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2009年4月15日

研究最前線第8回「ライダーネットワークによる黄砂の3次元構造と輸送状態の把握」

 春の風物詩である黄砂は、例年日本では3~5月を中心に観測されますが、2009年は2月11日に西日本から中部にかけて到達しました。ユーラシア大陸の乾燥地帯で強風によって巻き上げられた砂塵が偏西風に乗って日本・太平洋方面へと流されてくる黄砂は、車や洗濯物に付着するだけでなく視程の低下を引き起こし、時に航空機の発着に支障を来すこともあります。また最近、黄砂到来時に鼻やのどの異常を訴える患者が増えるという話も聞きます。

 黄砂とその表面に付着する汚染物質による人体への直接的な影響については今後の研究が期待されますが、浮遊する黄砂自体も放射過程を通じて地域の気象に影響を与え、また酸性雨を中和し、海洋に落下して栄養塩となるなど、地球環境にも影響するため、研究の対象として重要となっています。

 国立環境研究所(NIES)では、黄砂が東アジアの上空にどのように分布し、移動しているのか、ライダー観測網を展開することにより明らかにしています。

黄砂の観測

 日本で黄砂現象が報道されるのは、各地の気象台や測候所において視程や空の色から目視によって黄砂と判定された場合です。日本における黄砂判定日数は、黄砂の年々変動の指標としてよく引用されます。また、大気常時監視測定局では毎時大気中に浮遊する粒子の質量を計測し、黄砂時にはその値は上昇します。黄砂の組成を調べるため、大気に含まれる粒子を吸引してフィルターに捕集し、その元素やイオン成分を分析する手法も確立されています。これらはいずれも地表面の黄砂に関する詳細な情報を提供します。一方、人工衛星からの画像により、黄砂が広い範囲に分布していることを知ることも可能です。ただし、太陽光が届かない夜間は情報を得られず、どの高度に黄砂が存在したかも判定できません。

 黄砂は地上から上空10km程度まで拡がっている現象なので、その鉛直方向の広がりも、黄砂が輸送されて届く範囲や太陽光を遮る効果を定量的に知るために必要な情報です。これらを得るために、可視および近赤外のレーザー光を地上から上空へ射出して黄砂粒子から散乱されてくる光を捉えるライダー(レーザーレーダー)による観測が重要になります。ライダー観測ではレーザー光の偏光状態を利用して、光が球形の粒子で散乱したものか、非球形の粒子で散乱したものかを判別できます。

 大気中に浮遊する粒子には球形のものと非球形のものが存在します。非球形のものとして、黄砂を含む砂塵と氷雲が考えられますが、ライダーを用いれば局所的な砂塵や氷雲はその鉛直構造の特徴から判別が可能であり、空中に黄砂と大気汚染粒子が混在している場合でも、黄砂からの信号だけを取り出すことが可能です。すなわち黄砂と大気汚染は見かけ上は似ていますが、ライダーで観測をすればその判別が可能になります。 レーザーレーダーという言葉が示すとおり、ライダーではレーザーが発光した時刻と散乱光が入射した時刻の差を用いて散乱体までの距離も検出するので、黄砂が「いつ」「どの高度に」「どれくらい」存在するかが観測できます。

図:東京ライダーによる黄砂観測の実例

 図は2008年3月3日~4日の黄砂時の東京におけるライダー観測の結果です。この日、東京では午後から黄砂が目視により観測されていますが、ライダー観測によるとそれ以前から東京上空に黄砂は到達していました。3日午前9時の時点ですでに高度500mから上には黄砂が届いていました。そして午後3時の分布を見ると、大気の鉛直混合が進み上空の黄砂粒子が地上まで届いたことがわかります。

 一方、翌4日午前3時の黄砂分布で、高度2km付近に前日の4倍程度の非常に濃い黄砂が浮遊していますが、地上には黄砂がほとんどなく、気象庁による地上観測では視程20kmと最も澄んだ状況でした。この午前3時のケースのように、浮いた黄砂層でもその量や高さ方向の位置を確実に捉えられることがライダーの最大の特長です。

東アジアにおけるライダーネットワークとその成果

 NIESでは環境省や国内外の大学・研究機関等と協力し、黄砂を含むエアロゾルを24時間連続で無人観測可能なライダーを東アジア各地に設置してきました。現在その数は20を超えており、各地点の鉛直分布が全地点で同時に得られることにより初めて黄砂の立体構造が3次元的に観測できるようになりました。各ライダーによる観測結果はインターネットを利用して集約され、リアルタイムで研究所で処理された後、可視化された画像が公表されています。

 黄砂の浮遊質量濃度を推定した結果は「黄砂飛来情報」として環境省からリアルタイムで情報発信を行っているほか、NIESの「環境GIS」でもより詳しい観測結果を公開しています。

 このようにライダー観測によって東アジア上空の黄砂の状況が常時監視できるほか、研究面では数値モデルに重要なデータを提供しています。従来、黄砂の予報や解析に用いられるエアロゾル輸送モデルでは、気象モデルで算出された風速が内陸の乾燥地帯で大きくなると黄砂の飛散が始まり、それが重力落下などしながら風に流される状況を計算していました。ライダー等による黄砂の実測値は以前からモデルの検証に利用されてきましたが、近年、データ同化という観測とモデルを融合した手法が発達し、観測結果をモデルに取り込んで計算結果をより現実に近づけることが可能となりました。九州大学による黄砂のデータ同化計算では、ライダーネットワークの黄砂観測結果を同化に用いることで推定黄砂発生量が増減することなどが示されています。

今後の展望

 2006年にNASA(米国航空宇宙局)が打ち上げた低軌道の人工衛星CALIPSOには、NIESのライダーネットワークと同タイプのライダーが搭載され、地上付近の黄砂を含むエアロゾルの観測を宇宙空間から全球的に行っています。これはこれまで観測が困難であった山岳地・砂漠・海上のエアロゾルの様子を捉えることができる画期的なライダーですが、同一地点の連続観測は行えないため、常に東アジアの黄砂を観測できるものではありません。その意味でも、地上ライダーネットワークの存在意義は大きく、また全世界的にも各種ライダーネットワークの整備が進められています。

 一方、日本付近に到達する黄砂を事前に予測するためには、日本や韓国を直撃する黄砂の発生域と考えられる中国・モンゴル国境付近、およびそこからの輸送ルート上で観測を行うことが重要です。すでにモンゴル国内3地点にライダーが設置され常時観測を行っていますが、その下流では今のところ北京まで観測地点がありません。現在進められている日中韓黄砂共同研究の枠組みの中でこの地域でのさらなる観測地点の充実が期待されています。

雑誌「グローバルネット」(地球・人間環境フォーラム発行)221号(2009年4月号)より引用

目次ページの写真は、研究所敷地内に設置された大型ライダー(1979年当時)と
現在のライダーネットワークの基礎となったつくば連続観測ライダー(1996年当時)

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