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2007年12月28日

有機物リンケージに基づいた湖沼環境の評価および改善シナリオ作成に関する研究(特別研究)
平成16〜18年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-78-2007

1 研究の背景と目的

表紙
SR-78-2007 [7.9MB]

 琵琶湖北湖で初めて注目された難分解性と考えられる溶存有機物(DOM)濃度の漸増現象は,その後,十和田湖,野尻湖,霞ヶ浦,印旛沼と遍在的な広がりをみせている。難分解性DOM濃度の上昇は,湖沼微生物生態系や水道水源としての湖水の水質等に甚大な影響を及ぼすため,緊急に難分解性DOMが湖水中で蓄積メカニズムを明らかにする必要がある。

 本研究では,湖水有機物の化学的組成特性からその分解性や起源を評価する手法を開発・確立し,湖水や底泥中でのDOM特性と起源,生産と分解性,微生物群集との連動関係を評価することを目的とした。さらに湖沼での難分解性DOMの動態,蓄積メカニズムおよび主要発生源をモデル解析により検討して,最終的には対策の費用対効果算定から発生源対策に係る具体的な提言を行った。

2 報告書の要旨

サブテーマ1.有機物組成と分解性のリンケージ評価

1) 糖類組成
 霞ヶ浦湖水(2004年)の全溶存糖濃度は冬季(1月)で1.8μmol/L,夏季(7月)で3.0μmol/Lであり,冬季に比べ夏季に高かった。DOM中で糖類が占める割合は12月で約3%,7月で約6%と存在濃度と同様に夏季に高くなった。単糖組成は年間を通してほとんど変化しなかった(図1)。均一化した単糖組成は微生物による分解を十分に受けていることを示すため,霞ヶ浦DOMは年間を通じて生物分解を十分に受けている,難分解性の度合いが高いものであると言える。

図1 霞ヶ浦湖水DOMの糖類組成(湖心2004年)
fucose, rhaminose, arabinose, galactose, glucose, xylose, riboseが主要単糖,突出したものなし.年間を通して糖類組成に顕著な変化なし.

 霞ヶ浦で優占する藍藻類3種の生分解前後の培地の糖類組成を分析した。藻類は定常期に多くの溶存糖を排出し,藻類種によって排出する溶存糖の量や質に顕著な違いがあった(図2)。藻類種によらず多く排出される糖は主にグルコースであった。藻類培地は生分解を受けると,グルコースが選択的に消費され,生分解後の糖類組成は湖水と同様にほぼ均一的なものとなった。すなわち,グルコース含量が多いほどDOMは分解性が高いと言える。

図2 藍藻類由来DOMの生分解前後における糖類組成
M.a.: Microcystis aeruginosa, A.f.: Anabaena flos-aquae, P.a.: Planktothrix agardhii. 藻類由来DOMの分解率は M.a.: 53%, A.f.: 26%, P.a.: 92%.

2) 放射性炭素同位体比によるDOMの同位体識別化
 霞ヶ浦湖水および流入河川水における炭素同位体2次元プロットを図3に示す。霞ヶ浦湖水および河川水サンプルの放射性炭素同位体比(Δ14CDOC)は,約-200‰を境に湖水と河川水では,明瞭な違いを示した(湖水:-212‰~-13‰,河川水:-475‰~-17‰)。この結果は,湖水や河川水のDOMが,重い(年代として若い)Δ14CDOC値を持つ湖水DOMと,軽い(年代として古い)Δ14CDOCを持つ河川水DOMとに,それぞれ同位体的に識別(分離)可能であることを示し,放射性炭素同位体比測定は,湖沼におけるDOMの起源推定を行ううえで,非常に有効な指標であると強く示唆された。

 霞ヶ浦湖水DOMのΔ14CDOC値は-212‰(年代1,919 yr BP[year before present, 年前])から-13‰(年代131 yr BP)の間で変動した。霞ヶ浦湖水DOMのΔ14CDOC値は、2月から6月の間は重く、7月から12月にかけては軽かった。周辺河川水DOMのΔ14CDOC値は-475‰(年代5,180 yr BP)から-17‰(年代137 yr BP)の間で変動した。霞ヶ浦湖水および流入河川水DOMの放射性同位体年代測定(14C年代値)は,非常に古い値(湖水で最大約900年前以上前,河川水で約4500年以上前)を示した。しかし,湖内植物プランクトン由来DOMが1000年以上古い14C年代値を持つとは考えにくいため,湖内DOMの非常に古い14C年代値は,古い14C年代値を持つ河川水DOMの影響によると考えられる。

図3 霞ヶ浦及び流入河川水における溶存有機物DOM中の炭素同位体2次元プロット

3) 雨水DOMの特性
 霞ヶ浦臨湖実験施設屋上に雨水サンプラーを設置して雨水を採取し,そのDOMの分画分布(フミン物質,疎水性中性物質,親水性酸,塩基物質,親水性中性物質に分画)等の特性を調べた。雨水DOM分画分布はこれまで報告された例はない。

