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2015年2月28日

環境研究における自然トレーサーとしての放射性炭素(14C)の利用

特集 化学で読み解く環境動態
【環境問題基礎知識】

近藤 美由紀

 14C分析というと、考古学試料等の年代測定を思い浮かべられることが多いと思いますが、環境研究分野では自然・人為起源の様々な物質の発生源探索や動態解明の自然起源トレーサーとしての利用も注目されています。14Cの特徴を上手く利用すると、同位体ラベリングのようにトレーサーを人工的に添加することなく、採取した試料中に含まれる14C濃度を測ることで物質の移動や変遷を詳細に調べるための強力なツールになり得ます。国立環境研究所では、1996年にタンデム型加速器質量分析計が導入され、18年間に亘り14Cを利用した環境研究に取り組んできました。最新の分析技術と14C分析を組み合わせることで、過去の海水循環変動の復元や、大気粉じんに含まれる発がん性物質やシックハウス症候群の原因となる物質など環境化学物質の発生源探索など、幅広い分野での研究が行われてきました。

 14Cの特徴の1つは、放射性同位体であり、5,730年の半減期で窒素(14N)に放射壊変する性質を持つことです。地球上では、宇宙から降り注ぐ宇宙線の作用で絶えず極微量の14Cが生成されます。生成した14Cは、二酸化炭素14CO2に酸化され大気中に拡散した後に食物連鎖の過程で動植物の中に取り込まれ、食物連鎖を介して環境中を循環しながら半減期に従って消滅します。この減少を利用し、年代測定が実施されています。一方で、産業革命以降の人間活動は、自然の14Cサイクルに変動を与えています。14Cを含まない石油や石炭などの化石燃料(14C分析の世界ではdead Cと呼ばれる)の使用は見かけの14C濃度を減少させる一方、1950年代から約10年に亘って実施された大気圏での核実験に伴う14C(Bomb C)の生成により大気中の14C濃度を急激に上昇させました。1950年以降に現存した生物に由来する炭素は現代炭素(modern C)と呼ばれ、化石燃料よりも何千倍も多い14Cを含んでいます。現代炭素はおおよそ1.2×10-12、dead Cは1.0×10-16以下の14C/12C比を持つとされています。環境中の化学物質に含まれる14C濃度を調べると、化石燃料に由来する割合と生物由来の割合を見積もることが可能なのは、2つが全く異なる14C/12C比(14C濃度)を持つことを利用したものです。例えば、北関東で発生した大気中の微小粒子(PM2.5)の成分と14C濃度を調べた研究から、化石燃料起源炭素の濃度は、大半の時間帯で生物起源炭素の濃度を上回り、日中に増える顕著な変動をしていることが初めて確認されました。これは、PM2.5に含まれる炭素の14C分析を行うことで、化石燃料起源(dead C)と生物起源(modern C)の比率を推定することによって求められています(参考1)

 14Cによる年代測定では、14C年代(BP:Before Present)という表記が使われます。これは、標準物質と年代測定を行う試料の14C/14C比と半減期を使って計算される値で、核実験起源の14Cの影響を受ける直前の西暦1950年を基準年(AD 1950=0 BP)として報告されます。この14C年代は、生物が取り込む大気の14C/12C比は一定であるという前提と、正しい半減期でなく14Cが天然に存在することを発見したW.F.Libbyが用いた半減期(5,568年)を用いて計算するという取り決めがあるため、暦年代とは等しくなりません。14C年代データを暦年代に較正した年代は「較正年代(calibration age)」と言われ、cal BP、またはcal AD/BCを付けて報告されます。しかしながら、14C年代を測定する上での一つの仮定である、大気の14C/12C比は現在まで一定であったということは成り立たないことは分かっています。より正しい年代を求めるために、年代が既知の樹木年輪試料に残されている大気中の14C/12C比を求め、正確な較正曲線(calibration curve)を作成する努力が続けられています。現時点で最新の較正曲線であるIntcal13では、13,900年前までの年輪のデータに加えて、間接/直接的に暦年代を求めた年縞堆積物や鍾乳石、サンゴ等の14Cデータを使って50,000年前までのデータセットが公表されています。

 14C分析は、年代測定方法という側面と炭素循環のトレーサーとしての側面を持ち合わせており、より詳細な解析をするための14C分析の高精度化も進んでいます。14C分析の高精度なデータは高時間分解能での議論を可能にするため、他の分析プロキシー(過去の気候や環境を復元する代替指標)との融合により、これまで明らかになっていなかった古環境の復元や気候変動のメカニズム解明への貢献が期待されています。その1例として、下北半島沖水深1,200mから採取された微化石(有孔虫)について、NIES-TERAAで開発された微量年代測定を行い、12,000年前から500年前までの北太平洋中・深層水循環変動の復元に成功した研究を紹介します。この研究では、堆積コア中に極微量含まれる、海洋表層に生息する浮遊性有孔虫と、海底面に生息する底生有孔虫の14Cを海水の動きを調べるトレーサーに利用しました。大気中の14C濃度の経年変動パターン、および有孔虫の14C分析から推定された中・深層の年代を比較し、年代差が小さければ小さいほど海水の流れが速いことを表し、すなわち海洋循環が活発になったことを意味します。気候変動と深層水循環は、常に表裏一体の関係にあることから、今後さらなる実態解明が期待される研究テーマです。この結果は、2014年にScientific Reportsに発表されております(参考2)

 14C分析は、加速器質量分析法(AMS=Accelerator Mass Spectrometry)での分析が主流となっています。AMSはイオンに高エネルギーを与えることによって、1つ1つのイオン粒子を検出することを可能にする超高感度の質量分析法です。国立環境研究所には、米国NEC社製の5MVタンデム型加速器質量分析計(NIES-TERRA)が導入されています(図1)。中央に位置する加速管の大きさは直径2.1m、長さ8.4mあり、固体イオン源から最終検出器までの全長は約38mと非常に大型の装置です。このような大型の装置を使って、環境中に極めて微量にしか存在しない放射性同位体を正確に測ることができるのです。夏の大公開の際には、施設内を一般の方にも公開していますので、興味のある方は是非一度のぞいてみてください。

図
図1 NIES-TERRAの概略図

(こんどう みゆき、環境計測研究センター 有機計測研究室)

(参考1)報道発表「東京近郊で発生した汚染物質が輸送とともに光化学反応をうけて北関東で微小粒子状物質が高濃度に」http://www.nies.go.jp/whatsnew/2012/20121023/20121023.html(2015/02/17アクセス)
(参考2)報道発表「完新世の北太平洋中・深層水循環変動を解明?南太平洋における深層水形強化が引き金か?」http://www.nies.go.jp/whatsnew/2014/20140225/20140225.html(2015/02/17アクセス)

執筆者プロフィール

 近藤 美由紀

陸域生態系炭素循環研究の中で特に土壌圏における炭素動態に興味を持ち、主に14Cを化学トレーサーに利用した研究手法の開発に取り組んできました。数年前から、北極アラスカの永久凍土地域での調査研究を行っています。