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南極レポート(第4回:「オゾンホール観測」

【海外調査研究日誌】

中島 英彰

  前回の南極レポートでは,昭和基地でのミッドウィンターについて紹介しました。今回は,現在南極域において最盛期を迎えつつあるオゾンホールの観測概要について紹介したいと思います。

 南極昭和基地では,オゾンホールの観測のために,これまで主に気象庁によって,「ドブソン分光計」,「ブリューワ分光計」,「オゾンゾンデ」などによる観測が行われてきていました。その中でも,1982年・第23次南極地域観測隊によってオゾンの大幅な減少が世界ではじめて確認され,国際会議等で発表されたことは,日本の南極観測史上においても,大きな成果のひとつと位置づけられています。その後英国の研究者らによる1985年のNatureの論文によって,オゾンホールは世界的に脚光を浴びるようになったのです。

 オゾンホールは,1980年代の日・英の研究者による独立発見後,次第に規模を拡大して来ています。1987年の「モントリオール議定書」に始まる,オゾン破壊物質である特定フロンの世界的な生産制限にもかかわらず,いまだオゾンホールが回復に転じたという確たる証拠はありません。地球史的に見ても,現在は人類が地球上に現れて以来,もっともオゾン層が脆弱な時期に当たると言えます。

 そこで,今回我々第48次南極地域観測隊では,以下の3つの手段でオゾンホールの詳細なメカニズム解明を目指すことといたしました。まず,太陽からの赤外線を光源とした,オゾン破壊物質を含む大気微量成分を高度別に測定することができる高分解能FTIR(フーリエ変換赤外分光計)による観測。次に,前回の南極レポートで紹介した,オゾン破壊と密接なかかわりがあるPSC(極成層圏雲)の,低分解能FTIRによる観測。さらに,オゾン破壊量の定量化を行う,オゾンゾンデを用いた「オゾンマッチ観測」の3つです。今回は,これらの観測の概要について紹介したいと思います。

 高分解能FTIRを用いると,その場所の上空のオゾン(O3)や硝酸(HNO3),塩酸(HCl),硝酸塩素(ClONO2),亜酸化窒素(N2O),メタン(CH4)などの微量気体成分の量を,高度別に定量的に測定することができます。これは,オゾンホールのメカニズムを定量的に調べるには大変有効な手段です。しかし,FTIRは大変精密な光学機器であり,その取り扱いにもある程度の熟練が必要なことから,これまで南極地域ではニュージーランドのスコット基地において運用が行われているのみでした。

 しかし,スコット基地は南緯78度に位置し,オゾンホールが発達する8月~9月にはまだ太陽が昇らず,太陽光赤外線を光源に用いた精度の良い観測ができません。それに比べ昭和基地は,南緯69度・東経39度という南極では比較的低緯度に位置しているため,8月以降は太陽光を観測に用いることができるというメリットがあります。また冬季には,ほぼ常時南極全体を覆う「極渦」の勢力圏内に位置します。(たまに,極渦の境界に位置したり,ごくまれに冬期間にも極渦の外に出ることもあります。)オゾンホールが極渦内に起こる現象であることを考えると,まさに昭和基地は,太陽光を用いてオゾンホールを観測するにはうってつけの場所に位置するわけです。我々はこの昭和基地のメリットを活用し,高分解能FTIRによる観測を今年3月から行ってきました。図1に,昭和基地における初観測によって今年3月25日に得られたFTIRのスペクトルデータを示します。詳細な解析はこれからですが,オゾン破壊に関連したO3, N2O, ClONO2, HCl, H2O, NO2等微量気体成分の吸収スペクトルの観測に成功し,これまでに約40日間の良好なデータが得られております。

図1 今年3月25日に,昭和基地ではじめて取った高分解能FTIRによる大気の赤外吸収スペクトル。色の違う何本かの線は,太陽高度が異なる何回かの観測結果を示す。本格的な解析はこれからだが,O3やH2O, ClONO2といった気体分子の吸収線が見て取れる。

