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地球史,人類史の中での地球環境研究 −地球環境研究グループの発足にあたって−

論評

秋元 肇

 地球環境問題がこれほど注目され,時流に乗っているとき,あえて新生国立環境研究所の地球環境研究グループの責任者をお引き受けするのは,火中の栗を拾うようなものかもしれない。しかし,研究の醍醐味とは自分を呼ぶ,自然の深奥からの声に導かれて,自らを投入して行く日常を越えたところにあるのだというようなことを以前のこのニュースにも書いたことがある。こうした意味からは今,地球環境問題が多少日常性を持ちすぎたとはいえ,この研究に正面から取り組めることはやはり幸せというべきであろう。

 地球環境問題には,地球史,人類史からみて,つきぬ研究課題が山とある。「人類は化石燃料の急速な使用を始めたことによって,地球物理学的な野外実験を開始した」という有名な言葉があるが,南極やグリーンランドの氷床コアや,湖底や海底の堆積物コアの分析から明らかにされつつある太古の大気や生態の姿は,人間活動が地球システムに何をもたらしてきたか,この「地球物理学的実験」の行き着くところは何かを地球史的に示唆する大きな手がかりを与えてくれる。

 この「実験」が遂行されているのは人類史的にみれば,ルネサンスと現代との間にはさまれた,ほんの二百〜三百年の間の瞬時にすぎない。この間の産業革命によって火をつけられたエネルギー消費と人口の爆発的膨張こそが,地球環境問題の元凶といって良いだろう。

 このエネルギーと人口の膨張による地球システムへの影響を先進国,途上国といった国際的・国家的構造の枠組みの中で,どういう国際社会システムの中で乗り切るのか,これこそ人類史からみた地球環境問題の最大の課題である。

 この意味から地球環境研究は,自然科学的には,地球システム科学として,社会科学的には,人類の行動システム科学として大いなる知的興味をそそるテーマであり,今後少なくとも10数年にわたり,自然科学と社会科学の多方面の取り組みを必要としている長期的なテーマであるという基本認識から私達はまず出発しよう。

 国立環境研究所における地球環境研究グループでは当面,次の課題別研究チームを組むことになっている。
(1)地球温暖化現象,(2)地球温暖化影響・対策,(3)オゾン層,(4)酸性雨,(5)海洋,(6)森林減少・砂漠化,(7)野生生物保全

 これらのうち,自然環境保全に直接深く係わる(6),(7)のテーマについては別項で扱われるので,残りの(1)〜(5)の各課題について,簡単に述べてみたい。

 地球温暖化現象研究では温室効果気体の動態,大気化学反応の研究を,海洋炭素循環,陸生生態系炭素循環に係わる研究,更に将来は気候システムモデルによる気候変動予測にまで研究を発展させたいと思っている。

 地球温暖化影響・対策の研究では,上述の社会システム科学の側面から,当面地球温暖化防止対策オプションのモデル評価に力をいれる一方,温暖化気候変動による植物生態系の推移予測のための基礎的研究,温暖化による健康影響の研究などを行う予定である。

 オゾン層研究には,オゾンレーザーレーダーによる日本上空でのオゾン層の変動の観測と解析,成層圏チャンバーによる成層圏光化学反応機構の解明,モデルによる物理・化学過程の解析と予測,紫外線による生物への影響研究が含まれる。更に,1995年に宇宙開発事業団が打ち上げ予定の人工衛星(ADEOS)に搭載予定のオゾンセンサーに関する研究もこのグループ内で行うことになっている。

 酸性雨の課題では,「酸性雨」をより広く,「酸性物質・酸化性物質による環境影響」ととらえ,大気の面からは東アジア・北西太平洋域における大気汚染物質の長距離輸送に伴う酸性・酸化性物質の生成と輸送・沈着を中心テーマに,特にIGBPのサブプログラムであるIGAC(国際大気化学共同研究)への積極的参加を予定している。また,自然生態系への影響とその原因の解明に力を注ぐと共に,将来我が国でも影響の発現の可能性のある湖沼,土壌の酸性化の課題を取り上げる。

 また海洋研究チームでは,海洋における栄養塩と動植物プランクトンの生産性との関連に関する研究を,近海をフィールドとした野外観測と施設実験の両面から研究する。更に,海洋物理の面では海洋循環モデルの研究に着手し,将来大気大循環モデルとの結合,海洋物質循環モデルの構築を目指したい。

 以上が地球環境研究グループの研究の主な内容であるが,どれひとつとっても大きな研究課題である。これらの大課題にそれぞれ数名のグループ構成員と各基盤研究部からの支援部隊,これに他大学等からの協力とを合わせたとしても大風車に向かうドンキホーテといった感はぬぐえない。しかしこの与えられた条件の中で何とか特色ある成果を上げてゆかなければいけない。

 我が国のGNPと人口は米国の約半分でありながら,地球科学研究者の数は米国の百分の一以下であろう。日本全体で考えれば広い意味の地球科学研究者は,少なくとも10倍に増えなければ,責任ある我が国の世界への分担寄与ができないことも厳然たる事実であることを忘れないで欲しい。我が国のこうした特殊性は,最近はやりの言葉でいえば地球環境研究における最大の構造障害である,といったら言い過ぎであろうか。

 地球環境研究グループの構成員は,いまその責任の重圧を感じながらも,従来の国立公害研究所での実績を越えた戦線拡大を計っている。補給線が切れてしまうほどの,無理な戦線拡大をしないこともまた,責任者に課せられた大きな任務であると感じている。研究所内外の関心ある研究者の方々と手をたずさえて行きたいと心から願っており,皆様の温かいご支援を心から期待する次第である。

(あきもと はじめ,地球環境研究グループ統括研究官)