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2010年4月15日

研究最前線第16回「日本における洋上風力発電実現に向けて」

持続可能なエネルギー利用とは

 地球温暖化問題は、環境問題であると同時にエネルギー問題でもある。エネルギーは人類の経済・社会活動を維持するのに欠くことのできないものであり、化石燃料の大量消費によって現在の経済・社会活動の発展が実現した。しかしながら、産業革命以降の化石燃料由来のエネルギーの大規模利用による二酸化炭素(CO2)の大量排出は、それまでには見られなかった地表面炭素循環変化とそれに起因する大気中CO2濃度の増大という大きな環境負荷問題を引き起こしている。また、化石燃料は数億年~数千万年以前に植物が太陽エネルギーを用いて固定したもので、使えば残りは少なくなってしまうものである。われわれの世代で使いやすいものは使い切ってしまい、子孫には使いにくいものしか残さないことが妥当であるのか?

 「宇宙船地球号」を持続可能な状態に保つためには、地球の物理・化学的な状況を正しく認識し、その特徴を活用した社会システムを目指す必要がある。もし、地球が宇宙の中で外部と隔絶された状態にあったら、持続可能な活動は存在し得ない。宇宙のビッグバンの証拠とも名残りともされる背景放射の温度は約4K(ケルビン。絶対温度の単位)であり、約287Kである地表面からは熱が宇宙に放出されて、温度は急激に低下してしまう。これを補ってくれているのが、太陽放射エネルギーである。つまり、地球上で「持続可能」な活動を継続できるのは、地球が、物質的には「ほぼ閉じている」が、エネルギー的には「開いている」からである。

 物質については地球外から持ってきたり、地球外に捨てたりすることは非常に困難である。しかし、エネルギーについては、太陽から地表面に届いたエネルギーがいずれ熱放射エネルギーとして宇宙に出て行くことになるので、この間、地表面で人類が利用させてもらう分には、エネルギー的には問題が生じない。ただし、地球表面の熱バランスを乱すレベルの大規模利用は、現状の熱バランスの上に存在している気候システムを乱す可能性が高くなるため、その利用量については十分に吟味する必要がある。

 地球に到達する太陽放射エネルギーは、大気圏外で太陽に垂直な平面1m2当たり1.37kWであり、そのうち約30%は地球大気圏・地表面で吸収されずに反射や散乱により宇宙に放出される。したがって、地球大気圏・地表面に吸収される太陽エネルギーは年間3.85YJ(ヨタジュール:1024J)となる。2007年の世界の1次エネルギー供給は年間502EJ(エクサジュール:1018J)であるので、太陽エネルギーはこの約7,700倍の大きさを有している。

広大な海域を活用してエネルギーを獲得

 日本の1次エネルギー供給は年間24EJ程度である。一方、日本の陸上に降り注ぐ太陽エネルギーは年間約3ZJ(ゼタジュール:1021J)であり、日本においては1次エネルギー供給の100倍程度しかないことになる。日本の平野面積が陸地の30%程度であり、さらにその一部である都市部や工業地域を想定すると、人為的に供給されているエネルギーに対して太陽エネルギーは数10倍以下しかない可能性が高い。また、天然林を想定した光合成による炭素固定量は、日射量の0.7%程度と1%に達しないので、日本におけるエネルギー消費量を現状で維持するためには、陸域の太陽エネルギー利用だけでは「持続可能」なエネルギー利用システムを構築することは容易ではないことが明らかである。

 日本は陸域に比べて排他的経済水域は広く、世界6位であり領海と合わせると約447万km2と陸域の37万km2の10倍以上の面積を有する。この海域を活用して、エネルギーを獲得するシステムを構想した。洋上風力は、欧州において実用段階になっているが、日本においてはほとんど活用されていない。これは、日本の海底構造が欧州と大きく異なることが原因の一つである。欧州では遠浅の海域が広く、海底に基礎を設置し、陸上と同様な風力発電ができる。しかし、大規模導入は、このような技術的な観点とともに、欧州における再生可能エネルギー電力の全量買い取りという社会制度にも大きく起因する。

セイリング型洋上風力発電

 国立環境研究所(NIES)では、2003~2007年度の環境省のエネルギー特別会計により世界唯一のセイリング型洋上風力発電システムについての研究を行った。長さ2km重さ15万tの細長い大型鋼鉄製浮体上に5MWの大型風車11基を設置した特異な形状で、その特徴は、海の深さに影響されず、風況が良く波が比較的穏やかな海域を選んで動き回ることができることである(図)。

図:セイリング型風力発電とは

 気象予報データを用いた1年間の航行シミュレーションを行った結果、風車の稼働率として60%弱(陸上では25%程度)を確保できた。一方、位置を固定せず移動するために、発電した電力を送電線で運ぶことが不可能なため、海水を電気分解して水素を発生させ、さらに液化、圧縮、有機ハイドライド化、メタン化などにより貯蔵・輸送するシステムとした。電力のまま使う大容量蓄電池も検討したが、単位重量当たりの蓄電容量の現状から5~10倍程度の向上が必要と結論した。

 エネルギー生産システムの評価基準である「システム稼働期間中に生産できるエネルギー」と「システム製造と稼働・保守に必要なエネルギー」の比(エネルギー収支比:EPR)は、発電段階まででは約20が得られた。電解とその後の変換により、この値の55~65%が実効的なEPR値となる。電気エネルギーを利用する段階で計算する場合、EPR値をさらに向上させる必要があり、鋼鉄製浮体の重量軽減や電解・変換効率の向上、浮体上への工場設置などが課題となる。

 本課題の実施に当たっては、NIESは基本コンセプトと環境・エネルギー面からの要請を、各シーズ(seeds、種、根源)技術の専門家で構成されるプロジェクトメンバーに提示し、各専門家が解決策を見出すという体制を構築した。この体制は、環境保全を目指した技術開発研究において、個別技術の寄せ集めではなく、環境ニーズ(needs、欲求、必要、)を実現できる新たな取り組み手法であると思われる。研究には、東京大学・木下健氏、高木健氏、東北工業大学・橋本功二氏のほか、マリンフロート、三菱重工、アタカ大機に協力してもらった。

 2008年度以降は、洋上風力の早期導入を図るために、近海で電力ケーブルを用い送電できる係留型浮体上に風車を搭載したシステムを実証するべく、環境省研究費を獲得し研究を継続している。

 「研究最前線」は今回で終了となります。

雑誌「グローバルネット」(財団法人地球・人間環境フォーラム)231号(2010年4月号)より引用

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