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底質中の有害化学物質の影響をユスリカを用いて調べる

シリーズ政策対応型調査・研究:「化学物質環境リスクに関する研究」から

菅谷 芳雄

 2004年4月改正化審法(化学物質の審査及び製造等の規制に関する法律)が施行されました。改正の目的の1つは化学物質の生態系への影響を防止することであり,一定量以上の化学物質を製造・輸入する者は人の健康への有害性データに加えて,水生生物を用いた生態毒性試験データを要求されるようになりました。このような化学物質の管理を目的に要求される試験データは原則としてOECD(経済開発協力機構)が定めた国際的に合意された試験法を使用することになっています。OECDでは試験法の概略を定めたテストガイドラインを制定し加盟各国はこれに沿った試験法をその国の法律等で決めており,我が国の改正化審法もこのルールに従っています。本プロジェクトでは,そのような行政が用いるデータを作成するための各種生態毒性試験の検討も研究テーマとしており,ここではユスリカを用いた底質毒性試験法の検討について紹介します。なおOECDは2004年4月に底質毒性試験に関するテストガイドラインを制定しており,この研究もその制定プロセスに合わせて進めました。

底質毒性試験とは?

 環境中に放出された化学物質は,分解速度が低いと水に溶けやすい場合は水中に存在し,溶けにくければ有機物の多い底泥(底質)中に移動しここに蓄積します。改正化審法では,原則としてすべての化学物質の藻類・ミジンコ・魚類への急性毒性データを要求し有害性を判断します。さらにもし底質中の濃度が増加し環境への影響が無視できないと判断されると,底質毒性試験を要求します。一般に底質毒性試験とは底質に蓄積した化学物質の影響を直接受けるユスリカ,イトミミズ,二枚貝のような生物を用いた試験を言います。このような生物が生息する環境を模して,底質とその上の水(上層水)からなる試験です。この試験から底質中の化学物質が生物に有害かどうか,さらに,濃度と反応の関係から毒性値を算出し,化学物質の管理に用いられます。

ユスリカとはどんな生き物か?

 底質毒性試験に用いるユスリカは図1のような生き物で見ての通り昆虫です。図1はセスジユスリカという種類ですが,沖縄を除く日本各地の汚れた河川や排水路に生息しています。卵は水中,ふ化した幼虫は底質に筒状の巣を作りサナギになるまでそこで生活します。幼虫の体色は赤,体長は10mm,羽化してカのような成虫になります。ごく普通に見られる種ですが,私たちの研究所では栃木県日光産のものを10年ほど前から飼育しています。

ユスリカの写真
図1 セスジユスリカの幼虫(左)と成虫(右)

OECDのテストガイドライン底質毒性試験法

 テストガイドラインは図2の模式図に示すようにえさからまたエラや体表から有害物質が体内に入り毒性を発現するとして試験を組み立てました。底質は原則として人工の底質(石英砂,カオリン,ピートモスを混ぜたもの)を使います。ユスリカを幼虫から羽化まで,いくつかの濃度段階で暴露し,成長や羽化を観察します。化学物質を入れない場合(対照区)と比べてどの濃度まで影響がないか(無影響濃度),統計的に羽化数が対照区の半分になる濃度(50%影響濃度)を求めます。実際の試験は図3に示すように,ガラス容器に汚染した底質と水(上層水)を入れ,そこにふ化直後の幼虫20個体を入れて羽化を待ちます。容器にはプラスチックのフタがついていますので,羽化した成虫を数えることができます。なおこのテストガイドラインは対象とする物質が特に疎水性(水に溶けにくく有機物に吸着しやすい性質)の高い物質とそうでない物質では異なる方法を提示しています。大きく分けて2つの試験法があることになります。

暴露の図
図2 化学物質の暴露ルート
試験の様子の写真
図3 ユスリカを用いた底質毒性試験の様子

国内リングテストの実施

 2002年度には民間試験機関3社と低疎水性の物質の試験を,2003年度には4社と疎水性の高い場合の試験を,同じ手順,材料,対象物質を用いた比較試験を行いました。このように同じ物質を対象に同一の試験法で異なる機関が同時に行う試験をリングテストといいますが,試験法そのものを評価する上では重要な手段です。ここでは疎水性の高いペンタクロロフェノール(PCP)の結果を図4と表に示します。

結果のグラフ
図4 底質毒性試験結果
試験結果の表
表 国内リングテストにおけるPCP のユスリカ底質毒性試験結果

 図4は横軸に底質中のPCP濃度,縦軸にユスリカの羽化率を示したグラフです。PCP濃度の上昇とともに羽化率が減少しています。羽化率の減少が低い濃度で起こるほど高い毒性であったと判断します。図の各ラインはそれぞれの機関での結果を示していますが,PCP濃度80mg/kgでは羽化は阻害され,また4.5mg/kgまでの濃度であれば対照区とそれほど大きな差がありません。中間の濃度では試験機関により多少の差がありますが全体としてよく一致した結果でした。それぞれのラインが示す濃度と羽化率の関係から50%羽化阻害濃度と対照区と差がない最高濃度(無影響濃度:この場合は羽化率だけでなく,羽化までに要する日数のデータも加味しました)を計算して表に示します。50%羽化阻害濃度は平均37.2mg/kgで3つの試験機関(A~C研究所)はこの平均値に近い値でした。また無影響濃度も平均16.5mg/kgであり,再現性の高い試験法であることが分かりました。

おわりに

 OECDのテストガイドライン案が提示された時には,国内ではまったくなじみのない試験であり,しかも推奨されるユスリカの種類も国内には生息しない種でした。そこで急いで研究を立ち上げました。幸いにしてテストガイドラインの決定までには一応の成果を得て,日本からいくつかの修正提案を行い反映させることができました。国内リングテストは改正化審法で要求される有害性データの作成だけでなく,我が国の試験機関で行われる試験の信頼性を広く国際的に認めてもらうための基礎データとなると考えます。

(すがや よしお,化学物質環境リスク研究センター)

執筆者プロフィール:

研究所に就職した当初は日本全国の河川や湖の生物調査に明け暮れていました。その後も野外調査主体だったのですが最近は室内試験とデスクワークで欲求不満気味です。もっともその当時よりは体重の増加と筋肉の減少で果たして前のような体力勝負の研究ができるかどうか心配ではありますが。