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ライダーネットワークによる黄砂観測 −モンゴル編−

【研究ノート】

松井 一郎

黄砂とライダー

 春の訪れとともに日本へ黄砂が飛んできます。黄砂の科学的な観測や,発生源での対策が国際的な連携のもとに進められています。ある広範な観測域において黄砂の高度分布の時間変化を多地点で同時に観測することで,黄砂の立体的な分布状態を再現することができます。ライダーネットワークはこの観測網のことを指し,観測により得られた黄砂分布データと化学輸送モデルによる計算値との比較を行うことで,化学輸送モデルの計算精度を向上させることができます。これにより,化学輸送モデルから推定される発生地や発生量,輸送経路を精度よく求めることができます。さらに,黄砂発生後の風下への到達時刻を精度良く予測するために,ライダーでの観測値をリアルタイムで化学輸送モデルに代入して,予測計算を行う研究が進んでいます。

 ライダーはレーザーレーダーとも呼ばれています。動作原理は気象レーダーなどの電波を使ったレーダーと同様ですが電波よりずっと波長の短いレーザー光を送信源として利用します。送った光が反射や散乱により戻ってくるまでの時間や受信した光の特性から,雨粒よりも小さい粒子である大気中を浮遊する粉塵(エアロゾル)や黄砂を計測することができます。さらに,戻ってくる光の偏光成分から球形粒子か,非球形の黄砂かを判別することができます。この特徴を生かして上空に飛来する黄砂量を推定しています。ライダーの詳しい原理は,国環研ライダーホームページ(http://www-lidar.nies.go.jp/)の「ミー散乱ライダー技術のレビュー」などで紹介されています。

 大気圏環境研究領域遠隔計測研究室を中心としたライダー研究チームでは,小型連続観測ライダーによる観測を図1に示すように,国内11ヵ所,韓国2ヵ所,中国5ヵ所,モンゴル3ヵ所,タイ1ヵ所,観測船「みらい」で行っています。なお,現在,中国については中国の研究機関が主体的に観測を行っています。これらの観測施設は,国環研の単独での運用,大学等との共同研究,環境省黄砂モニタリング事業,国際協力事業などの多岐にわたっています。中国と観測船を除く,各地点の観測データは国環研にリアルタイムでインターネットを経由して送られ,一括して収集,解析されています。また,装置の維持保守も国環研で行っています。

観測地点の地図
図1 国環研ライダーネットワークの観測地点
(2008年2月現在)

モンゴルでの黄砂モニタリング

 モンゴルでの機材の設置が昨年夏に行われました。モンゴルと言えば,大草原(最近は相撲力士も)を多くの方が連想されますが,ウランバートルから鉄道沿いに100kmほど南下するとゴビ砂漠に入り(図1の茶色の分布),中国国境まで砂漠地帯が続きます。ここで発生した黄砂が中国,韓国,そして日本へと到達するので,発生源近傍での状況を詳細に把握するために重要な観測地点です。国際協力機構(JICA)のプロジェクトによる供与機材として黄砂モニタリング装置(ライダーと地上粉塵濃度測定器を組み合わせたもの)がウランバートル,サインシャンド,ザミンウッドに設置されました。その他,地上粉塵濃度測定器のみの黄砂モニタリング装置がダランザドガドに設置されました。筆者は専門家として設置作業に立会いました。

 日本では黄砂と呼ばれ,風物詩的で柔らかい印象がありますが,砂漠に近いモンゴル,中国では砂嵐と呼ばれています。実際に砂嵐に遭遇すると痛いほどに砂があたり,立っていることもできないほどです。さらに,冬は最低気温がマイナス30度程になり,時々停電が起きるなど厳しい気象環境条件ですので,観測機材は砂漠寒冷地仕様のコンテナの中に設置されています。写真1は,ザミンウッドに設置された装置の外観と現地および設置スタッフとの完成記念の写真ですが,地面は砂です。

観測装置前での集合写真
写真1 モンゴル,ザミンウッドの砂の上に設置された観測装置
(前段中央が筆者)

 夏でも黄砂が発生しました。2007年8月,サインシャンドでの設置作業中に試験観測がはじまると黄砂が発生しました。写真2の上段が通常の景色,下段が黄砂に覆われている状態です。この時のライダーデータのリアルタイム解析表示画像が図2で,3画像とも縦軸が高度,横軸が時間(国際標準時)です。上段(a)は,波長532nmの散乱強度で赤色ほど散乱が強いことを示し,中段(b)は偏光成分の強度で黄砂など非球形粒子ほど赤色を示します。下段(c)は1064nmの散乱強度を示しています。8月23日3時(国際標準時)から約9時間黄砂が発生している状態となり,特に6時間は上段の散乱強度,中段の偏光成分とも赤色で表示されていることから高濃度で1000mほどの厚さの黄砂層が地上を流れて行く状況がわかります。この黄砂は,翌日北京でも観測されました。

黄砂発生時の写真
写真2 モンゴル,サインシャンドで2007年8月23日に発生した黄砂
 上段:正常時と,下段:黄砂飛来時の風景
観測結果の表(クリックで拡大表示)
図2 (a)532nm散乱強度,(b)偏光成分,(c)1064nm散乱強度をそれぞれ表しており,(a)と(c)の散乱強度が赤色の高濃度で,さらに(b)偏光成分も赤色を示していることから,8月23日に高度0~3 kmの範囲で黄砂が発生したことがわかる。

ライダーデータの提供

 紹介したモンゴルでの観測結果をはじめライダーネットワークで取得されたデータから黄砂の分布をリアルタイムで計算し,国環研ライダーホームページの解析結果表示サイトに掲載しています。さらに,2~5月の黄砂期間中,環境省ではライダーデータより求めた黄砂分布を用いて黄砂飛来情報をまとめ,ホームページ(http://soramame.taiki.go.jp/dss/kosa/)にて公開しています。

(まつい いちろう,大気圏環境研究領域
遠隔計測研究室主任研究員)

執筆者プロフィール

 10年ほど前から海外でのライダー観測がはじまり,インドネシア,タイ,観測船「みらい」での赤道海域と暖かいところから,最近は中国そしてモンゴルとだんだん寒いところに移ってきました。心情的には暖かいところの方が好きなのですが。