ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

環境化学物質がアレルギーに及ぼす影響とメカニズムの解明 にむけて

【研究ノート】

小池 英子

◆はじめに

 近年,アトピー性皮膚炎や気管支喘息,アレルギー性鼻炎(花粉症),食物アレルギーなどのアレルギー疾患が若年層を中心に増加しており,今や国民の数十%が何らかのアレルギーを持つといわれています。一般に,疾患の発現や増加,悪化をもたらす二大要因として,遺伝因子と環境因子が挙げられますが,遺伝因子は急速に変化することはありません。また,アレルギー疾患の罹患率は,開発途上国に比べて先進諸国で高いことや,農村部に比べて都市部で高いことが疫学研究で報告されています。これより,アレルギー増加の要因として,近代化に伴い急速に変化してきた環境因子(住環境,食環境,衛生環境,水・大気・土壌環境)の寄与が大きいと考えられます。中でも,環境中に放出されている化学物質の影響が危惧されています。例えば,車や工場の排気成分,住宅の建材に使用される防腐剤や塗料,接着剤,プラスティックの可塑剤,家電や繊維製品に使用される難燃剤,食品添加物,農薬など,実に様々な化学物質が私達の身の回りに存在しています。このことから,適切な対策を立てるためにも,環境化学物質のアレルギーに対する影響を明らかにする必要があります。そこで,私達のグループでは,環境化学物質がアレルギー疾患に及ぼす影響とそのメカニズムについて研究を行っています。

◆フタル酸エステルがアレルギー疾患に及ぼす影響

 ここでは,ポリ塩化ビニル製品の可塑剤として汎用されているフタル酸ジエチルヘキシル(DEHP)とフタル酸ジイソノニル(DINP)の影響について述べます。DEHPは,実験的に内分泌撹乱作用を有することが報告され,健康影響が指摘されたことから,その代替物としてDINPが用いられてきました。しかし,DEHPに比べて毒性は低いものの,DINPの健康影響も懸念されるようになり,現在,欧米諸国および日本においては,DEHPとDINPを含む一部のフタル酸エステルは,幼児が口にする可能性のある玩具や育児用品への使用が禁止されています。一方で,その他の多くのポリ塩化ビニル製品(電線被膜や壁紙,ビニル床材,フィルム,医療用具など)には依然として使用されています。近年,疫学研究において,アレルギー性喘息とハウスダスト中のフタル酸エステル量が正の相関を示すことが報告されていますが,アレルギー疾患への影響は,実験的にほとんど検討されていませんでした。そこで,私達のグループでは,ヒトのアトピー性皮膚炎と良く似た病態を形成するマウスの耳に,ダニ抗原を反復的に皮内投与することにより皮膚炎モデルを作製し,フタル酸エステルを反復的に腹腔内投与して,その影響を検討しました。その結果,フタル酸エステルは,皮膚炎症状を悪化させること,また,皮膚炎症状の悪化には,炎症局所における好酸球などの炎症細胞の集積と炎症細胞を呼び寄せるケモカインというタンパク質が重要であることを明らかにしました。次に,さらに詳細な影響メカニズムの解明を目指して,細胞レベルでの検討を行いました。

◆アレルギー反応における免疫担当細胞の役割

多くのアレルギー疾患は,アレルギーの原因物質である抗原に特異的に反応するIgE抗体が重要な働きをしています。IgE抗体は肥満細胞の表面に結合しますが,再び抗原が侵入してIgE抗体と結合すると,肥満細胞に含有されるヒスタミンなどの化学伝達物質が放出されて,かゆみ等のアレルギー症状が現れます。図1に,最もよく知られているアレルギー反応の概略図を示しました。アレルギー反応には,複数の免疫担当細胞が関与していますが,反応の起点を担っているのが抗原提示細胞です。抗原提示細胞は,炎症局所で抗原を取り込み,所属リンパ節に遊走して,T細胞にその情報を提示します。そして,抗原特異的なTh2タイプの細胞が増殖し,Th2サイトカインと呼ばれる液性タンパク質が産生されると,B細胞が活性化され,IgE抗体が産生されます。また,Th2サイトカインや炎症局所の上皮細胞などから産生されるケモカインは,炎症細胞である好酸球や肥満細胞の活性化を誘導します。これにより,アレルギー反応が引き起こされ,先に述べたアレルギー症状が現れます。私達は,アレルギー反応の起点として重要な役割を担う抗原提示細胞に注目し,研究を進めました。

