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定点カメラによる森林フェノロジー観測

【環境問題基礎知識】

小熊 宏之

1.はじめに

 フェノロジー(Phenology)とは、生物季節(学)と訳され、季節の移り変わりに伴う動植物の行動や状態の変化を研究する学問のことを示します。植物の場合では、発芽、開芽(芽ぶき)、開花、紅葉、落葉などの変化と気象条件とは密接な関わりがあるといわれています。

 さて、森林によるCO2の吸収は森林植生の光合成活動によって行われます。それゆえにCO2の吸収量の変化は森林植生のフェノロジーと密接な関係を持ちます。微気象学的な手法で観測された森林全体の炭素収支に対して、森林生態系の寄与を理解するためには、森林を構成している植生のフェノロジーを観察することが非常に重要であると言うことができます。

 図1は北海道苫小牧市の国有林(カラマツ植林地)にて測定された森林のCO2吸収量の季節変化と森林の撮影画像との比較です。微気象学的な手法で測定されたCO2吸収量(Gross Primary Production: GPP)は、カラマツの葉が開く春先に上昇し始め、森林が緑葉に覆われる夏に高い値になり、黄葉・落葉とともに低下しています。春先について着目すると、GPPの立ち上がりは、2002年の方が2003年よりも2週間程度早く始まっていることが分かります。そこで、定期的に撮影されていた森林の画像を参照してみると、エルニーニョの影響で非常に温暖であった2002年はカラマツの開葉が2003年よりも2間程度早かったことが分かり、CO2吸収の開始時期の差として現れたものと考えられます。これは森林によるCO2吸収量の変動を理解する上でフェノロジーの把握が重要であるという事を示す一例です。

図1 北海道苫小牧市の国有林(カラマツ植林地)における森林のCO2吸収量の季節変化と森林画像との比較

2.定点撮影カメラ

 時々刻々と変化するフェノロジーを追跡する手段の一つとして定点撮影が挙げられます。この定点撮影とは、カメラを固定、あるいは撮影位置の再現性を確保し、決まった撮影諸元(撮影時間・間隔やズーム設定など)で撮影を続けることを言います。

 屋外における定点撮影は、防水性や耐候性に優れ、消費電力が少なくかつ安定した動作のカメラシステムが要求されます。市販されているデジタルカメラは価格面などの入手性も良く、画素数も十分であることから、防水ケースに格納し屋外撮影に耐えるように開発されたものをはじめ(図2)、防犯などの監視向けに開発されたカメラも観測目的によっては転用することも可能です。

図2 定点撮影カメラの例

3.富士北麓フラックス観測サイトにおける観測事例

 カラマツ人工林の炭素収支の測定を行っている富士北麓フラックス観測サイトでは、図3に示すように観測タワーやその周辺に森林生態系のフェノロジーを撮影する目的でいくつものカメラが装着されています。微気象学的な方法で測定される炭素収支は、ある程度の広がりの森林、すなわち群落スケールでの炭素収支を測定することになります。そこで群落全体のフェノジーを把握するためにタワー上部から広範囲の撮影を行います(a)。これにより群落全体の色変化や積雪状態などが観測できます。次に、森林植生の芽吹きや葉が開く時期(展葉時期)、更に落葉時期などを詳細に撮影するために、葉や枝に近接して撮影を行っています。個体差を極力無くすために複数の方向にカメラを装着し、平均的な展葉時期を求めています(b)。この枝・葉スケールの季節変化が群落全体の色変化として観測され、そこから群落全体のフェノロジーを把握するわけですが、大量の画像を人間が目視判断するのは困難であることから、撮影画像の色を構成している光の三原色(赤・緑・青)の解析を行い、葉が開く時期や紅葉のピークなどを自動的に判別する研究も行われています。

図3 富士北麓フラックス観察サイトにおける定点カメラの展開の様子

 次に、樹木の葉が展開し、どれくらい森林を覆い尽くしているかということも炭素収支とフェノロジーを関連付ける上で重要な情報となります。特に単位面積内における葉の総面積の割合を葉面積指数と呼び、炭素吸収のポテンシャルを表す指標となります。しかしながら森林の葉の面積を季節毎に計測するのは大変な労力を伴います。一方、魚眼レンズを装着したカメラにより林床から上向きに撮影をして、葉のすき間から林内に透過する光の量などを測定することで簡易的に葉面積指数とその季節変化を求める方法があります。そこで林床3ヵ所に魚眼レンズを装着したカメラを設置し樹冠の撮影を行っています(c)。

 更に、森林のCO2吸収は森林樹木のみではなく、樹木の下(林床)にある草本や低木によっても行われています。そこで林床の草本植生の状態を得るために、上述の葉の鬱閉状態を調べるカメラを定期的に回転させ、林床部の撮影を行っています(d)。

 このような観測のデザインは、人工衛星によって観測される様々な植生タイプの物理量や変動に対し、地上での検証データを統一的な基準・手法によって取得し、データを公開していこうという着想の元で、日本国内のリモートセンシング研究者らが中心となって立ち上げた観測ネットワークであるPhenological Eyes Network: PENで提唱され、国内外のCO2フラックス観測サイトにおける観測の中で継続されています。欧米のCO2フラックス観測サイトにおいてもWEBカメラなどによるフェノロジー観察を取り入れたサイトが増えてきています。

 一方、森林生態系の炭素収支を知るには、光合成によるCO2吸収量と共に植物体そのものの呼吸量(CO2放出量)を測定する必要があります。森林の地上部に対して、地下部の根のバイオマスは3割~4割とも言われ、重要な炭素固定源となっています。直径1mm以下の細根は水分や栄養素の吸収能力が特に高いだけでなく、生産と枯死を繰り返しており、森林生態系の炭素収支に大きな影響を持つと言われています。地下部の調査は大変困難ですが、富士北麓サイトでは、ミニライゾトロンと呼ばれる一種の地中カメラを用いた定期的な地中撮影を行っています(e)。これは予め土壌中に透明のアクリルチューブを埋めておき、このチューブにカメラを挿入し、周囲の根の成長や消失を撮影するものです。撮影画像は二次元的なものですが、根を掘り起こすなどの破壊的な調査に比べて高頻度で観測できることが特徴であり、根の発生季節によって根の寿命が異なることが確認されています。

おわりに

これまで森林における炭素収支の解明に貢献する定点撮影について述べてきました。この定点撮影は炭素収支の研究以外にも、氷河の変動を始め、高山帯や湿原における植生群落の開花時期を始めとした生物多様性の把握に関する観測手段として着目されています。定点撮影は原理的には単純ですが、高解像度かつ高頻度で撮影することが可能であり、更に安価であることも特徴です。長期間の画像の蓄積により、生態系の変動を効率的に抽出することも期待されます。そのためには撮影条件を極力変えずに撮影を継続し、撮影画像が散逸せずに保存される仕組み作りや、共有化などが重要であると考えています。

 

(おぐま ひろゆき、地球環境研究センター 
陸域モニタリング推進室 主任研究員)

執筆者プロフィール

小熊 宏之

 植生調査のために高山帯に行く機会が多くなりました。空前の登山ブームとも言われ、どこの高山帯でも混雑ぶりに驚きます。ゴミの放置、登山道の踏み荒らし、更に排泄物の処理など登山者の増加に伴う問題が山積している事を行く先々で聞かされます。学術目的であれレジャーであれ、山にとっては負荷であることには変わりなく、極力負荷のかからない調査を心がけたいと思います。そもそも山や、そこの自然が好きだと言うのであれば積極的に行くべきではないのでしょうか?未だ答えは見つかりません。