PM2.5の現状と健康影響
特集 PM2.5など大気汚染の現状と毒性・健康影響
【研究プログラムの紹介:「安全確保研究プログラム」から】
高見昭憲、古山昭子、藤谷雄二、山崎 新、道川武紘
はじめに
粒子状物質(PM)の健康影響の研究には大きく分けて、細胞や動物などを用いた毒性研究と人を対象とした疫学研究があります。毒性研究ではPM2.5やPM2.5の抽出物を細胞に曝露して解析することによってどのような物質がどのような毒性を発現するかといったプロセスやメカニズムの解明に役立ちます。しかし、細胞での研究がそのまま人の健康影響に当てはまるかというと、人体は様々な性質を持った細胞が臓器や組織を構築して、階層的に機能を制御することで正常な個体の機能を保っているので、培養した細胞への曝露では影響メカニズムのごく一部しかわかりません。一方で疫学研究は、例えばPM2.5の濃度と人の死亡データなどを用いて両者に関連性があるかどうかを統計解析の手法を用いて明らかにします。疫学解析では関連性の有無は明らかになるものの、病気の発症や死亡に至るプロセスはわかりません。毒性研究と疫学研究はその研究手法の特性から相補的な関係があるため、両者を並行して進めていく必要があります。国立環境研究所には毒性研究グループと疫学研究グループがありますので、同じプロジェクトの中で連携しながら研究を進めています。
毒性研究-PM2.5の成分と細胞の応答の関係
PM2.5には発生源ごとに、異なる様々な種類の成分が含まれ、成分によって影響が異なります。主な成分は硫酸イオン、硝酸イオン、アンモニウムイオン、有機物です。微量成分としては黒色炭素や金属成分があります。有機物は発生源から排出された後、大気中で光化学酸化反応を経て多種多様な有機物に変化します。このため地域や季節などによってPM2.5の化学組成は異なります。毒性研究グループでは、PM2.5の抽出物を細胞に曝露し、細胞の死、酸化ストレスの発現など細胞の反応を観察し、影響を評価します。このように生物の反応を利用した毒性評価をバイオアッセイと呼びます。このほかにもPM2.5が持つ酸化能や酸化物の量を試薬の化学反応を利用して測る方法も併用して影響を検討します。
PM2.5の毒性研究に関するいくつかの結果を紹介します。光化学チャンバーを用いて人為起源のキシレンから生成したPM2.5は、自然起源のアルファピネンから生成したPM2.5に比べ、酸化ストレスの指標であるHO-1という抗酸化タンパクの遺伝子発現が高くなりました。このことは、反応で生成する化学物質は、元の化学物質に依存し、その毒性も異なることを示しています(1)。
稲わらや麦わらなどを燃焼したときに発生するPM2.5についても測定しました。その結果、稲わらより稲もみの酸化ストレス誘導能が高くなりました(2)。これは、何を燃やすかによって発生するPM2.5に含まれる化学物質と組成が異なり、その毒性が異なることを示しています。また、つくばで野焼きが盛んに見られる秋季に捕集したPM2.5の結果では、有機溶媒で抽出した試料を曝露した場合、野焼きが多く観察された日や、植物の燃焼により大気中に放出されるレボグルコサン濃度が高い試料において酸化ストレス誘導能も高い傾向にありました。水で抽出した試料ではレボグルコサン濃度との相関は低かったので、これらの結果は野焼き由来の有機溶媒に溶ける有機化合物が高い酸化ストレス誘導能を示すことを示唆しています(2)。ただしこれは細胞での結果なので、人の健康影響については解釈に注意が必要です。
PM2.5に曝露されると、その化学組成に応じて細胞は炎症や酸化ストレス応答などの生体影響の異なる細胞応答を示します。それに関与する遺伝子の発現を測定して毒性を調べる方法は高感度ですが大量の試料が必要な上に時間と労力がかかりました。そこで、細胞応答に応じて発光する酵素を細胞に導入することにより、細胞が受ける刺激の強さを発光量の変化で簡便に計測するアッセイ系を作製しました。酸化ストレス応答、炎症、薬物代謝酵素誘導などのそれぞれの応答に応じて発光する細胞を準備することで、捕集場所や季節の異なるPM2.5曝露による複数の細胞応答を同時に比較することが容易になりました。このアッセイ系を用いた解析では、9,10-Phenanthrenequinone、銅イオン、亜鉛イオンで細胞での酸化ストレス誘導が高く、PM2.5中の含有量が比較的高い銅や亜鉛の毒性寄与が大きいことが示唆されました。今後はこの新規開発したバイオアッセイ系を用いて、体系的な毒性評価を行います。
疫学研究-PM2.5濃度と死亡の関係
