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2017年2月28日

生態リスク評価・管理にどうして数理・統計モデルが必要なのか

特集 生態学モデルによる生態リスク評価・管理の高度化

横溝 裕行

 化学物質や土地開発、外来生物など様々な環境かく乱要因が生態系に悪影響をおよぼしています。生態系保全のためには、様々な環境かく乱要因により生態系が被る可能性のある悪影響の大きさである生態リスクを評価し、効果的な管理をおこなう必要があります。しかし、環境かく乱要因による生態系影響を評価することや、対策を実行する前にその効果を予測することは容易ではありません。そのため、生態系の動態を模した数理モデルにより、環境かく乱要因が加わったり除かれたりした場合の生態系の動態を予測する数理的研究が重要になります。また、複雑な生態系のある一部分に着目して数理モデルを構築し、解析することにより生態系管理に有用な知見を得ることもできます。そして、野外調査等から得られる限られたデータから、それぞれの環境かく乱要因がどの程度の悪影響を及ぼしているかを推定するためには、統計的手法を用いた数理モデルである統計モデルが必要です。このように、数学や統計的手法を用いて生態系の動態等を模した数理・統計モデルを構築して解析することにより、環境かく乱要因が生態系に与える悪影響の大きさや、対策の効果を予測することができます。そのため数理・統計モデルは生態リスク評価・管理にとても大きな役割を果たします。

 平成28年度より、数理・統計モデルを用いた生態リスク評価・管理の高度化を目的として、安全確保研究プログラムのプロジェクト3「生態学モデルに基づく生態リスク評価・管理に関する研究」を実施しています。生態学に基づく数理・統計モデルを用いて、様々な環境かく乱要因による生態系影響の適切な評価と管理を実行するための基礎となる手法の開発を目的としています。本特集では、このプロジェクトの研究の一部を紹介したいと思います。このプロジェクトは2つのサブテーマで構成されています。

 サブテーマ1では、「環境かく乱要因と生物群集の因果関係の推定と最適管理に関する研究」に取り組んでいます。環境かく乱要因として化学物質を例にあげますと、環境中の化学物質の濃度を計測し、そこに生息する生物の種数などを調査することにより、化学物質の濃度と生物の種数などの関係を知ることができます。しかし、これだけでは化学物質と生物の種数や個体数の因果関係が分かったとはいえません。なぜかと言いますと、化学物質と生物の種数や個体数の両方に影響を与える要因(交絡要因)が存在する場合、実際は因果関係がないにも関わらず、見かけ上の関係があるように見えてしまうことがあるためです。化学物質の濃度が高くなると生物種数が少なくなるという調査データが得られた場合でも、因果関係がなければ化学物質の濃度を減らしたとしても生物の種数や個体数は回復しません。本プロジェクトでは、適切な対策を講じるために、統計的因果推論という統計的手法を用いて、化学物質の濃度と生物の種数や個体数の間の因果関係を明らかにする研究を行っています。しかし、得られるデータが限られていると因果関係を完全に明らかにできない場合があります。そこで、化学物質と生物の種数や個体数の因果関係が十分に明らかではない場合にも、生物の種数や個体数を望ましいレベルまで回復させるために効果的な対策を明らかにすることを目的として数理モデルの開発を行っています。

 サブテーマ2で取り組んでいるのは「環境かく乱要因に対する生態系影響の予測に関する研究」です。生態系には様々な生物がお互いに影響を及ぼし合って存在しています。例えば、食う- 食われるという関係だったり、ある種が他の種に必要な生息場所や栄養を提供したりしています。そのために、環境かく乱の影響を直接受けない生物でも、環境かく乱の影響を受けた種がいなくなることにより間接的に影響を受けることがあります。本プロジェクトでは、環境かく乱の影響が生態系全体に及ぼす影響を知るために、数理モデルを開発しています。また、生態系には様々な生物が存在していますが、どのようなメカニズムで多様性が維持されているのかを明らかにするために、熱帯林における生物多様性の維持機構を解明するために数理・統計モデルを用いて研究を実施しています。

 上記のように、因果関係の推定、生態系への影響の予測、効果的な対策の選定が数理・統計的手法を用いることで可能になります。本特集では、数理・統計モデルを用いた河川における化学物質の対策に関する研究の一端を「研究プログラムの紹介」で解説します。統計的因果推論に関する交絡要因については、「環境問題基礎知識」をご覧下さい。生物多様性を決定する要因が偶然的な要因で決まるのか、それとも偶然ではなく何らかの必然的な要因により決まるのかを知るために数理モデルを用いて実施している研究を「研究ノート」で紹介しています。また、重金属が水生生物へ与える影響を調べるために行っている河川調査の様子について「調査研究日誌」で紹介していますので、あわせてご覧下さい。本特集により、生態リスク評価・管理における数理・統計モデルの有用性を少しでもお伝えすることができれば幸いです。

(よこみぞ ひろゆき、環境リスク・健康研究センター リスク管理戦略研究室 主任研究員)

執筆者プロフィール:

執筆者 横溝裕行 の写真

最近、データベースのデータを用いた研究を論文にまとめ投稿しました。それぞれ異なる目的で取られたデータですが、統合することにより新たな知見が得られました。データベースの管理にも少し携わることになり、そのような研究の一助になればと考えています。

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