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2001年9月28日

都市域におけるVOCの動態解明と大気質に及ぼす影響評価に関する研究(特別研究)
平成10〜12年度

国立環境研究所特別研究報告 SR-42-2001

1.はじめに

表紙
SR-42-2001 [5.2MB]

 VOC(volatile organic compounds:揮発性有機化合物)が大気環境に及ぼす影響の代表的なものとして、光化学大気汚染があげられる。一方、VOCの中には、それ自身が人体に有害な物質も多い。大気汚染防止法の改正によって有害大気汚染物質対策が本格化し、ベンゼン等の汚染実態の把握が急がれている。VOCはキーとなる大気汚染物質であるが、発生量、環境濃度分布、汚染メカニズムなどに関する体系的な研究がなされていない。このため特に都市域に於ける実態把握が緊急に必要となっている。本特別研究では固定発生源や移動発生源からの排出量の推計、VOC成分の環境濃度の把握、モデルを用いた発生源と環境濃度との関連性評価を目的とした。研究方法としては、固定発生源・移動発生源から排出量のマクロ推計調査、トンネル調査による自動車からの排出実態把握、フィールド調査、数値モデルや室内実験研究による汚染メカニズム解明を並行して行った。

2.研究の概要

I. VOCの発生源別排出推計

【固定発生源】
(1) 塗料・溶剤関連の排出推計:
 わが国において最大のVOC人為発生源である塗料溶剤の蒸発による排出量について、成分別、地域別推計を試みた。従来の推計例では、塗料製造業による溶剤の種類別使用量を出発点とし、VOCの成分組成は、大気中のVOC濃度実測データを基にしていたが、この方法では、溶剤種類の変更や除去対策などの状況を反映しにくいこと、溶剤組成を正しく表現していないことなどの問題があった。本研究では、推計の出発点を、需要産業別の塗料の生産量とし、塗料の使途を需要産業別、地域別に追跡する考え方を適用し、これに塗料種類別の溶剤含有率、使用量、溶剤の成分組成を組み合せることによって、溶剤使用の実態をよりきめ細かに反映させた。出荷された塗料に含まれる溶剤の量と、塗装時に希釈用および洗浄用に使用される溶剤の量を、塗料の用途ごとに推計した結果、VOCの発生量は90.9万トンと推計された。これらの大部分が大気中に排出されるが、一部は廃溶剤として回収・再生利用されたり、建屋から排出される際に燃焼処理される。その量を差し引いて、大気中への排出量を求めた結果、82.5万トンと推計された。塗料の用途別内訳では建物、自動車、電気・金属などが上位を占めた。(図1:塗装溶剤からの用途別VOC発生量)

図1 塗料用用途別の溶剤起源VOC排出量

【移動発生源】
(2) 自動車排出ガス関連の排出推計:
 シャシーダイナモ試験(台上試験)等で得られた車種別排出係数に基づいて通常走行時の排気管からのVOC等の排出量推計を行った。本研究では、普通貨物車の重量区分別の走行量や、昼間の走行量と夜間を含む1日の走行量の比(昼夜率)が車種別、道路種別に異なることなどを考慮することによって推計手法の改善を行った。車種別、燃料種別、道路種別の発生量を求めた結果、VOCには、ベンゼンのように主にガソリン車から排出される物質と、ホルムアルデヒドのように、主にディーゼル車から排出される物質があり、後者の車種別寄与率は、NOxやPM(粒子状物質)の車種別排出寄与率と類似のパターンを示した。一方、ガソリン車からの排出が多い物質では、排ガス規制の緩い軽貨物車からの排出が多いことが特徴であった。VOC総量でみた場合も、ガソリン車とディーゼル車、乗用車と貨物車からほぼ同等の寄与がみられたが、これは、軽貨物車などのガソリン車からの排出寄与の大きい物質と、大型のディーゼル車からの排出寄与の大きい物質が含まれるためである。また、道路種別の内訳結果からは、車種別排出寄与を反映して、ホルムアルデヒドでは、PMやNOxと同様、大型車の比率の大きい幹線道路の割合が大きく、ベンゼンでは細街路からの寄与も相対的に大きくなっていた。平成9年度のVOC排出量の推計値は23.4万tとなったが、これは平成6年値の従来推計値25.1万tに比べて7%の減少であった。NOx排出量が26%増であったことを考え合わせると、従来の推計値が貨物車の車重の設定による過小推計であった一方で、この間の新型車への代替によるVOC排出係数の低下がみられたためと考えられる。(図2:物質別車種別の大気汚染排出比率)