次に疫学研究の成果を紹介します。2010年から開始された国内の常時監視局におけるPM2.5質量濃度データと、国内の20万人以上の都市の死亡データを用いて統計解析を行いました。その結果、PM2.5と死亡との間には関連性があることがわかり、PM2.5の質量濃度が10µg/m3上昇すると、死亡する人の割合が1.3%増加することがわかりました(図1)(3)。これは気温などの気象要因や二酸化硫黄や窒素酸化物などほかの大気汚染物質の濃度を考慮してもPM2.5濃度と死亡との間に関連性が見られました。このことからPM2.5は人の死亡、とくに循環器疾患や呼吸器疾患が原因となった死亡、に影響があると考えられました。環境基準設定時には国内知見が少なかったのですが、今回の結果は国内のPM2.5データと死亡とのデータを用いた解析なので、国内居住者に対するPM2.5の健康影響に関する基本的な知見を提供しているといえます。
PM2.5の成分と死亡の間に関連があるのかについても調査しています。硝酸イオン、黒色炭素と死亡との間に正の関連が見られていますが、統計的に有意な結果ではなく、今後のさらなる研究が必要です。疫学研究では十分なサンプルデータ数があって統計学的な評価を行うことができますので、10年程度の長期的なデータの蓄積が必要な研究分野です。
PM2.5とともに春になるとしばしば観測される黄砂について、心筋梗塞発症と関連しているか熊本大学などと共同で研究を行いました。その結果、黄砂が観測された日はされない日と比べて1.4倍心筋梗塞が発症しているという結果が得られました(図2)(4)。また、75歳以上の方、高血圧のある方、糖尿病のある方、腎臓病のある方では黄砂の影響で心筋梗塞を起こしやすくなっている可能性がありました。
まとめ
ここではPM2.5の毒性研究と疫学研究について紹介しました。PM2.5が人の健康に影響があることは確かなようですが、PM2.5自体やどのような成分に毒性があり、死亡などの原因になっているのかはまだまだ未解明です。粒子自体もその成分も両方とも健康に影響があると想像できますが、どちらがどの程度影響があるのかは重要であり、それによってPM2.5自体を規制するのか、PM2.5の前駆物質となる二酸化硫黄、窒素酸化物、揮発性有機化合物などを個別に規制するほうが良いのか、行政の対策の方針も変わってきます。我々のグループは大気汚染研究、毒性研究、疫学研究を連携して、国内はもとより海外も含めた大気質の改善に貢献し、SDGs(持続可能な開発目標)の「すべての人に健康と福祉を」という目標に貢献します。
参考文献
- 「都市大気における粒子状物質削減のための動態解明と化学組成分析に基づく毒性・健康影響の評価」(研究代表者 高見昭憲)国立環境研究所研究プロジェクト報告 第109号
- 「未規制燃焼由来粒子状物質の動態解明と毒性評価」(研究代表者 高見昭憲)国立環境研究所研究プロジェクト報告 第133号
- Michikawa, T., Ueda, K., Takami, A., Sugata, S., Yoshino, A., Nitta, H., Yamazaki, S. (2019) Japanese nationwide study on the association between short- term exposure to particulate matter and mortality. Journal of Epidemiology, 29, 471-477. doi: 10.2188/ jea.JE20180122.
https://doi.org/10.2188/jea.JE20180122. - Kojima, S., Michikawa, T., Ueda, K., Sakamoto, T., Matsui, K., Kojima, T., Tsujita, K., Ogawa, H., Nitta, H., Takami, A., (2017) Asian dust exposure triggers acute myocardial infarction, European Heart Journal, 38, 3202-3208, doi:10.1093/eurheartj/ehx509
(たかみ あきのり、地域環境研究センター センター長
ふるやま あきこ、環境リスク・健康研究センター 室長
ふじたに ゆうじ、環境リスク・健康研究センター 主任研究員
やまざき しん、環境リスク・健康研究センターエコチル調査コアセンター センター長
みちかわ たけひろ、環境リスク・健康研究センター 客員研究員)
執筆者プロフィール
自身の美容と健康のためにはPM2.5対策より生活習慣改善が喫緊の課題です。(AF) ダイエット目的の山登りが遠ざかっている今日この頃です。(YF) エコチル調査と大気汚染の疫学研究で忙しい日々を送っています。(SY) この夏は子どもとクワガタの飼育に熱が入りました。(TM)