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環境研究への期待を受けて

【巻頭言】

理事長 大塚 柳太郎

 環境に対する社会的な関心がますます高まっています。マスメディアでも,国内外での温暖化の影響,生態系の劣化,大気・水・土壌の汚染,廃棄物処理の問題などが毎日のように取り上げられ,「環境」や「エコ」だけでなく,「低炭素社会」とか「ヴァーチャルウォーター(輸入物資を仮に自国内でつくるとしたら必要になる水の量のことで,仮想水と訳されます)」などの言葉もしばしば用いられています。

 環境研究への社会的な期待もますます高まっています。この状況は,環境研究に従事する私たちにとって望ましいともいえそうですが,重要なことは,高まる期待の受け手としてどのような研究を進め,どのように社会に貢献するかでしょう。国環研憲章の前段に,「今も未来も人びとが健やかに暮らせる環境をまもりはぐくむための研究によって,広く社会に貢献します」と謳われているとおりです。ここでは,3つの点から私の考えを述べることにします。

 第1は,環境研究に何が期待されているかを冷静に理解することの必要性です。人びとが期待する内容は,年齢・居住環境・職業・生活歴などによって異なるでしょう。環境への関心が強い人びとのあいだでも,主たる関心の対象は,野生動植物の減少や自然生態系の劣化,エネルギー供給の危機,健康影響への危惧などと異なるかもしれません。また,環境問題の原因究明ではなく有効な解決策だけに関心をもつ人びとも多いにちがいありません。私たちは,多くの人びとの関心の持ち方や理解の仕方が私たちとどのような点で異なるかを含め,環境研究に期待されている内容を理解し,その上で環境研究の専門家としての意識を高めていく必要があります。

 第2は,研究の目的を常に意識することの重要性です。研究方法の習得や研究方法の開発を目的とする研究が重要なことは論をまちませんが,ここでは,高次の研究目的について述べることにします。それぞれの研究はそれぞれの目的をもって行われますが,個々の研究はより高次の目的を目指す上で手段と捉えることもできます。言い換えると,研究を目的と手段という切り口から整理すると重層構造になっています。この上層に,「望ましい社会像」が位置すると考えられます。国環研でも,「低炭素社会」「循環型社会」「自然共生社会」「安全・安心で健康に暮らせる社会」などを望ましい社会像として掲げてきました。どの研究もいずれかの社会像を目指して行われているのですが,気になるのは複数の望ましい社会像の関係性です。たとえば,AとBという2つの社会像だけを考えても,相互にwin-winの関係なのか,あるいはAのためにはBを部分的にせよ犠牲にせざるを得ないかどうかです。環境研究に従事する私たちは,このような関係性の検証を本格化すべき時期にきていると思います。さらにいえば,狭義の環境問題には含まれない,食糧をはじめとする人間の生存にかかわる基本的な問題との関係性の検証も必要です。

 第3は,研究者が社会と向き合う際のパフォーマンスに関係しています。それぞれの研究者は専門とする分野が異なるし,同一の研究者が基礎的なテーマに取り組むことも応用的なテーマに取り組むことも,あるいは単独で研究するときも大きなグループのメンバーとして研究するときもあるでしょう。しかし,どのような場合であっても,取り組んでいる研究テーマについて,学術的な意義とともに社会的な期待に対する位置を自己検証する必要があります。どの研究も,「広く社会に貢献する」ためのどこかに位置づけられるはずだからです。この認識の上に,研究成果をそれぞれに適した方法で発信することが,社会の期待に積極的に応えることになるはずです。

(おおつか りゅうたろう)

執筆者プロフィール

大塚柳太郎氏

 東京大学(医学系研究科)名誉教授。
専門は人類生態学。
かつての同僚や学生と顔を合わせると,私自身が忘れていた昔の言動がしばしば話題になり,ドキッとすると同時に記憶の劣化を心配したりしています。それでも,進歩が足りないと感じつつ,現在すべきことを考える刺激剤になっています。本号がでるときは第2期中期計画の3年目に入っています。皆様とともに,国環研のさらなる発展を目指そうと気持ちを新たにしています。