(3) 自動車燃料供給系からのVOC蒸発排出量推計:
 走行時の排気管からの排出だけでなく、蒸発による排出がある。本研究では、駐車中の気温変化に伴う燃料タンクの呼吸による排出(呼吸ロス)、自動車へのガソリン給油時における燃料タンクからの排出(給油時ロス)、ガソリンスタンドにおけるガソリン受入時の地下タンクからの排出(受入時ロス)の3種について、排出量を推計した。ガソリン組成は、本研究において札幌、東京、北九州で夏と冬に採取し、成分分析を行った40種のガソリン組成を元にして、製油所別系列別組成を考慮の上、都道府県別に推定した。給油時ロスを例に、ガソリンからの蒸発量の月別推移を見ると、気温の高い夏季には冬季の2~3倍の排出量となることが分かった。また、比較的蒸発量の少ない成分ほど、季節差が大きい傾向が見られた。(図3:ガソリン蒸発の月変化)

(4) トンネル調査による自動車からのVOC排出係数の実態把握:
 トンネル調査では、実際に走行している車からの、平均的な排出状況を知ることができる。また、排気管からの排出以外の、車両内の燃料供給系からの蒸発による排出も含めて把握できる。本研究では、二つのトンネルにおける調査結果を解析・評価した。トンネルAの調査では、ガソリン車が大部分を占めていた。トンネルAで得られたVOC個別成分の排出係数(一台、単位走行距離あたりの排出量)ではトルエンが最も高く、全体の15%に相当した。トンネルBにおいても、トルエンの排出係数がもっとも大きかった。大型車両率が高いと排出係数が高い成分は、n-オクタン、n-ノナン、1,3-ブタジエン、プロピレン、1-ブテン、1-ペンテン、スチレン、ホルムアルデヒド、大型車両率が高いと排出係数が低い成分は2,2,4-トリメチルペンタン、2,3,4-トリメチルペンタン、2-メチル-2-ブテンであった。両トンネルで得られた排出係数を日本における台上試験の結果および海外のトンネル調査結果と比較し評価した。台上試験との比較では、トンネルA,Bともに化合物による値の大小の傾向は類似していたが、台上試験のガソリン車とディーゼルエンジン車とのいずれよりも大きい排出係数が得られた。この差は、トンネル調査の結果は、実際に道路を走行している、形式・年式・整備状況等が異なる多数の車両からの、平均的な排出状況をより反映していることによると考えられる。(図4:VOC排出係数の比較)

 今回のマクロ推計に当たっては、自動車起源の排出については排気管からの排出に加え、コールドスタート時の排出増加、アイドリング時の排出、燃料供給系からの蒸発による排出や未規制自動車の寄与を推計した。また総排出量に占める割合が大きいものの中から塗料・溶剤関連、自動車排出ガス、自動車燃料供給系からの成分別・地域別の排出量推計方法を精査した。

図2 物質別車種別の大気汚染排出比率比率
図3 ガソリン蒸発の月変化
図4 VOC排出係数の比較

II. VOCの環境動態:

(5) VOC成分の自動測定と地域比較:
 独自に開発した自動分析システムを用いて関東地域とメキシコ市において地域的な特徴を把握した。メキシコ市におけるVOC濃度は関東地域と比較して極めて高く、中でもプロパン、ブタンは10~30倍の値を示した。しかしベンゼン濃度に関しては関東地域とメキシコ市との間に大きな濃度差は無かった。共同フィールド観測では初めてアルデヒド類や、ガス状硝酸などの立体分布を把握することが出来、モデル検証のためのデータセットを得た。また冬季において、大気汚染物質が蓄積し高濃度が出現するメカニズムを立体的に把握する事が出来た。

(6) 関西地域における春季大気汚染とVOC:
 春季大気汚染の解析の結果、大阪湾周辺地域の二酸化窒素(NO2)汚染には大阪湾上の船舶から排出された窒素酸化物(NOx)が大きな寄与を及ぼしていること、NO2汚染の分布には大阪湾周辺の局地風循環の影響が大きいことが分かった。数値実験からは、酸化プロセスとしてはバックグランドオゾンの影響が圧倒的に大きいことが分かった。発生源強度を変えた数値実験の結果によれば、モデル領域内のNOx排出の削減量と環境中のNO2濃度との間には線形関係が成立しており、NOx排出総量の削減がNO2濃度の低減に効果的であること、炭化水素発生源の発生量の削減はNO2の環境濃度の低減にはあまり貢献しないことが分かった

(7) 広域大気汚染解析:
 東アジア地域からの越境大気汚染に関しての研究を実施した。大陸地域からのVOC排出量の光化学オゾン濃度に対する感度実験を行ったところ、VOC発生量を半分に設定した場合と現状との比較した場合には、オゾンの月平均値でくらべると、両者の計算の濃度差は、差の大きいところでVOC発生量を半分に設定した場合の方が5ppb程度濃度が低くなっていた。差の大きい地点で詳細に比べると、数ppbから20ppb程度日最高濃度が低くなることが分かった。またトレンド解析からは、全国的にオキシダントの年平均値が増加傾向にあることが分かった。