 また,PSC観測用低分解能FTIRによっても,前回の「南極レポート」でお伝えしたとおり,各種PSCに相当すると思われる興味深いデータが得られております。

 最後に,オゾンマッチ観測について紹介します。オゾンは,フロンから遊離される活性塩素などによる化学反応による破壊のほかに,気圧・気温の変化など,気象学的要因によっても見かけの量が変わってきます。そのため,オゾン破壊物質による純粋な化学的オゾン破壊量を正確に見積もるためには,同じ空気塊(くうきかい)を気象力学的な計算によって追いかけ(流跡線(りゅうせきせん)解析と呼ぶ),オゾンの変化量を調べることが有力な手段となっています。このような解析手法のことを「マッチ解析」と呼び,オゾンゾンデによるオゾン観測に応用したのが「オゾンマッチ観測」です。この手法によって,1990年代から主に北極域を中心に,オゾン破壊量の定量化が行われてきました。具体的には,ある観測点におけるオゾンの鉛直分布を開始点にした流跡線解析を行い,その空気塊が別の観測点上空近傍半径300km以内を通過する予定時刻を計算し,その基地にあらかじめ通知してオゾンマッチ観測を行うことにより,前後2つのオゾン観測量の差から,オゾン破壊量を定量的に算出するというものです。図2に,昭和基地でのオゾンゾンデ観測風景を示します。

図2 昭和基地におけるオゾンマッチ観測用オゾンゾンデ放球の
様子(2007年9月14日)

 オゾンゾンデ観測点の多い北極域では,このようなオゾンマッチ観測は1992年以降ほぼ毎年行われてきていますが,観測点の少ない南極域で行われるのは,今年が2003年についで2回目です。しかも今年は,国際極年2007-2008のプロジェクトの一環として,国際的な協力の下に,7ヵ国,9つの南極基地が参加して行われています(図3参照)。昭和基地では,オゾンホールが形成され始める前の2007年6月から,オゾンホールが最盛期を迎える9月~10月をはさんで,オゾンホールが観測されなくなる11月はじめまでに,計40回のオゾンマッチ観測を行いました。図4に,今年10月4日に昭和基地から放球したオゾンゾンデによるオゾン鉛直分布の様子を示します。高度15~20kmのオゾンが,ほぼ完全に破壊されていることが分かります。帰国後,大気微量成分やPSCの観測結果とあわせ,結果を解析することにより,オゾンホールに関連した新たな知見を得ることを目標にしております。

図3 国際極年2007-2008の南極オゾンマッチ観測キャンペーンに参加している,7ヵ国9つの南極越冬観測基地。黒・黄の曲線が,ノイマイヤー基地(独)を出発した(青矢印)空気塊の流跡線の一例(黄色は,そのうちの日照時間)。赤矢印で示した,他の基地から300km以内の場所で,オゾンゾンデによるオゾンマッチ観測を行う。
図4 今年6月以降10月4日までに行ってきた32回のオゾンマッチ観測によって得られた,昭和基地上空のオゾン量の鉛直分布。赤色が最近10月4日,青色は前日(10月3日)の観測結果であり,この期間は高度15~20km付近のオゾンがほぼすべて破壊しつくされていることが分かる。グレーの線は,それ以前の観測データを示す。

 オゾンホールは,今後11月ごろまでは継続することが予測されます。その間我々観測隊員は,強い紫外線を浴びることになり,外出時は日焼け止めクリームやサングラスの使用が隊の中で喚起されているところです。

 次回の南極レポートでは,今回紹介できなかった,極夜明けの沿岸調査やペンギンセンサス,そして内陸トラバース旅行などについてお知らせする予定です。お楽しみに。

(なかじま ひであき,大気圏環境研究領域
主席研究員)

執筆者プロフィール

 国立環境研究所に来て丁度10年目の年に,つくばから南極に脱走計画を企て,現在南極昭和基地に雲隠れ中。昭和基地では,第48次観測隊の日刊新聞である「よんぱちにゅーす」を発行する,オングル新聞社社主に就任。社主とは言っても,他の記者と変わらず,月1~2回の新聞作成を行う身。改めて,出版物の編集作業の大変さが身にしみ,この「国環研ニュース」の編集者の皆さんの苦労も,遠くから感じています。