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2014年10月31日

両生類の新興感染症イモリツボカビの起源はアジア
〜グローバル化がもたらす生物多様性への脅威〜

(筑波研究学園都市記者会、環境省記者クラブ、京都大学記者クラブ同時配布)

平成26年10月30日(木)
独立行政法人国立環境研究所
生物・生態系環境研究センター
主席研究員
 五箇 公一
 

   国立環境研究所および京都大学を含む欧米・アジアの研究グループは、カエルツボカビ菌と同属新種の菌が原因となる両生類感染症イモリツボカビについて世界各地の両生類の感染状況や、感染実験による感受性を調査し、さらに両生類および菌のDNAを調べることで、本菌の起源と、今後の生態リスクについて解析を行いました。
   その結果、以下のことが明らかになりました。

   ①イモリツボカビは、カエルなどの無尾類には寄生せず、有尾類、すなわちイモリやサンショウウオにのみ寄生するとともに、それらに対して高い病原性を示すこと
   ②本菌の起源はアジアにあり、アジア産の有尾類とともに数千万年という長い年月を共生していること
   ③本菌は近年になって人為的にヨーロッパに持ち込まれたと考えられ、本菌に対して抵抗力のないヨーロッパ地域の有尾類は、本菌の侵入によって今後壊滅的な被害を受ける可能性が高いこと

   両生類の国際的な移送と検疫体制の不備が、イモリツボカビの感染拡大を引き起こし、ヨーロッパにおける両生類多様性の減少を招いていると考えられます。本研究成果は、病原菌という目に見えない生物相における生物多様性および地域固有性の重要性を示すとともに、グローバル化が生物多様性にもたらす影響の重大さを示しています。
   本研究の論文は科学誌Scienceに2014年10月31日に掲載されました。
   (http://www.sciencemag.org/lookup/doi/10.1126/science.1258268)
 

1.背景

 野生生物の新興感染症は、生物多様性減少の重要な要因のひとつと考えられています。1980年代よりカエルツボカビ菌という真菌の1種が病原菌となるカエルツボカビ症が世界的に流行して、カエルやサンショウウオなど両生類の多様な種が急激に減少していることが問題になっています。カエルツボカビ菌は両生類の皮膚に寄生して、繁殖することで両生類の生理機能不全を引き起こして、死に至らしめます。

 最近、第二のツボカビ病原菌「イモリツボカビ」がヨーロッパで流行し、マダラサラマンドラ(写真1)と言われるヨーロッパの広域分布種に壊滅的な被害を与えていることが明らかとなりました。イモリツボカビ菌はカエルツボカビ菌と近縁の新種の菌で、2013年にマダラサラマンドラの皮膚に感染しているのが発見されました。

 この新興感染症が世界の両生類多様性に及ぼす影響を評価するために、欧米、および日本を含むアジアとの共同研究グループが構築されました(ベルギー、ポルトガル、イギリス、スイス、スペイン、ドイツ、オランダ、イタリア、USA、日本、ベトナム、オーストラリア)。日本からは国立環境研究所および京都大学が参画しました。

マダラサラマンドラ
写真1. ヨーロッパに広く分布するマダラサラマンドラ。口まわりの皮膚がイモリツボカビ菌により炎症を起こしている。Ghent 大学(ベルギー)A. Martel氏提供。

2.方法および結果

① イモリツボカビの地理的分布

 我々は、まず、現在のイモリツボカビの地理的な分布を把握するために、ヨーロッパ、アジア、アフリカおよびアメリカ大陸という4つの大陸から野生両生類5,391個体分の皮膚綿棒サンプルを採集して、定量PCR法によってDNA鑑定を行いました。その結果、感染は有尾目(イモリ、サンショウウオなどの仲間)にのみ認められ、さらに、アジアとヨーロッパ産の有尾目からのみイモリツボカビ菌のDNAが検出されました。これらの結果から、これまでアジアでは有尾類に病害の報告はないことに対して、ヨーロッパでは深刻な病害の拡散が認められているという事実と照らし合わせて、この菌はアジア地域に永きにわたって生息する固有の生物であり、ヨーロッパには近年になって侵入してきた外来生物ではないかと考えられました。

② イモリツボカビ菌への反応性検査

 次に両生類の種ごとのイモリツボカビ菌に対する反応性を明らかにするために、3目35種の両生類(無尾目10種、有尾目24種、および無足目1種)に対して室内での感染実験を行いました。1匹あたり5,000個の遊走子(胞子)に24時間暴露した後、4週間症状の経過観察を行いました。感染した菌の量は、毎週検体の皮膚を綿棒でこすって、綿棒からDNAを抽出して、定量PCRという手法によってその変動を計測するとともに、検体が死亡した後に、皮膚切片の組織病理を観察して、感染を確定しました。