 雨水DOM濃度は0.08~4.30mgC/Lの範囲で大きく変動した。湖水よりもDOM濃度が高いケースも多くあった。窒素やリンについても同様に湖水より濃度が高くなる傾向があった。雨水DOMの分画分布では,親水性酸が卓越しており(43%),次いで親水性中性物質(26%),フミン物質は17%で湖水よりも顕著に低い値を示した(図4)。雨水DOMは高い分解性(平均40%)を示し,DOM濃度が高いほど分解率が大きい傾向が示された。

図4 雨水中の溶存有機物DOMの分画分布
AHS:フミン物質,HoN:親水性中性物質,HiA:親水性酸,Bases:塩基物質,HiN:親水性中性物質.参考のために,十和田湖,琵琶湖,諏訪湖,霞ヶ浦,手賀沼のDOM分画分布を図に加えた.

4) 降雨時河川水中DOMの特性
 霞ヶ浦流入河川(恋瀬川等)で降雨時調査を行い,降雨時における河川水DOMの特性を検討・評価した。同時に,懸濁物質(POM)を含むサンプル,とろ過サンプルを長期間分解試験に供して,POMから難分解性DOMへの寄与があるか否かを検討した。

 降雨時に河川水量の上昇とともに,POM濃度が急激に増大した(0.8→17.1mgC/L)。DOM濃度も上昇したが,著しいものではなく降雨前の約60%に留まった(2.4→3.9mgC/L)。DOM分画分布も流量上昇に伴って変化した。フミン物質の存在比が35%から45%に増大した(図5)。降雨は,河川にフミン物質を供給することが明らかとなった。

 降雨時に採水したサンプルとそのろ過サンプル中の難分解性DOMの濃度と分画分布には顕著な違いが見られなかった。従って,降雨時に河川から湖沼に供給されるPOMからの湖水難分解性DOMへの寄与は無視できる。

図5 恋瀬川の降雨時DOM,各画分成分の変動
AHS:フミン物質,HoN:親水性中性物質,HiA:親水性酸,Bases:塩基物質,HiN:親水性中性物質.

サブテーマ2.湖水柱・底泥でのDOMと難分解性DOMの生産メカニズムの解明

1) 底泥微生物群集構造解析
 湖内の物質循環に大きく関与している底泥に着目し,分子生物学的手法(制限酵素断片長多型[RFLP]解析)を用いて霞ヶ浦底泥に棲息する微生物群集構造の季節変動を調査し,底泥の微生物群集と底泥環境との相互関係について評価した。

 霞ヶ浦底泥中では季節変化に伴い真正細菌群集構造が3次元的に(深度的に)変動すること,0~15cm間の底泥中に多様な種が広く存在すること,特に夏季に細菌群集の多様性が高いことが示唆された。底泥からは硫酸還元菌に近縁な塩基配列を持つクローンが全ての月のサンプルで多数確認された。その分布は0~1cm層からはほとんど検出されず,1cm以深で大部分が検出され,特に4-8cmにその検出が集中していた。すなわち,底泥表層から8cm程度の深さにかけて嫌気化が進行していると言える。また,硫酸還元菌に近縁な塩基配列を持つクローンが多く確認されたことから,かつて汽水湖であった霞ヶ浦の底泥がまだ完全に淡水化されていないことが示唆された。

2) 底泥からの溶出
 湖水有機物の供給源として底泥から溶出されるDOMの寄与はとても重要である。しかし,DOMの底泥溶出を,長期に渡って実際に測定したとする報告は皆無に近い。そこで,本研究では,霞ヶ浦の底泥コアサンプルを採取し,間隙水DOMの鉛直濃度プロファイルおよびDOM溶出フラックスの経年変化や季節変化を検討した。

 DOM底泥溶出フラックスは経年的・季節的に顕著に変動することが確認された(図6)。底泥溶出フラックスは1997年以降減少傾向にあり,季節的には,定説である夏季ではなく,春季(5, 6月)に最大になった。春季には底泥底生動物(ユスリカと貧毛類)の密度が急激に増大することが認められたため,春季におけるDOMの大きな底泥溶出フラックスは生物攪乱(バイオターベーション)によると示唆された。底泥微生物群集構造解析では,硝化細菌であるNitorospira属に近縁なクローンが6月に1~10cmで最大数が観測されている。この結果は,6月に底泥深さ10cm程まで酸素が供給されることを示し,生物攪乱よって底泥に“水みち”ができた事を意味する。すわなち,生物攪乱説と整合する。

図6 霞ヶ浦湖心におけるDOMの底泥溶出フラックス
経年的・季節的変化が大きい。底泥溶出フラックスは経年的に減少傾向。夏ではなく,春に(4, 5, 6月)に最大ピーク(1998と2001年を除いて)が観察された.

