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2014年12月31日

将来の持続可能な社会を見通す

【シリーズ先導研究プログラムの紹介:「持続可能社会転換方策研究プログラム」から】

増井利彦

 国立環境研究所の持続可能社会転換方策プログラムのプロジェクト1「将来シナリオと持続可能社会の構築」では、サブテーマ3「持続可能社会の評価のためのモデル開発と将来シナリオの定量化」として、他のサブテーマで検討されている叙述的な将来像や指標の考え方をもとに、将来の環境や社会の姿を定量化し、持続可能な社会の構築に向けた様々な施策の効果を明らかにしようとしています。このプログラムでは、わが国を対象に、持続可能な社会について、「環境」「社会」「経済」「個人」という視点から分析を行うものです。これまで、持続可能社会に関する分析では「環境」という側面に重点が置かれることが多かったのですが、「環境」だけでなく「社会」や「経済」の視点から、持続可能な社会ではどのような産業や活動が日本の社会や経済を牽引しているか、また、社会を構成する「個人」がどのような生活を営んでいるかを検討するものです。

 これまでに、国立環境研究所では、統合評価モデルであるAIM(Asia-Pacific Integrated Model)※1を国内外の研究機関と開発し、地球温暖化研究の一環として、日本だけでなくアジア、世界を対象に定量化を行い、温室効果ガス排出削減目標の議論に貢献してきました。また、AIMは、2007年に環境省から報告された「超長期ビジョンの検討について(報告)」※2において、低炭素社会、循環型社会、自然共生社会、安心・安全社会の実現を目指した2050年の姿の検討とその定量化にも貢献してきました。今回紹介するサブテーマ3での活動は、これまでの研究を発展させるようにAIMを改良し、持続可能な社会の実現に向けて、日本の様々な環境問題と社会や経済の活動を定量化しようと試みるものです。将来像を記述する方法には、定量的なものと定性的な(叙述的な)ものがあり、相互に補完しています。叙述的な将来像の記述は、読者がイメージしやすいようにわかりやすく記述されます。一方、定量的に将来像を記述する目的は、将来像を数字で具体的に示すということのほか、叙述的に示された将来像の内容が整合しているかどうかを確認することもあります。叙述的なストーリーは、わかりやすく記述されるという特徴がありますが、一方で、自由に記述できるために、本当は整合していない内容が記述されることもあります。そうしたことがないように、モデルを用いてあらかじめチェックしようというものです(仮に、整合性のないストーリーをモデルで再現しようとしても、「解が見つからない」という結果となってしまいます)。このほか、持続可能な社会の条件をいろいろと設定したときに、どの条件が最も厳しい条件になるかといったこともモデルの計算結果から得られますので、どの分野の対策を重点的に進めればよいか、といった指針も得られることになります。

 今回のモデル化の新たな試みの1つは、国のシナリオでありながら、地域別に定量化しようという点です。日本は、国土面積そのものは広くありませんが、南北に長く、それぞれの地域における気候や風土、人口の分布、経済活動の動向、再生可能エネルギーの賦存量など、地域による違いが大きく、これらをきちんと考慮して対策を検討することが、持続可能な社会の実現には必要不可欠であると考えています。一方で、あまり細かくすると、モデルそのものが非常に複雑かつ大規模になり、やはり「解が見つからない」ということも起こりますので、ここでは、図に示すように地域産業連関表での区分をもとに、全国を9つに分割した地域を対象としています。

図
図 モデルの地域区分とモデルの基本構造
モデルでは、各地域において、生産、消費活動が行われ、それに伴って様々な環境負荷が発生するとともに、生産された財が各地域や海外と取引される様子が定式化されています。

 基本となる経済活動の関係については、応用一般均衡モデルというモデルを基礎としています。モデルでは、図に示すように、それぞれの地域に、代表的な家計と生産者が定義されています。図には示されていませんが、生産者は、財別に定義されています。地域間での取引や海外との貿易も考慮しながら、対象とするすべての財や生産要素がそれぞれの地域の市場で均衡するように、価格という情報をもとに、家計は効用を、生産者は利潤を、それぞれ最大にするという考えのものとで活動量が計算されます。モデルで対象とする財は51種類に分類され、そのうち電力はさらに発電技術の違いによってさらに細かく分類されています。

 こうした活動に対して、様々な環境負荷を定式化していきます。取り上げる環境問題は、地球温暖化(二酸化炭素などの温室効果ガスの排出量や再生可能エネルギーの利用可能量)、大気汚染(硫黄酸化物などの大気汚染物質の排出量)、水質汚濁(BODなどの水質汚濁物質の排出量)、資源・廃棄物(一般廃棄物や産業廃棄物の最終処分量など)、化学物質(化学物質の排出量)、水需要(工業用水需要量など)、自然・生態系(土地利用変化など)の各課題を対象としています。定式化にあたっては、これまでの負荷量の発生量とその直接の要因(たとえば、二酸化炭素の排出量であれば化石燃料の燃焼量のほかセメントの生産量、廃棄物の排出量であれば活動量、など)の関係を定式化し、関連するデータを収集するとともに、これまでの環境負荷量と要因の関係の変化から、今後の変化について想定します。環境負荷の動向につきましては、本プログラムの2012年度の年次報告※3にとりまとめていますので、そちらをご参照ください。

 モデルでは、2005年を対象とした地域産業連関表のデータを再現するように、様々な係数が設定されており、2005年を基準に将来の定量化が1年刻みで行われます。将来の見通しについては、各地域の人口予測や技術水準の変化、想定される経済成長などをもとに推計しています。現時点では、地域別の経済見通しは存在しないので、これまでの全国を対象とした検討結果や、叙述シナリオで描写されている将来像を参考に、試行錯誤で定量化を進めています。また、2011年3月に生じた東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所事故による様々な影響(原子力発電の出力低下、再生可能エネルギーの導入など)をはじめとするこれまでの実績は、できる限り反映させるようにしています。

 今後は、持続可能性を考慮しない、いわゆる「なりゆき」の社会の定量化とともに、持続可能な社会を実現するような対策を勘案した定量化を行い、どのようにすれば持続可能な社会が実現できるかを示すロードマップの検討を進めていきます。

(ますい としひこ、社会環境システムセンター 統合評価モデリング研究室長)

※1「Asia-Pacific Integrated Model」http://www-iam.nies.go.jp/aim/index_ja.htm(2014年11月13日)
※2「超長期ビジョンの検討について」http://www.env.go.jp/policy/info/ult_vision/(2014年11月13日)
※3「持続可能社会転換方策研究プログラム年次報告2012」http://www.nies.go.jp/social/dp/pdf/jqjm10000002h66f-att/2013-01.pdf(2014年11月13日)

執筆者プロフィール

増井利彦の顔写真

子どもと一緒に筑波山の麓にある平沢官衙遺跡まで自転車でよく出かけます。子どもは広々とした原っぱでも思い切り走り回るため、帰路はガス欠になることもありましたが、最近は平気に。子どもの持つ体力には驚かされます。

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