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2019年6月28日

河川流域環境における放射性セシウム動態研究のこれから

特集 河川流域における放射性セシウムの今後を予測する

林 誠二

 2011年3月11日に発生した福島第一原子力発電所事故によって大気中に大量に放出され、東日本全域に沈着した放射性セシウムの河川流域における動態については、当研究所を含む国内外の数多くの研究機関によって、事故直後から精力的に調査研究されてきました。それらから明らかになった主な特徴として、放射性セシウムは土壌粒子に強く吸着しやすい性質を有するため、事故後8年余りが経過した時点でも、流域内に沈着した大部分は降雨や融雪によって下方へ浸透せず、土壌の表層部分に留まっていることが、まず挙げられます。さらに、多くの河川での調査結果は、いずれも年間あたりの河川流域からの放射性セシウムの流出率(沈着した量に比べた流出量の割合)は1%に満たないことを報告しています。また、これにはダム湖での土砂堆積による放射性セシウムの底質への貯留も、効果的に作用していることが確認されています。このように、放射性セシウムは河川流域内に安定的に留まり流出も限定的であるため、河川の下流域に集積することによる重篤な再汚染は生じにくい状況にあると言えます。

 しかしながら、近年、気候変動の影響とみなされる極端な豪雨事象に代表されるような大規模な自然災害が、流域内に留まっている放射性セシウムの動態に及ぼす可能性も否定できません。こうした影響について想定外とせず、対応策を含めた検討は必要であると考えます。我々自身も、数値シミュレーションモデル等を活用し、福島における気候変動適応研究としても位置づけつつ取り組んでいく予定です。さらに、放射性セシウムの環境動態における大きな懸念の一つに、自然生態系における汚染の長期化が挙げられます。避難指示を要した地域においても、生活圏の周縁を除き森林の大部分が除染されていないことも影響して、森林生態系において放射性セシウムが生物に取り込まれ体の一部となり、それが分解あるいは排泄され土壌に戻りまた取り込まれるといった循環する状況になっています。その結果、コシアブラやコウタケに代表されるような山野草やキノコ類の放射性セシウム濃度は、食品中の放射性物質の基準値(100Bq/kg)を超過した状態が続いており、それらを餌とするイノシシ等野生動物の汚染もなかなか改善しない状況にあります。これは福島県のみならず多くの地域で見られることですが、福島県はその県土の7割を森林が占めるためより深刻です。また、多くの河川や湖沼の淡水魚についても上記基準値を超過する濃度が検出される状況が続き、アユやヤマメ、イワナといった水産有用種の出荷が規制されたままです。

 このような生態系の放射性セシウムによる汚染の実態を把握し、さらに将来予測や効果的な対策の検討につなげるためには、環境中での生物に取り込まれやすい放射性セシウムの挙動と生物、生態系への移行特性を精緻に理解し、モデル化する取組が重要であり、今後一層取り組むべき課題となっています。冒頭に記した通り、大部分の放射性セシウムは土壌粒子に強く吸着していて、それらは植物の根から吸収され難く、また、生物に摂食されてもそのまま排泄され、体内に取り込まれ難いと考えられます。一方、一部の溶けた状態(溶存態)のもの、溶けやすい状態のものが生物の汚染に直接影響しているため、それらがどこでどのように生成され、どれだけ存在し、どのように樹木や山野草等に吸収されるのか、河川や湖沼では、食物網を介してどのように魚まで移行していくのかについて、河川流域全体を対象として取り組んでいく必要があります。本特集ではそのような背景に基づき行っている我々の取組について紹介します。まず、河川流域における生物に取り込まれやすい放射性セシウムの挙動について「森林・河川・ダム湖における生物に取り込まれやすい放射性セシウムの動き」で紹介します。次いで、森林生態系における放射性セシウム汚染の将来予測を目的としたモデルの開発についての研究を「森林生態系における放射性セシウム分布の将来予測」で紹介します。最後に、放射性セシウムによる魚の汚染状況と移行の特徴について「淡水魚における放射性セシウムの半減期」で解説します。これら取組によって得られる知見を、避難指示が解除された地域を中心とした住民の方達の安全安心の醸成に具体的に役立てる取組にも、今後一層力を入れていきたいと考えています。

(はやし せいじ、福島支部 研究グループ長)

執筆者プロフィール

筆者の林誠二の写真

三春に居を移して3年余り過ぎました。豊かな自然と美味しい食べ物、穏やかな人たちに囲まれたゆったりとしたここでの暮らしを、それなりに歳をとったせいでしょうか、存外心地良く感じる今日この頃です。

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