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歴史から学ぶ原子スペクトル分析の展望

経常研究の紹介

 水俣病とイタイタイ病の原因が,それぞれ,水銀とカドミウムであることが認定されたのが1968年のことである。当時,重金属分析として原子吸光分析法が広く一般に普及し始めた頃である。そして,JISの原子吸光分析法通則が公布されたのが1970年のことであった。歴史をひもといてみると,この原子吸光分析法が初めて学会誌に報告されたのが,1955 年のことであるので,原子吸光分析法が発表されてから公定法として認められるまでに15年の歳月がかかっていることになる。この原子吸光分析法は,原則として,元素を1つ1つ測定する,いわば,単一元素分析法であった。人々の生活様式が多様化,高度化するにつれて,synergisticな(2つ以上の元素が存在することにより影響が増強される効果)または,antagonisticな(2つ以上の元素が存在することにより影響が相殺される効果)環境影響が重要となり,多元素が同時に分析できる誘導結合プラズマ(Inductively Coupled Plasma),略して,ICP発光分析法が一躍脚光をあびるようになった。このICP発光分析法が学会誌に初めて発表されたのが1964年のことであり,そして,JISの発光分析法通則に登場してきたのが,20年後の,1984年のことであった。新しく開発された分析法は,新たなる問題を提起し,その新たなる問題を解決するがために,分析法は,更に発展を遂げてきた。多元素同時分析を行うことにより,極微量元素の役割が重要であることが明らかになるにつれ,ppbの分析から,更に,pptの分析が要求されるようになってきた。その要求に答えたのが,ICP質量分析法の出現であった。このICP質量分析法の創始者であるAlan Gray博士が,大気圧プラズマ質量分析法を学会誌に初めて報告したのが1975年のことであった。

 以上,原子吸光法,ICP発光分析法,それに,プラズマ質量分析法と原子スペクトル分析の発展を振り返ってみると,1955年,1964年,1975年とちょうど10年おきに画期的な分析法が学会誌に報告されていることに気がつく。これらのデータを基にして外挿してみると,1985年前後に発表されている学会誌の中に,今後10年から15年の後に,飛躍的な進歩を遂げる分析法が報告されていることになる。

 それが何であるかを考えるためには,今,いったい何が要求されているかを考える必要があるだろう。現在,ICP質量分析法を用いることにより,pptの分析が可能にはなったのだが,この"pptの分析"は,口で言うほど簡単なものではない。使用した試薬に含まれる不純物,それに,実験室からのコンタミネーションによって,ブランクがpptのレベルに達してしまうからである。今までの原子スペクトル分析で対象となる試料は,原則として溶液であった。固体試料の場合には,溶液にしてから分析していた。それの方が標準溶液が作成しやすく,精度も良かったからである。しかし,機器分析の進歩により,溶液化すること自身に限界を感じ始めてきたような気がする。現在,固体試料を分析する場合,試料を溶液化する段階で多くの時間を費やしていることを考えると,溶液化することなく直接分析することができれば,多大なる労力と時間の節約にもなる。

 固体試料を直接分析する方法としては,古くから,アークやスパークを用いる発光分析法が利用されてきた。しかし,現在では,その感度,精度ともに満足されるものではない。1987年頃から,グリムグロー放電を用いた発光分析それに質量分析が再び見直されているのは,その要求に応じた現れなのかも知れない。私は,現在,固体試料を直接分析する手法として,パルスレーザーを用いたICPへの試料導入法を開発している。固体試料の表面を顕微鏡で覗きながら目的とする位置にNd-YAGレーザーを照射し,試料をアブレート(融解し溶発)させ,アブレートした試料を,アルゴンガスによって ICP(写真参照)中に導入するのである。ICPの温度は7000ー8000Kと高温なので,導入された試料は原子化され,さらに,そのほとんどの元素がイオン化されている。そこで,生成した原子イオンの発光や蛍光,それに,質量を測定することにより,選択的で高感度な分析が可能になる。現在,この手法を国立公害研究所から配布されている環境標準試料に応用し,その精度と正確さをチェックしているところである。

(ふるた なおき,計測技術部水質計測研究室)

写真  誘導結合プラズマ(ICP)にイットリウムを導入したところ。青く見えている領域では,導入されたイットリウムの 99% がイオン化されている。