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2012年6月29日

新しい分光リモートセンシング技術の開発

【シリーズ先導研究プログラムの紹介 : 「先端環境計測研究プログラム」 から】

杉本 伸夫

 環境計測研究センターの先導プロジェクトの一つとして、「先端的分光遠隔計測技術の開発に関する研究」を平成23年度から5年計画で行っています。この研究課題は能動センサー(ライダーなど)とハイパースペクトル(分光イメージング)センサーに関する2つのサブテーマから構成され、次世代の衛星センサーによる地球観測のための新しい計測手法とデータ解析手法に関する研究を行っています。衛星センサーそのものの開発や提案などは、日本のあるいは国際協力による衛星観測計画の中で行なわれていますが、本研究の目的はそのような中で次世代の環境計測を先導する新しい手法や技術を開発し実現につなげることにあります。

リモートセンシング手法の課題

 人工衛星から地表や大気を遠隔計測するリモートセンシング手法では、測定するパラメータの数に対して測定対象に関する未知数の方が多いという場合が普通です。もちろん、測定するパラメータ自体は、例えば放射輝度とか散乱光強度など、明確に定義される物理量ですが、それが測定対象や、あるいは測定に干渉するものの性質をどのように反映しているかは非常に複雑です。データ解析では、そのなかから測定で求めようとする量を推定しなければなりません。従って、測定対象の性質があらかじめある程度分かっていて初めて有用な情報を抽出できるともいえます。データ解析は、測定対象の性質も含めて測定を正確にシミュレーションすることとほぼ同様の作業になります。一方、測定手法の研究では、新しい独立な情報をいかに測定するかが本質的な課題です。そのために、分光手法によって波長情報を増やすことや、センサー側に光源を持つ能動的手法で高度情報を加えることなどが重要となってきます。また、必然的に、分光イメージャーなどの受動センサーとライダーなどの能動センサーを統合して解析するという方向も見えてきます。本先導プロジェクトの研究の内容は多岐にわたっていますが基本的には以上のような考えに基づいています。以下では、衛星搭載ライダーに関する研究を例に、具体的な内容を紹介します。

衛星搭載ライダーに関する研究

 ライダー(レーザーレーダーとも呼ばれる)は、レーザーを光源としてエアロゾルなどの散乱を測定する手法で、国立環境研究所では古くからライダーを用いた大気観測研究を行ってきました(ライダーネットワークについては国立環境研究所刊行物の環境儀29号を参照ください)。宇宙からのライダー測定は、1994年に米国航空宇宙局(NASA)でスペースシャトルからの大気観測実験が行われ、その後NASAでは、高度計衛星GLAS、大気観測ライダー衛星CALIPSOが打ち上げられました。CALIPSOは2006年の打ち上げ以来、現在まで順調に観測を続け、雲とエアロゾルの分布や放射特性に関する数多くの成果を上げています。

 地球の放射収支をより定量的に理解することを目的として、現在、欧州と日本が共同で、雲エアロゾル放射ミッション(「EarthCARE」衛星)の開発を進めています。EarthCAREには、雲レーダー、マルチスペクトルイメージャーなどと同時に、ATLIDというライダーが搭載されます。ATLIDは雲とエアロゾルの光学特性と高度分布を測定する高機能のライダーです。ATLID搭載機器の開発は欧州で行われていますが、筆者らはこの計画に当初から関わり、ATLIDの仕様や解析手法の検討に参加してきました。現在、EarthCAREのデータプロダクト作成のためのアルゴリズム開発が宇宙航空研究開発機構の公募研究によって行われています。本先導プロジェクトではさらに進んで、ライダーとイメージャーを複合的に利用したエアロゾルの解析手法の可能性を研究しています。このような手法では、例えば、大気中のエアロゾルが、硫酸エアロゾル等(光吸収のない小粒子)、ブラックカーボン(光吸収性の小粒子)、非球形の鉱物ダスト、海塩の混合したものであると考えて、まず、ライダーデータからそれらの高度分布を推定し、次に推定された高度分布をもとに分光イメージャーで測定される放射輝度を計算し、これが測定された放射輝度と整合するまで、エアロゾルのサイズパラメータ等を調整しながら計算を繰り返すというような方法を用います(図)。将来は、化学輸送モデルによるエアロゾルの分布の予測とも結合して、多数のセンサーのデータを再現するようにモデル予測を同時に改良するような(データ同化)手法へと発展することも期待されます。

図 大気エアロゾルの複合解析アルゴリズムの概念の一例

 本プロジェクトでは、衛星ライダーに関するもうひとつの課題として、植生の散乱プロファイルを測定する植生ライダーの研究を行っています。これは、国際宇宙ステーション搭載を目指して東北工業大学や情報通信研究機構と共同で提案しているもので、受信系に2次元検出器を使って植生の立体構造を瞬時に測定して樹冠高度等を正確に推定するという新しいアイデアを含んでいます。本研究では、これを実現するための技術の基礎的な研究を行っています。植生の散乱信号波形から最終的に求めるのはバイオマス量などで、そのためには森林をいかに正確にモデル化するかが課題です。このような検討は現在植生ライダーのサイエンスチームで行なわれていますが、直接測定される量に対する未知の情報の多さは大気の比ではないようです。本研究の分光イメージングセンサーに関するサブテーマの中では、分光反射率から複数の樹種で構成される森林の植生を推定する手法が開発されています。将来はこれらを統合して解析を行うことが期待されます。

 この他、衛星ライダーのデータ解析アルゴリズムの検証と打ち上げ後の地上検証を目的とした高機能のライダーの開発や、これを用いた観測実験も本研究のなかで行っています(写真)。

研究船「みらい」搭載、高スペクトル分解ライダーによるインド洋での検証実験風景の写真 クリックすると拡大画像をポップアップします
写真 研究船「みらい」搭載、高スペクトル分解ライダーによるインド洋での検証実験風景
(左)ライダーと雲レーダーの観測用コンテナで、観測窓の清掃作業をしている様子。
(右)コンテナ内のライダー装置。

執筆者プロフィール:

国立環境研(国立公害研)に入所して33年目になりました。当初から、ライダーなど光学的な能動リモートセンシングの研究をしていますが、一番大きく変わったのは計算機の速度と記憶容量で、当時と比べると4桁以上向上しています。最近は、身近な計測にもリモセン的な手法を応用できないかと考えています。