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日本と中国を結ぶ 「循環経済都市シミュレーション」 研究

【シリーズ重点研究プログラム: 「アジア自然共生研究プログラム」 から】

藤田 壮

1.中国の都市の持続可能な発展に向けて

 近年,中国の都市は飛躍的な経済成長を実現し,人々の豊かな暮らしを支える製品を世界中に提供してきました。一方で,それに伴い発生した環境汚染が都市や地域の人々の暮らしを脅かすとともに,資源・エネルギー集約型の産業構造は温室効果ガスの排出や資源の集中的消費などで地球全体の環境への負担を大きくしています。低環境負荷型の循環経済社会への転換は中国にとっても地球に住む全ての人々にとっても重要な課題となります。

 中国の工業化と都市化が急速に進むなかで,行政担当者や企業などの各界から,日本の環境技術への大きな期待が寄せられています。ただし,日本の環境技術を単体として移転しても中国側の求める環境基準が日本の技術により達成できる水準よりも低い場合が多く,日本の環境技術が現地にとっては割高になるなどのために普及しないことが多く見られました。これは,環境汚染や地球環境問題に対しての幅広い関心と,それにともなう「支払い負担意思」が低い中国の社会状況が大きな理由となって生じていたことでした。

 2008年になって中国で成立した循環経済法は,こうした状況の大きな転換点となるといわれています。新しい循環経済法の下では,各地方自治体がエネルギーと資源の消費を削減するとともに,水質汚濁や大気汚染などの汚染物質の排出量を削減することが求められています。これからの中国の都市や地域はそれぞれの自治体が,公害対策のような汚染物質の排出源対策にくわえて,より低環境負荷型の産業構造に転換したり,都市開発を誘導規制するような総合的な政策を実施することにより,循環経済型の都市や地域への転換をめざすことになります。その中で,日中の環境技術連携が,理念的な一方向の連携の段階から,実務的な双方向の連携の段階に移行しつつあります。

2.日本から発信する 「循環経済技術モデル」

 われわれの研究室では,日本の環境改善の成功のカギが,環境改善技術の開発とともにその技術の社会への導入を促進し,効果的な活用を進める仕組みづくりであったとの視点にたちます。中国の都市の特性に応じて,日本の環境技術や社会制度の感度分析を行い,導入による改善効果の高い技術と制度を組み合わせて将来の都市環境政策を策定するプロセスを支援する研究に取り組んでいます。都市と周辺地域の空間特性や環境特性と社会経済特性を活かして,ハードウェアとしての環境技術とソフトウェアとしての社会制度を組み合わせて将来計画の策定を支援するとともに,その効果を算定するシステムの研究を進めています。

 日本からの発信が期待される循環経済技術のひとつの例として「エコタウン」があります。エコタウンは,産業から出る排熱や排水,廃棄物を新たに他の分野の原料として活用し,廃棄物の発生をゼロにすることを目指す「ゼロエミッション構想」を地域の基本構想と位置づける日本発信の環境事業です。既に日本全国の26都市で,環境調和型産業を形成して,それを地域振興の基軸として先進的な環境調和型のまちづくりを推進するプロジェクトが進められています。

 たとえば,エコタウンの循環型生産技術を投入する資源,水,エネルギーが製品に転換されるプロセスを定量的な生産関数モデルとして表現することで,その技術を中国の都市へ導入した際の効果を計算することができます。また,廃棄物の発生を抑制する制度や,市民の自主的な参画を含むごみの分別や収集などの社会制度によって,循環型技術で生産される製品の市場での価値を高めるプロセスもモデルとして表現します。循環型の技術やその効果を高める社会制度をモデル化することでそれぞれの効果を定量的に算定することが可能となります。

3.日本と中国を結ぶ循環経済都市シミュレーション研究の枠組み

 もちろん,日本の技術が中国のすべての都市で有効に適用できるわけではありません。中国では,先進国と比肩しうる産業の高度化が進んだ都市や,素材型産業からの飛躍をめざす都市,さらには農業地域での工業化を進める場合など,多様な都市・地域のニーズが存在します。中国の都市で経済成長と環境負荷の制御を両立するには,人口密度や産業立地などの都市の特性や,河川や海,緑地,森林などの環境資源の立地分布特性を生かしつつ,循環型の技術導入を戦略的に展開することが重要となります。

 そのために,エコタウンを含む日本発信の環境技術の中国の都市への展開を支援する「循環経済都市シミュレーションシステム」の研究に取り組んでいます。システムは3つの段階から構成されます。第一に,人口や,商業・工業などの経済活動,建造物や施設の分布などと,水質や大気質などの環境モニタリング情報を組み合わせて,都市環境の特徴を定量的に把握できる都市環境データベースを構築します。第二に,人間活動から発生する環境汚染や廃棄物などの空間的移動プロセスを明らかにする都市スケールの環境物理モデルと社会行動モデルを構築します。これにより,環境技術と社会制度の効果を,当該技術や制度を適用する地域の規模に応じて計算することが可能になります。第三に,その結果として,技術と制度を組み合わせた将来の代替的な政策ビジョンを複数計画して,その効果を比較することで地域の将来的なシナリオを描くプロセスを用意します。

図 循環経済都市シミュレーションシステムの基本フレーム

 その一例として,中国科学院循環経済研究センターとの連携で,中国の代表的な河川の一つである遼河の流域に立地する瀋陽市をはじめとする産業都市で研究を進めています。下水処理や廃棄物焼却などの汚染対策施設の整備や,産業施設の誘導・制御および面的な都市開発規制を含む代替的な対応策の効果を,流域単位で評価する研究を進めています。

(ふじた つよし,アジア自然共生研究グループ
環境技術評価システム研究室長)

執筆者プロフィール

藤田 壮氏

 1961年神戸生まれ。大学卒業後建設会社での都市地域開発計画業務などを経て,94年より大阪大学,東洋大学で環境システム学の教育・研究職。05年より国環研室長。専門は都市環境計画,環境技術評価,都市産業共生システム解析など。