図1 アレルギー反応の概略図

◆フタル酸エステルが抗原提示細胞に与える影響

 フタル酸エステルが,主要な抗原提示細胞である樹状細胞に及ぼす影響についてin vitro (試験管内)で検討を行いました。樹状細胞は,アトピー素因を持つマウスの骨髄細胞を培養することにより,分化誘導しました。この骨髄由来樹状細胞(BMDC)の培養液にフタル酸エステルを添加して培養した後,BMDCの成熟・活性化の指標となる液性タンパク質の産生や分子の発現,機能の変化を解析しました。具体的には,ケモカインの産生やケモカインレセプターの発現,抗原提示に関わる細胞表面分子の発現や抗原特異的なT細胞増殖を誘導する抗原提示機能などが挙げられます。結果として,DEHPとDINPは,in vitro において,これらBMDCの成熟・活性化の指標を増強することが分かりました。図2は,DINPがBMDCの所属リンパ節への遊走に関わるケモカインレセプターであるCCR7とCXCR4の発現および,抗原提示に関わる細胞表面分子であるMHC class IIと補助刺激分子のCD86の発現を増強することを示しています。図3は,DINPがBMDCのT細胞に対するダニ抗原特異的な抗原提示機能とTh2サイトカインであるインターロイキン(IL)-4の産生誘導能を増強することを示しています。DINPの影響が100μMで弱まった原因としては,抗原提示機能を検討するための培養時間が長いことから,高濃度曝露群で細胞毒性が生じたためと考えられます。DEHPとDINPは,BMDCの成熟・活性化を増強する作用に加え,骨髄細胞からBMDCを誘導する際に添加した場合,その分化を促進する作用があることも見いだしました。さらに,DEHPとDINPの活性を比較してみると,DEHPは,BMDCの成熟・活性化よりも骨髄細胞からの分化の過程を促進する作用が強いのに対し,DINPはBMDCの分化・成熟・活性化いずれの過程も促進するという影響の違いも観察されました。続いて,先に述べたマウスアトピー性皮膚炎モデルを用いて,DINPがin vivo (生体内)で免疫担当細胞に及ぼす影響を検討しました。その結果,DINP曝露は,所属リンパ節における樹状細胞等の抗原提示細胞およびT細胞の数の増加と活性化を促進することがわかりました。これより,in vitro で見いだしたフタル酸エステルの免疫担当細胞に与える影響は,in vivo の結果を反映していると考えられます。また,フタル酸エステルによるアトピー性皮膚炎の悪化のメカニズムとして,抗原提示細胞の分化・成熟・活性化を介したTh2反応の促進が一部寄与している可能性が示されました。

図2 DINPがBMDCの細胞表面分子の発現に及ぼす影響
 DINPは,BMDCのリンパ節への遊走に関わるケモカインレセプターであるCCR7 (a) とCXCR4 (b)の陽性細胞や抗原提示に関わるMHC class IIとCD86の二重陽性細胞(c) の割合を増加させることが分かりました。
*p < 0.05, **p < 0.01; DINP曝露群対非曝露群。
図3 DINPがBMDCの抗原提示機能に及ぼす影響
 DINPに曝露したBMDCのダニ抗原特異的な抗原提示機能(a) とTh2サイトカインであるIL-4の産生誘導能(b) は,非曝露群に比べて増加することがわかりました。
*p < 0.05, **p < 0.01; DINP曝露群対非曝露群。

◆おわりに

 フタル酸エステルは,抗原提示細胞の活性化を介してそれに続くT細胞をはじめとする免疫担当細胞の機能を促進することにより,アレルギー疾患を悪化させる可能性が示唆されました。現在,様々な環境化学物質を対象として,免疫担当細胞に対する影響を中心に研究を進めていますが,物質によって反応性や作用点が異なることも分かりつつあります。このin vitro における免疫担当細胞を用いた環境化学物質の影響評価は,影響メカニズムの解明のみならず,免疫・アレルギーに関する簡易・迅速な影響評価手法としても有用であると考えています。今後は,免疫担当細胞と相互作用する上皮細胞,内皮細胞などに対する影響やそれらの複合的な影響も考慮し,環境化学物質による健康リスク低減のための施策に役立つ研究を進めていきたいと考えています。

 

(こいけ えいこ,環境健康研究領域 
生体影響評価研究室主任研究員)

執筆者プロフィール

小池 英子 の写真

 趣味は旅行やダイビングなど。海外旅行は遺跡巡りが中心で,これまでに,エジプトやペルー,メキシコ,シリア,ヨルダンなどに行きました。古代の建造物や美しい自然にふれると,感動と同時に心が癒されます。