 その結果、皮膚上の菌の増殖は、有尾目にのみ観察され、一方、無尾目(カエルの仲間)および無足目(アシナシイモリ)では感染は認められませんでした。注目すべきことに、旧北区西部(ヨーロッパ〜地中海沿岸域)に生息するイモリ類(イモリ科およびアメリカサンショウウオ科)44匹のうち41匹が感染して間もなく死亡してしまい、ヨーロッパ産の種が、非常に感受性が高いことが示されました。

 感染実験の結果から、両生類のイモリツボカビに対する反応性を4つのレベルに分けました。すなわち、全く菌に感染しない「抵抗性」、耐性感染するが病害は出ない「耐性」、症状は出るが死には至らない「感受性」、および感染後に死亡してしまう「致死性」、という4つのレベルです。致死性は、有尾目の飼育個体および野生個体の両方で観察されました。

 ヨーロッパ産の有尾類の多くが「致死性」を示したのに対してアジア産の有尾類は「抵抗性」、「耐性」もしくは「感受性」を示しました。「感受性」を示したのはアカハライモリ(写真2)、アオイモリ(ハナダイモリ)およびベトナムコブイモリの3種で、これらの種は感染実験で飼育されていた5ヶ月の間に症状を再発しながら持ちこたえたり、あるいは体表からきれいに菌が消失してしまったりしていました。野生下における感染状況や菌に対する感受性を考え合わせると、少なくともこの3種がアジアにおける病原巣である可能性が高いと考えられました。

アカハライモリ
写真2. 日本の本州、四国、九州に広く分布する日本固有種アカハライモリ。イモリツボカビ菌の自然宿主と考えられる。(写真:国立環境研究所)

③ アジア産有尾類とイモリツボカビ菌感染の共進化の歴史

 これらアジア産の有尾類が果たしてどのくらい過去からイモリツボカビ菌を保菌していたのかを明らかにするために、まず我々はカエルツボカビとイモリツボカビという同属2種がどの時代に種分化したのかを菌類のDNA情報から推計するとともに、有尾類の「感受性」の進化年代を両生類のDNA系統樹に各両生類種の菌に対する反応性を当てはめて推定しました(図1)。

 その結果、カエルツボカビ菌とイモリツボカビ菌の分岐年代は6,730万年前 (95%最高事後密度区間が1億1,530万年から3,030万年前)と推定されました。一方、両生類のDNA系統解析から、アジアのイモリが病原巣として進化したのは5,500万年〜3,400万年前からと考えられ、菌の分化の直後に起こったと考えられました。これらの両生類の祖先は西シベリア海の後退後にアジアに到達しており、アジアが過去3,000万年にわたってイモリツボカビの自然分布域であったことが伺えます。また、150年以上前のシリケンイモリの標本からもイモリツボカビが検出されたことからもアジア自然分布仮説が支持されました。

系統樹
図1. 感受性試験を行った34種両生類のDNA系統樹
 四角マークはイモリツボカビ菌に対する各両生類種の反応を表す。「抵抗性」は感染もしないし、発症もしない。「耐性」は、感染はするが症状は出ない。「感受性」は感染して症状は出るが、死には至らず、回復することもある。「致死性」は感染して死亡する。
 新生代に派生したと考えられるアジア産イモリ類3種(アオイモリ、アカハライモリ、およびベトナムコブイモリ)は感受性(オレンジ色)を示しており、病原巣と考えられた。
 グレーのゾーンは、イモリツボカビとカエルツボカビが分岐したと推定される年代を表す。

④ イモリツボカビの人為的移送の証拠

 イモリツボカビの地球上の分布が地理的に分断されていることから、アジアからヨーロッパへの移入は人為的移送だったと判断されます。アジアのイモリやサンショウウオは毎年大量にペットとして国際的に移送されています。例えば中国産のチュウゴクイモリ Cynops orientalis は、2001年〜2009年の間に230万匹以上の個体がアメリカに輸入されています。

 両生類の飼育個体がイモリツボカビ菌の拡大に関与している可能性を確かめるために、ヨーロッパのペットショップで売られていた個体や、ロンドン・ヒースロー空港に搬入された個体、および香港の輸出業者が飼育していた個体など、商品個体について、あわせて1,765個体の皮膚サンプルを採集し、さらにその他の飼育下の570個体分の皮膚サンプルも追加して、検査を行いました。

