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分散型の生活排水対策としての浄化槽

【環境問題基礎知識】

蛯江 美孝

 私たちの家から排出される排水としては,台所,洗濯場,風呂場,洗面所等から排出される生活雑排水とトイレから排出されるし尿がありますが,これらを併せて生活排水と呼んでいます。生活排水の処理には様々な技術がありますが,我が国には,日本で開発された小さいながらも生活排水全般を処理することのできる独特のシステムである「浄化槽」があり,公共下水道と並んで発生源で処理するオンサイト排水処理システムとしての開発・普及が進められています(図1)。

図1 浄化槽の概略図(通常、浄化槽は地中に埋められ、マンホールのみが見えています。)
図1 浄化槽の概略図
(通常、浄化槽は地中に埋められ、マンホールのみが見えています。)

 平成17年度末の汚水処理施設の普及率は80.9%であり,このうち,浄化槽の普及人口は1,093万人,割合として総人口の8.6%となっています。すなわち,浄化槽は,住宅が分散する地域において液状廃棄物としての生活排水を発生源で処理し,水循環・水環境を健全化するための恒久施設としての重要な役割を担っています。そういう意味では個別下水道という言い方もできるかも知れません。

 浄化槽と下水処理場の大きな違いとしては,下水処理場が数千・数万という人の生活排水を1ヵ所に集めて処理する集中型であるのに対して,浄化槽は分散型の排水処理施設であり,一戸建ての住宅から,アパート,マンションなどの単位で生活排水を処理する規模のものまであります。なぜこのような分散型の浄化槽が注目を集めているかというと,東京などの人口密集地域では効果的な下水処理場が,必ずしもどの地域でも有効であるわけではないということです。農山村や新興住宅などでは生活排水の発生源と処理施設との距離が長くなり,下水管を張り巡らせるよりも家庭から出た排水をその場で処理し,きれいな水にして,すぐに環境へ戻す分散型の浄化槽を整備した方が効率的な場合もあるわけです。

 すなわち,浄化槽は,建設費が安く,処理能力が高く,小規模であれば極めて短期間で設置でき,速やかに生活排水を処理できます。また,設置場所について地形の影響を受けにくく,戸別の家庭を対象としており,発生する汚泥の重金属等の含有量が少ないことなどから再利用が容易にできること,などの特長を有しているのです。

 このように分散型排水処理システムとして効果的な浄化槽も,以前はトイレの排水(し尿)のみを処理する単独処理浄化槽というものが多く普及し,トイレの排水以外の台所,風呂等から排出される生活雑排水は垂れ流しになるなどの問題がありました。この問題は非常に重要で,多くの議論がなされ,現在では,平成12年6月の浄化槽法の改正により,法的にも単独処理浄化槽は容認せず,原則として新たに設置される浄化槽は全てトイレ排水と生活雑排水を併せて処理する合併処理浄化槽とすることが義務づけられ,「浄化槽」と言えば,合併処理浄化槽のことを指すようになっています(図2)。生活雑排水は,生活排水全体の汚濁負荷のうち,有機汚濁負荷(BOD:Biological Oxygen Demand)の7割,窒素汚濁負荷の2割,リン汚濁負荷の4割を占めると言われていますので,これらが浄化槽によって適正に処理されることで,大きな環境改善に繋がることになりました(図3)。今後は,すでに700万基以上普及している単独処理浄化槽の合併処理浄化槽への置き換えも含めて設置促進の早急な進展が必要とされているところです。

図2 し尿と生活雑排水を併せて処理する浄化槽
図2 し尿と生活雑排水を併せて処理する浄化槽 (拡大表示)
図3 生活排水の一人あたりの汚濁量から見たし尿と生活雑排水の比率
図3 生活排水の一人あたりの汚濁量から見たし尿と生活雑排水の比率

