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2011年8月31日

地球上の植物はどれだけ光合成を行っているか? −純一次生産力に関するメタ分析−

【研究ノート】

伊藤 昭彦

 地球は「緑の惑星」と呼ばれるほど、植物が豊かに繁茂しています。地球に暮らす動物たち、そして私たち人間は、この植物がもたらす恵みがなくては生きていけません。植物は、光合成によって太陽エネルギーと大気中の二酸化炭素(CO2)そして水から、炭水化物と酸素を作り出します。炭水化物は、植物自身の活動に使われたりバイオマスとして貯留されたりし、また草食動物の食料となります。つまり植物は、生態系の食物連鎖の出発点となることから、生態系の「一次生産者」と呼ばれています。それは陸地の樹木や草だけでなく、海洋では植物プランクトン等がその役目を果たしています。

 地球上にどのくらいの動物、そして人間が生きてゆけるのかは、植物の正味の光合成生産力(生態学では純一次生産と呼ばれます)に大きく依存しています。もし植物の純一次生産を超えるほどに人口が増えようとすれば、たちまち食料不足が起こってしまうでしょう。実際に、第二次世界大戦後には発展途上国を中心に「人口爆発」と呼ばれるほど人口が増加し、各地で深刻な飢饉が発生しました。地球の人口は現在も増え続けていますが、それには上限があるのでしょうか? 言い換えれば、地球は最大でどのくらいの人口を養うことができるのでしょうか?もちろん実際の人口は生活様式や医療レベルにも左右されますが、最も基本的な問題は、地球の植物の純一次生産がどのくらいあるかを知ることです。これは、将来の持続可能な社会を考える上でも根本的な問題と言えます。

 これまで多くの研究者が、地球の(特に陸上の)植物による純一次生産(図1)の総量を求めようとしてきました。特に、先に述べた人口爆発の時期には危機意識が高まり、世界中の研究者の協力によって地球上の様々な生態系で一次生産を測定するプロジェクト(国際生物学事業計画)が実施されたのです。その結果、一応の合計値が求められたのですが(1970年代前半ごろ)、現在でもなお新たな推定値が出されており、決定的な値が得られるには至っていません。なぜ地球の植物の純一次生産を求めるのがそんなに難しいのでしょうか? その原因は、あとで述べますように、現場で純一次生産を測定することの難しさと、地球の広大さにあります。想像していただけますように、うっそうと繁る熱帯林と、草木もまばらな荒れ地では、純一次生産は何ケタも違っています。地球上にはこのように全く機能の異なる生態系が混在しています。それでは、現在までに私たちはどれくらいの信頼度で地球の純一次生産力を知ることができているのでしょうか? それに関する研究がこれまでどのように行われてきたかのあらましをご紹介します。

図1
図1 地球上の純一次生産力の分布
国立環境研究所による陸域モデルと海洋研究開発機構(笹岡晃征博士)による海洋モデルの結果。

 まず世界で最初に「地球の植物の純一次生産はどれだけか」を推定した人をご存知でしょうか? それはドイツのJ.F. フォン・リービッヒという学者です。この人は農芸化学の創始者として歴史に名を残しており、栄養制約が生物の成長速度を決めるという「リービッヒの法則」は教科書にも載っています。今から約150年前の1861年、彼は牧草地の生産力を測定し、地球の陸地面積を掛け合わせることで純一次生産の合計値を求めました。このような昔に地球スケールの計算を行ったことは驚くべきことですが、さらに幸運にも、彼が選んだ温帯地域の牧草地は生産力の高さでも(熱帯雨林や荒れ地と比べて)中程度であったため、このような簡単な方法で得られた値でもかなり妥当な値が得られています。

 ここで純一次生産力の測定原理を説明しておきましょう。純一次生産力とは「植物によって1年間に新しく生産されたバイオマスの総量」と定義されています。これは、植物による光合成量から植物自身の呼吸量を差し引いた値(つまり植物の外気との正味のCO2交換量)に一致します。植物のバイオマス全体から、新しく生産された部分だけを分けて量るのは、実際には非常に困難です。そこで、バイオマス総量の1年間の増加分と、枯葉や枯れ枝となって脱落する量、動物によって食べられる量を測定し、その合計値から純一次生産を求める「収穫法(積み上げ法とも呼ばれます)」が用いられます。しかし、想像されますように、森林のような巨大な生態系ではバイオマス総量を量るのは簡単ではありませんし、枯死する量や食べられる量の測定にも誤差が伴います。その点、リービッヒの用いた牧草地は、比較的、純一次生産の測定が簡単だったかもしれません。

