体を学術論文とする出版形態。第三者の研究者による審査を受けて受理された後、データがオンライン上で一般に公開されます。
*2 著作物やデータを公開する作者が、「ある条件のもとでそれを自由に使ってよい」という意思表示をするための条項に関する国際標準。
*3 クリエイティブ・コモンズ・ライセンスの一種で、出典を明記すれば営利目的か否かを問わず、データの加工・再配布・二次利用が許可されるというもの。

6.研究助成

   本研究は、JSPS科研費16H05061, 18K05931及び国立環境研究所が進めている災害環境研究プログラム、自然共生研究プログラムの支援を受けて実施されました。

7.発表論文

【タイトル】
Acoustic monitoring data of anuran species inside and outside the evacuation zone of the Fukushima Daiichi power plant accident

【著者】
Akira Yoshioka, Noe Matsushima, Shoma Jingu, Nao Kumada, Ryoko Yokota, Kumiko Totsu, Keita Fukasawa
※下線で示した著者が国立環境研究所所属です。
【雑誌】
Ecological Research
※本研究は特集「Data rescue – collection of precious and laborious in situ observed data」の一環として掲載された
【DOI】
10.1111/1440-1703.12121
【URL】
https://doi.org/10.1111/1440-1703.12121【外部サイトに接続します】

8.参考文献

1. Matsushima, N., Ihara, S., Takase, M., & Horiguchi, T. (2015). Assessment of radiocesium contamination in frogs 18 months after the Fukushima Daiichi nuclear disaster. Scientific Reports, 5, 9712.
https://doi.org/10.1038/srep09712【外部サイトに接続します】
2. Fuma, S., Soeda, H., Watanabe, Y., Kubota, Y., & Aono, T. (2019). Dose rate estimation of freshwater wildlife inhabiting irrigation ponds in the exclusion zone of the Fukushima Dai-ichi Nuclear Power Plant accident. Journal of Environmental Radioactivity, 203, 172–178.
https://doi.org/10.1016/J.JENVRAD.2019.03.015【外部サイトに接続します】
3. Ishihara, M., & Tadono, T. (2017). Land cover changes induced by the great east Japan earthquake in 2011. Scientific Reports, 7, 45769.
https://doi.org/10.1038/srep45769【外部サイトに接続します】

9.問い合わせ先

【研究に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 福島支部
環境影響評価研究室 主任研究員 吉岡明良

【報道に関する問い合わせ】
国立研究開発法人国立環境研究所 企画部広報室
kouhou0(末尾に@nies.go.jpをつけてください)
029-850-2308

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