  DOMと同様に底泥間隙水中の窒素(NH4-N)とリン(PO4-P)の鉛直プロファイルと溶出フラックスについても検討した(図7)。NH4-NのピークはDOMと同様に概ね10cm以深にあったが,PO4-Pのピークは深さ4~6cmに存在していた。NH4-Nの溶出フラックスは経年的に減少傾向にあったが,PO4-Pのフラックスは漸増していた。季節的にはともに夏季に最大フラックスを示した。DOM,NH4-N,およびPO4-Pの溶出メカニズムは相当に異なったものであると言える。底泥群集構造解析により硫酸還元菌が4~8cmに集中して存在していることが判明している。従って,硫酸還元菌とPO4-P溶出のリンケージが示唆される。

図7
図7 霞ヶ浦湖心における底泥間隙水中のPO4-PおよびNH4-Nの深度方向濃度等高線プロファイル

3) 分解性,サイズ,UV吸収能の関係
 湖水DOMの分解性,分子サイズ(UV260nm検出)および紫外部吸光度(UV)/溶存有機炭素(DOC)比の長期的トレンド(1995~2004年)を検討・評価した(図8)。

 霞ヶ浦湖水中のDOMは年々難分解性化していることが明らかとなった。1995年に25%であったDOMの分解率は徐々に低下して2000年に10%を切り,以降7%~9%を推移した。1995年近辺を境にDOMの難分解性化が促進されたと示唆される。一方,紫外部吸光度/DOC比(UV/DOC比)は,DOMの分解率とは反対に,1995年の16.9abs・l/[cm・gC]から漸増し,2004年には約50%増大して25.1abs・l/[cm・gC]まで達した。さらに,DOMの分子サイズは1997年に760g/molであったが2004年には720g/molまで減少した。DOMの生分解率が減少するにつれDOMの分子サイズが低下する傾向が認められた。この結果は,霞ヶ浦では,低分子でUV吸収能の高いものが難分解性DOMとして残存・蓄積していることを示している。すなわち,生分解性と分子サイズとUV吸収能の密接なリンケージが明らかとなった。

図8 霞ヶ浦湖心におけるDOMの分解率,分子サイズ, 紫外部吸光度(UV)/DOC比の長期的トレンド
プロットは年平均値,バーは年間標準偏差を表す。分子サイズはUV吸収検出器(260nm)で測定.

サブテーマ3.DOMの動態および発生源対策効果の評価

湖内モデルによる対策の評価
 霞ヶ浦湖内3次元流動モデルを使って,下水処理場放流水の放流先を変更した場合に(現状+9カ所),環境基準点および上水取水口において,下水処理場由来の難分解性DOMの濃度がどのように変化するかをモデル計算によって評価した(図9)。

 計算結果を解析したところ,湖水の流れは複雑に影響することが明らかとなった。土浦入りや湖盆域に放流した場合には湖心での濃度寄与は上昇し,一方,高浜入り左岸や湖尻に放流するとその寄与は低下した。ほとんどのケースで湖尻へ放流すると処理水の寄与は著しく減少した(湖心:-84%,上水取水口:-90%)。全DOMに対する低減効果を見積もると,平均で掛馬沖は28%,玉造沖は8%,湖心は11%,麻生沖はマイナス0.8%(増),取水口は19%。

 湖尻への放流先変更に伴う費用を年価として算定した(年価=年当たりの建設費+年当たりの維持管理費)。湖周(陸上)ルートと湖底ルートの二つのケースを想定した。湖周ルートでは446百万円/年,湖底ルートでは620百万円/年と算定され,湖周ルートのほうが安価であった。

 同様に,下水処理場に高度処理を導入した場合についてもモデル計算を実施してその効果を検討した:(1)砂ろ過,(2)砂ろ過+オゾン,(3)砂ろ過+活性炭,(4)砂ろ過+オゾン+活性炭,(5)凝集沈殿+砂ろ過,(6)凝集沈殿+砂ろ過+オゾン,(7)凝集沈殿+砂ろ過+活性炭,(8)凝集沈殿+砂ろ過+オゾン+活性炭,(9)凝集沈殿+砂ろ過+逆浸透膜。結果として,下水処理水の湖尻への放流先変更に匹敵する難分解性DOM濃度の低減効果を持つものは高度処理(9)だけであった。高度処理(9)導入に係る年価を試算すると1,054百万円/年であった。放流先の湖尻へ変更のほうが高度処理の導入よりも費用対効果は高いと判断された。

図9  霞ヶ浦における下水処理水放流 先変更に伴う 処理水由来難分解性DOM 濃度の変動に係るモデル解析評価
図9 霞ヶ浦における下水処理水放流 先変更に伴う 処理水由来難分解性DOM 濃度の変動に係るモデル解析評価
(a)想定放流先変更地点, (b)現状を1とした場合の放流先変更に伴う下水処理水由来難分解性 ※DOM 濃度のパーセント変化率.赤字 は増大,白字は減少を表す. 放流先変更に伴う影響は環境基準点 (湖心,掛馬沖,玉造沖,麻生沖)と 上水取水口で評価した。

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