 地球上の植物による純一次生産の総量を求める大規模なプロジェクトとして、前に述べましたように国際生物学事業計画が1964年から1974年にかけて実施されました。そこでは世界中の主要な生態系で測定が行われたのですが、その中には世界で初めての熱帯雨林での観測が含まれます。実は、その観測は日本の研究グループによって、マレーシアのパソーで実施されたものなので、日本からの貢献は非常に大きいものでした(その研究を牽引されたのが2011年7月に逝去された吉良竜夫・大阪市立大学名誉教授でした)。その結果として、全陸上植物による純一次生産力について年間534億トン(炭素量換算)という値が得られました。それまでの研究では、熱帯雨林など生産力の高い生態系のデータが使えなかったことなどが原因で年間200億トン(炭素)程度の低い推定値が出されていたのですが、このプロジェクトを機に、純一次生産に関する理解が飛躍的に進んだと言えるでしょう。一方、国際生物学事業計画で用いられたデータは必ずしも十分でなかったという反省もあり、現地観測は今も続けられています。

 このように、観測データを集めることで世界の純一次生産力が定量化されたわけですが、それは時間的に変化しないのでしょうか? また、地域ごとの空間的な分布はどうなっているでしょうか? このような問いに答えるには、純一次生産力を推定するためのシミュレーションモデルや人工衛星による観測データを用いた継続的な研究を行う必要があります。実際に、年々の気象条件の変化、大気中のCO2濃度上昇、そして人間による土地利用変化などの様々な要因によって純一次生産力は年々変化しています。私の専門は、陸域生態系の炭素循環をシミュレートするモデルを開発し、地球スケールのシミュレーションに基づいて様々な解析を行うことです。その中には、純一次生産の評価も含まれますが、このような個別の研究では、いかに精緻なモデルを使っても、なかなか皆から信頼性の得られる推定結果を得ることが難しいのです。

 私は、より信頼性の高い結果を得るために、これまで述べてきたような研究例を網羅的に集めて横断的な解析を行いました(このような手法をメタ分析といいます)。メタ分析は多くの研究例に基づくものなので、多くの研究者や一般の方から信頼度が高いものとして見てもらえます。私の研究では、全陸上の純一次生産力について過去から最新のものまで学術論文や書籍などの文献を精査し、251例の推定値を集めました。その推定値を発表された年についてプロットしたのが図2です。その研究を行う中で分かった目新しい事例をいくつかご紹介します。陸上全体の純一次生産力として年間564億トン(炭素)という値が得られました(そのデータには自分のモデルによる推定値も入っています)。多くの研究例を集めることで、個々の研究に含まれる誤差や偏りが打ち消し合いますので、これが現在得られている最も信頼性の高い値と言ってよいと思います。ただ、別々の研究から得られた推定値がきれいに揃っていれば、より信頼性の高い結果と言えるのですが、実際には、最近10年間に得られた結果ですら、大きくばらついていることが分かりました(図2参照)。その原因は、個々の研究で用いた観測データがなおも不十分であるということと、モデルや人工衛星を用いた推定手法に誤差を生じさせる不確定要因が残されているためです。

図2
図2 論文などで発表された陸域の純一次生産力に関するメタ分析の結果
横軸は推定値が発表された年。挿入図は1995~2011年部分を拡大したもの。1960年代の大規模な野外研究によって大きく値が上方修正されたが、2000年以降の現在でも推定値間のばらつきが大きいことが分かる。黒線で書かれたのは中央値(データ全体を大きさで並べたときに半分に位置する値)で、最近では564億トン前後となっている。

 地球の純一次生産を知ることは、生物圏のバイオマス・食糧供給能力やCO2固定能力を明らかにすることにつながります。現在、私たちは地上観測、リモートセンシング、モデルシミュレーション、そして今回のようなメタ分析を組み合わせて研究を進めています。

(いとう あきひこ、地球環境研究センター
物質循環モデリング・解析研究室)

執筆者プロフィール:

伊藤 昭彦

最近はインターネットで多くの情報を入手できるようになったとは言え、メタ分析に必要な文献が図書館でしか見つからないこともあります。貸出不可の古い文献を閲覧するために、何度も関東近辺の図書館に遠征しましたが、文献の山から先人の貴重な知見を「掘り出す」のは宝探しにも似た快感があって、趣味のような楽しみでもあったりします。

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