 さて,具体的に浄化槽の中身の話に移りましょう。生活排水の浄化には主に微生物の力を利用した方法が用いられており,通常,前段(嫌気槽)で大きな懸濁物などを沈殿・除去し,後段(好気槽)で空気を吹き込むことによって汚濁物質は微生物の酸化分解を受けます。つまり,私たちが汚いと思っている水が,微生物にとっては栄養源になるわけです。この微生物の働きによって水はきれいになっていくのです。浄化の原理は浄化槽も下水道も同様ですが,浄化槽で効率的な処理を行うためには様々な工夫が必要になります。夜中,皆さんが寝静まった時間には排水は出てきませんし,朝,食器を洗ったり,夕方にお風呂に入ったりすることによって排水が出てくるわけですから,それに対応して処理効果を維持するためのしくみや構造が重要となります。現在では,効率的な流量調整のしくみや沈殿,酸化分解を促進するための微生物付着担体(プラスチックやセラミックス等)の開発(図4)により,ほとんどの有機物は除去することができるようになってきました。

図4 高度処理浄化槽に充填された微生物付着担体と付着微生物(拡大写真中で米粒のように見えるのが微生物で、1/1,000 mm程度の大きさです。)
図4 高度処理浄化槽に充填された微生物付着担体と付着微生物(拡大写真中で米粒のように見えるのが微生物で、1/1,000 mm程度の大きさです。)

 しかしながら,放流先である河川,湖沼,海域等の汚濁の原因となっているのは,有機物だけでなく,実は生活排水にともに含まれる窒素やリンといった栄養塩類が重要な因子になっているのです。窒素については,好気槽で酸化処理した水の一部を嫌気槽に循環させる硝化・脱窒法が行われます。このとき,排水中の窒素(主にアンモニア)は好気槽で微生物によって硝酸にまで酸化(硝化)され,循環した先の嫌気槽では酸素が無いために,微生物による還元反応を受けて窒素ガスとして除去(脱窒)されます。リンについては,リンと結合して沈殿する薬品を添加する凝集沈殿法や電気的に鉄を溶出させてリン酸鉄として沈殿・除去させる鉄電解法,リンを選択的に吸着する吸着剤を用いた吸着脱リン法などがありますが,我が国には,リン鉱石が存在せず,その全てを輸入に頼っていることから,近年では,排水からのリンの回収・資源化も視野に入れた技術開発も進められています(図5)。

図5 環境低負荷・資源循環型社会におけるリン除去・回収循環化システムの社会的必要性
図5 環境低負荷・資源循環型社会におけるリン除去・回収循環化システムの社会的必要性 (拡大表示)

 このような,窒素・リン対策にも対応した高度処理浄化槽の開発は,第6次総量規制の在り方について(H17年5月答申),第三次環境基本計画(H18年4月7日閣議決定)など,環境省をはじめとした各種委員会等でも議論がなされています。特に,本年1月に環境省の中央環境審議会浄化槽専門委員会が取り纏めた「浄化槽ビジョン」においては,更なる浄化槽技術の高度化と同時に,安定した処理性能の担保のための維持管理システムの効率化を図ることが重要な位置づけとなっています。

 また,このような日本発の浄化槽技術は国際的にも注目されており,2003年3月の第3回世界水フォーラムにおいては,『未処理の家庭廃水による水質汚濁問題の解決には,廃水をその場で処理するのが最も確実かつ効果的であり,日本で開発された「浄化槽」による現地処理の技術は,更なる進歩によって,他国でも使用されるようになるであろう。』と,国際的にも期待を寄せられているところです。

 国立環境研究所では,現中期計画において,液状廃棄物対策としての浄化槽の高度化および維持管理を含めた効率化・安定化のための研究開発を行っており,さらに,アジアの途上国等への展開も含めた検討を行っています。

(えびえ よしたか,
循環型社会・廃棄物研究センター
バイオエコ技術研究室)

執筆者プロフィール

 子供の頃から,物の理(ことわり)に興味があり,見るもの,聞くもの全てに「なんで?どうして?」という質問を繰り返し,理屈っぽいと言われながら自然と理系の道に進みました。現在,液状廃棄物対策の研究において,理学的な追究と現実的な応用のWin-winを目指して努力していますが,日常生活の中では,食べ過ぎや飲み過ぎなど,Win-winからはほど遠くなっています。物の理(ことわり)として,わかっちゃいるけどやめられない。