 その結果、ベトナムイボイモリ Tylototriton vietnamensis の3個体から陽性反応が確認され、そのうち2個体は2010年にヨーロッパに輸入されたものでした。さらに水平感染実験では有尾目の様々な種間で本菌は水平感染できることが明らかになりました。例えばアジア産アカハライモリからヨーロッパ産マダラサラマンドラにイモリツボカビは水平感染します。

⑤世界のイモリに対するリスク評価

 我々の感染実験からイモリツボカビは、新世界に生息する有尾類のいくつかの種(カリフォルニアイモリ属およびブチイモリ属)に対して致死的であることが示されました。これら2属はたった7種しか含みませんが、非常に広く分布している種類です。世界の有尾目多様性の66%を占めるアメリカサンショウウオ科の3種に対する暴露試験の結果では、全く感染しないものもいれば(イズミサンショウウオ属のアパラチアサンショウウオ Gyrinophilus porphyriticus)、皮膚に感染が認められるもの(ヌメサンショウウオ Plethodon glutinosus)、死亡してしまうもの(ミズカキサンショウウオ Hydromantes strinatii)もいました。たった3種でもこれだけの反応性のばらつきがあったことから、アメリカサンショウウオ科に属するほかの種にも致死的なものが多数存在する可能性が高いと考えられました。

3.今後の課題

 以上の結果から、今後、両生類の世界的輸送が続けば、アジア以外の地域にイモリツボカビが拡散して、有尾類の多様性に悪影響が及ぶ可能性が高いと結論されます。

 2009年に国立環境研究所では、カエルツボカビ菌の起源を探る研究を行い、本菌の起源がアジアにある可能性を示して、カエルツボカビとアジアの両生類の間には長きにわたる共生関係があるとする仮説を提唱し(参考論文1)、病原体にも地域固有性があること、そして生物移送がそうした病原体と野生生物の共生関係をかく乱して、生物多様性に悪影響を及ぼすことから検疫強化の必要性を主張しました(参考論文2)

 今回の研究結果も、やはり、両生類の国際移送と検疫の不備によって、病原菌が分布を拡大して、ヨーロッパの有尾類に大きな被害が及び生物多様性が減少していることを実証しています。

 我々は病原菌という見えない生物相にも生物多様性や地域固有性が存在することを認識するとともに、グローバル化が生物多様性にもたらす影響の重大さを考える必要があります。

 なお、本研究は国立環境研究所 生物多様性研究プログラムにより行われました。

4.問い合わせ先

独立行政法人 国立環境研究所 生物・生態系環境研究センター 主席研究員
五箇 公一(ごか こういち)
電話:
 10/30-11/7の間: 090-4012-6701 (期間限定番号ですのでご注意ください)
 上記期間以外: 029-850-2480
E-mail: goka (末尾に@nies.go.jpをつけてください)

発表論文

A. Martel, M. Blooi, C. Adriaensen, P. Van Rooij, W. Beukema, M.C. Fisher, R.A. Farrer, B.R. Schmidt, U. Tobler, K. Goka, K.R. Lips, C. Muletz, K. Zamudio, J. Bosch, S. Lotters, E. Wombwell, T.W.J. Garner, A.A. Cunningham, A. Spitzen-van der Sluijs, S. Salvidio, R. Ducatelle, K. Nishikawa, T.T. Nguyen, J.E. Kolby, I. Van Bocxlaer, F. Bossuyt, F. Pasmans. (2014) Recent introduction of a chytrid fungus endangers Western Palearctic salamanders. Science. DOI: 10.1126/science.1258268
http://www.sciencemag.org/lookup/doi/10.1126/science.1258268

※下線で示す著者が日本から参画しているメンバーです。

参考論文

  • 1.Goka, K., Y. Une, T. Kuroki, K. Suzuki, M. Nakahara, A. Kobayashi, J. Yokoyama, T. Mizutani and A. D. Hyatt (2009) Amphibian chytridiomycosis in Japan: distribution, haplotypes, and possible entry into Japan. Molecular Ecology 18: 4757–4774.
  • 2.Goka, K. (2010) How to prevent invasion, bio-security measures, and mitigation of impact. OIE Scientific and Technical Review, 29:299-310.

国内共同研究者

〒606-8501 京都市左京区吉田二本松町
京都大学大学院 人間・環境学研究科
西川 完途 助教
Tel: 075-753-6848; Fax: 075-753-2891
E-mail: hynobius(末尾に@zoo.zool.kyoto-u.ac.jpをつけてください)

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