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東京湾における調査研究 : 着想,準備から実施に至るまで

【調査研究日誌】

堀口 敏宏

 筆者らは,底棲魚介類(マコガレイ,シャコ,ホシザメなど)調査のため,毎月4~5回東京湾に出かけ,他に巻貝類調査もあるので,フィールドへ頻繁に出ます。今回は東京湾調査について,準備から実施までの概略を紹介します。

 2002年4月,当時の上司の指示で東京湾調査に着手する際,“東京湾の環境と生き物をいかに調査すべきか”を考え,大学院時代の恩師(清水誠・東京大学名誉教授)の東京湾における調査を再開し,発展させようと考えました。東京湾内湾部全域に設定された20の定点(図1)で試験底曳きと環境調査を組み合わせて実施することです。これには漁業者の方々のご協力が不可欠ですが,漁業者の皆さんへの協力要請が難航を極めました。平身低頭で調査協力を依頼したのに,結果を報告しないばかりか,無断で学会あるいはマスコミに発表してしまう例が過去に複数あったため,環境研究者が漁業者に信頼されていないためと思われます。漁業者の皆さんが怒るのは当然です。まず漁業者の皆さんの信頼を得なければと漁業協同組合やその連合会に通い,調査の目的や目標を話しました。数ヵ月を要しましたが,十分にご理解いただけず…最終的に恩師に協力要請の場に同席していただき,恩師の信用でどうにか同年12月から調査をスタートできました。研究者以前に一人の人間として漁業者の皆さんとの約束は守り,年に一度は定期報告し,漁業者の皆さんの知らぬところで勝手に発表しないことを続けてきました。

図1 東京湾内湾部に設定された20の定点
黄色い星印が,横浜・柴漁港。

 一方,東京湾で漁具等を用いて調査研究を行う際には,国の法令や都道府県の規則により,海上作業許可(海上保安部)と特別採捕許可(都県知事)を得なければなりません。特別採捕許可は,関係漁協等の同意を前提に1年間有効ですので,通年調査では年1回取得します。一般に郵送で申請書を受け付けてもらえます。一方,海上作業許可の有効期間は3ヵ月間。通年調査の場合,年4回申請せねばなりません。また,申請書の提出先が6~7ヵ所に及び,申請書が郵送不可(持ち込みのみ)なので,申請の手間は相当です。

 そして,いよいよ,調査実施です。ハタタテヌメリ(図2)の調査を例に示します。まず,天気・海象に注目します。海域での調査は,雨はほとんど気にしませんが,風が出ると波・うねりが高まるため,要注意です。通常,調査前日の正午前の天気予報から調査実施可否について第一回目の判断を行い,機材等を積み込みます。午後7時前のNHK天気予報から第二回目の判断を行い,「明日は予定通り実施」となれば,その晩は早くに就寝します。横浜・柴漁港から午前5時30分頃に2隻で出港ですので,港周辺で前泊無の場合,午前3時前に起床,3時30分に環境研を所用車で出発となります。午前5時過ぎに柴漁港に到着し,船長が出港可否の最終判断を行います。午前5時30分頃に出港しても,湾奥の調査定点に到着するまでに2時間半~3時間かかります。この間,甲板で待機ですが,風にさらされ,波もかぶるので,特に冬場は寒くて辛いひと時です。午前8時~8時30分頃に最初の定点に到着し,作業開始。各定点で水質観測,採水(表層と底層),採泥(底棲生物と底質分析用 : 3回),プランクトンネット,底曳き網と作業は盛りだくさんです(上部写真)。特に採泥が難儀します。船尾から採泥器(18kg)を手で降ろし,垂直に海底に着地させねばなりません。船が揺れても踏ん張ってまっすぐ(垂直)に海底に落とさないと採泥に失敗します。“空振り”10回くらい連続ということもあり,汗が噴き出し,「早くせねば,船長さんたちに迷惑」と気も焦ります。

図2 ハタタテヌメリ
冬場,出港時はまだ暗い。
プランクトンネットを投入。
採泥風景。
採泥後,篩にかける。
底曳き網を巻き揚げる。
イイダコも獲れた。

 底曳きで獲れた魚介類は,甲板上で研究対象種を選び出すのですが,揺れる船上で下(甲板)を見つめ,小さな獲物も見逃さずに全て拾い上げるため,特に乗船経験が浅い場合,船酔いを招くことがあります。船酔い自体は,個人差があるので仕方ありませんが,重要なことはその後です。たとえ船酔いしても作業を続けることが鉄則!「船酔いで作業が辛いのは皆同じ」と言い聞かせて我慢して作業することが重要です。「船酔いで死んだ人はいない」と言われますし,そうした積み重ねで船にも慣れます。

 調査を終えて帰港するのは午後2時頃。ただ,上述のハタタテヌメリ調査では慣れない作業に難儀したため,初回の帰港時刻が午後4時30分,出港から11時間後でした。筆者のこれまでのフィールド調査経験の中でも,この時は本当に疲れました。帰港時は「今日も無事故でよかった」とほっとする瞬間です。もっとも,安心するのはまだ早くて,帰路の運転が睡魔との闘いになることもあります。研究所に無事に到着して,ようやく本当に安心できます。サンプル処理の結果は…またの機会にご紹介しましょう。

 

(ほりぐち としひろ,環境リスク研究センター 
主席研究員)

執筆者プロフィール

堀口 敏宏氏

 大学院博士課程のときにつくばへ来てから18年,環境研に就職して16年が過ぎました。光陰矢の如し。しんどくても後で楽しく思い出されることは,フィールド調査や実験。最近,沿岸の生き物の繁殖力が弱まっている気がします。豊かな海の再生を目指すも難題山積。