(8) 風洞実験による沿道大気汚染の研究:
 道路幅、建物高さ、大気安定度による影響に関しては、道路幅が沿道建物の1倍から2倍程度の時、ストリートキャニオン(両側を高い建物のはさまれた谷間の道路)には建物とほぼ同じスケールの、安定な渦(キャビティ渦)ができること、ストリートキャニオン内部の大気汚染濃度分布は渦の強さや安定性によって変わり、例えば、道路の風下側の建物が周辺の建物よりも高く、渦の勢いが強い時には濃度が低く、逆に、道路風下側の建物が周辺よりも低く渦ができない時にはVOC濃度が高くなることが分かった。
 高架道路の有り無しを比べた結果、今回のケーススタデイにおいては、地上濃度分布には大きな差が見られなかった。これは、高架道路が有る場合には道路面に強い渦が出来ず大気汚染物質は弱い逆流によって風上建物下部に運ばれた後、強く攪拌されずに、濃度の高いままストリートキャニオンの隙間の建物端から風下に流出してしまうことによると考えた。(図5:二重構造化したストリートキャニオン内の相対濃度分布)

図5 二重構造化したストリートキャニオン内の相対濃度分布

3.今後の検討課題

 本特別研究は、VOCの発生源と環境動態把握に焦点を当てたが、この研究成果は、重点特別研究プロジェクト『大気中微小粒子状物質(PM2.5)・ディーゼル排気粒子(DEP)等の大気中粒子状物質の動態解明と影響評価』、(略称PM2.5・DEP研究プロジェクト、平成13-17年度実施予定)に引き継がれることになる。大気中微小粒子の研究は、大気汚染研究の中でも最も困難な部分である。VOCが環境大気中の微小粒子に及ぼす役割は、良く分かっていない。PM2.5/DEP研究を推進して行く中でもVOC関連の研究課題は益々、重要となる。今後の具体的な課題として、発生源の把握精度の向上が上げられる。これと共に測定技術開発や、これを用いた環境モニタリング、発生源と環境濃度の関連性を把握するための、モデルの開発や曝露影響評価研究を推進しなければならない。PM2.5やDEP問題は局所的な課題と広域的な課題が相互に関連し合っている為、幅広く研究協力を行うことが極めて重要である。

〔担当者連絡先〕
国立環境研究所
PM2.5・DEP 研究プロジェクト
若松伸司
Tel 0298-50-2478, FAX 0298-50-2572

用語解説

  • VOC(volatile organic compounds):
     揮発性有機化合物の総称。反応性の低いメタンを除外してNMVOC(non methane organic compounds)ということもある。溶剤、燃料、工業原料などとして揮発性有機化合物を用いる際に、特に開放系では蒸発による大気汚染が起きる。また、有機物の燃焼においても、非意図的に生成・発生する。有害大気汚染物質の半数以上がVOCであり、ベンゼン、トリクロロエチレン、テトラクロロエチレン、1,3-ブタジェン、ホルムアルデヒドなど多岐にわたる。
  • 有害大気汚染物質
     低濃度であっても長期的な曝露によって健康影響が生じるおそれがある大気中の化学物質。十分な科学的知見が整っているわけではないが、大気汚染防止法では未然防止の観点から、これに該当する可能性のある物質として234種類がリストアップされ、そのうち22が優先取組物質、直ちに何等かの対策が必要と判断された4つが指定物質とされている。
  • 光化学大気汚染:
     NOxとVOCが紫外線のエネルギーを受けて、光化学反応を起こし発生する二次生成大気汚染であり主要ガス成分はオゾンであるが、微小粒子状物質も生成される。
  • シャシーダイナモ試験(台上試験):
     回転するローラー上に駆動輪を乗せて道路上での実走行状態を定められた走行パターンで模擬しながら自動車の排気管から出る大気汚染物質を実験室内において測定する試験システム。
  • トンネル調査:
     トンネルに出入りする空気中の大気汚染物質濃度と交通量を測定し実際に道路を走行している自動車からの平均的な大気汚染物質発生量を把握する調査手法であり、形式、年式、整備状況、積載状況などが異なる多数の車両からの平均的な排出状況を知ることができる。また、排気管からの排出以外の燃料の蒸発による排出も含めて把握できる。
  • PM(particulate matter):
     粒子状物質。発生源によってディーゼル排出粒子(DEP)、ばいえんなどと呼ばれる。大気中に浮遊する汚染物質としては、大気浮遊粒子と呼ばれる。
  • マクロ推計:
     化学物質の生産・使用、各種発生源の活動などに関する既存の統計や調査データ(工業統計、事業所統計、産業連関表、自動車輸送統計、道路交通センサス等々)、各種発生源の平均的な排出係数や排出抑制対策などに基づいて、主に全国レベルでの排出量を推計すること。

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