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広域大気汚染の数値シミュレーション

研究ノート

大原 利眞

 大気汚染はいろいろな所で問題になっています。例えば,私達は交通量の多い道路周辺の自動車排出ガスによる大気汚染に良く遭遇します。さらに,光化学スモッグや酸性雨のように広い地域で発生する大気汚染(広域大気汚染)も良く耳にするのではないでしょうか。例えば,身近では大都市周辺地域の汚染があげられますし,もう少し大きな目で見ますと酸性雨に代表される東アジアスケ-ルの大気汚染も問題となっています。さらには,地球の温暖化や冷却化に関係する温室効果ガスや空気中を浮遊する微小粒子のように地球全体に広がっている大気汚染もあります。ここでは,関東地域と東アジア地域の広域大気汚染問題を取り上げ,その発生メカニズムや汚染対策効果を評価するために用いられる数値シミュレーション研究の現状を報告します。

 大気汚染の数値シミュレーションとは,「大気汚染物質の振舞いを数式(これをモデルと呼びます)で表現し計算機を使って計算する方法」です。工場や自動車などの発生源から大気中に排出された汚染物質は,風に流されたり化学反応を起こしたりして複雑に変化します。この変化の様子を計算機上で再現するのが大気汚染の数値シミュレーションです。

 それでは,このシミュレーションによってどのようなことがわかるのでしょうか?先にも述べたように広域大気汚染は深刻で一刻も早く空気をきれいにする必要があります。そのためには,大気汚染はどのようにして発生するのか,汚染の原因はどの発生源から出たどの物質なのか,汚染は今後ひどくなりそうなのか,どのような対策をすれば空気はどの程度クリーンになるのかといったことを知っておく必要があります。大気汚染の数値シミュレーションはこのような問いに答えを出すことができます。何故ならば,シミュレーションによって計算機上で大気汚染の状態が再現されているのですから,例えば,その結果を詳細に解析すれば汚染の発生原因がわかりますし,対策を施したと仮定して計算すれば対策効果を把握することができる訳です。

 もう少し具体的にシミュレーションの方法について説明しましょう。図1にシミュレーションの流れを示しました。シミュレーションするためには様々なデータが必要になりますが最も重要なデータは,(1)工場や自動車などの発生源から大気中に排出される汚染物質量のデータ(発生源データ)と(2)大気中での汚染物質の振る舞いを支配する風,気温,降水量などの気象デ-タです。(1)の発生源データは,国や地方自治体が実施する発生源調査や燃料使用量などから排出量を推計した後,それをモデル入力用データとして加工・編集して作ります。また,(2)の気象データは,風や降水量などの気象観測データを利用したり,天気予報に使われている計算手法(気象の変化を表した数式を使って計算する方法)を使って計算したりして作ります。さて,シミュレーション計算するためには,これらの入力データ以外に,汚染物質の大気中での振る舞いを記述した数式群(大気汚染の数値シミュレーションモデルと呼びます)を用意し,計算機を使って計算できるようにしておく必要があります。これらの準備ができると,いよいよ計算機を使って,発生源から排出された汚染物質が大気中をどのように流されるか,汚染物質が空気中でどのように変化して別の物質になるか,雨などによってどれだけの汚染物質が大気中から地表面に除去されるかなど汚染物質の大気中での振る舞いに関係するプロセスを計算することができます。すなわち,計算機シミュレーションを実施することになります。

シミュレーションの概要図
図1 大気汚染シミュレーションの流れ

 そして,この計算機上で再現された大気汚染の状態をもとに,大気汚染を減らす方法を検討したり,将来の汚染動向を予測したりすることに活用されます。

 それでは,実際のシミュレーション例を幾つか紹介しましょう。図2は関東地域の冬季に発生する高濃度汚染現象をシミュレーションした結果を示します。関東地域では毎年11~12月に二酸化窒素(NO2)や微小粒子による汚染がひどくなります。図2はこのような時の汚染の様子を示しており,東京湾周辺を中心とする首都圏地域で汚染がひどいことがわかります。このような高濃度汚染は,晴天で風が非常に弱い夜間に発生します。一方,図3は夏季に発生する光化学オキシダント(Ox)の主要成分であるオゾンのシミュレーション結果です。最近の研究結果によると,アジア大陸で排出された大気汚染物質が西風によって日本列島に運ばれ,日本における光化学Oxや微小粒子,酸性雨などの汚染レベルを押しあげることが明らかになりつつあります。このような国境を越える大気汚染を越境大気汚染と呼びます。図3(a)は東アジア地域における2000年7月1ヵ月間の高度500m付近の平均濃度を示しますが,大陸から高濃度オゾンが日本列島周辺に流れ込んでいる様子がわかります。このことから,越境汚染が日本の大都市周辺で発生する光化学Oxに一定の影響を及ぼしていると考えられます。この東アジアスケールの計算結果を使って,関東地域のオゾン濃度を詳細に計算した結果を図3(b)に示します(但し,この図3(b)は光化学スモッグが発生しやすい昼間12~16時の平均地上濃度なので図3(a)との比較はできません)。図3(b)の結果によると,夏季のオゾンは埼玉県や群馬県で高濃度になりやすく,この計算結果は実測と良く整合します。今後,このようなシミュレーションを進めていくことにより,光化学Oxが日本全域で増加していることや南関東で高濃度Oxが発生しやすくなっていることの原因を明らかにしていきたいと考えます。また,光化学Ox低減対策による効果をシミュレ-ションすることによって,対策を検討する際の基礎資料を作ることも重要です。さらに,天気予報をするように関東地域で大気汚染予報することも可能であり,「明日の光化学Oxは非常に高濃度になるでしょう。外出は控えめに!」といった予報をするための研究に私たちのグループは取り組んでいるところです。

結果の図
図2 関東地方の冬季大気汚染のシミュレーション結果
左図は二酸化窒素(NO2),右図は微小粒子。矢印は風ベクトル(風向と風速)を示す。また,左図ではNO2=30ppbを白で,100ppbを赤になるように段階的に色づけしている。
オゾン濃度の図
図3 (a)東アジアと(b)関東地域における2000年7月平均オゾン濃度
左図は高度500mの月平均濃度,右図は地上の12~16時平均濃度であり,単位はともにppm(静岡大学・吉田真理子さんとの共同研究結果)。

 このように,広域大気汚染の数値シミュレーションは現在,大気汚染の発生・変動の解明,対策効果の評価,大気汚染の将来予測などに頻繁に使用されており,今後もますます活用されると考えられます。しかし,シミュレーションはあくまでも「模倣」であり,それが実際の現象をどの程度正しく表現しているのか常に把握しておく必要があることは言うまでもありません。

(おおはら としまさ,PM2.5・DEP研究プロジェクト総合研究官)

執筆者プロフィール:

この4月に入所した50歳の新人です。新人ではありますが,本研究所には学生の頃から出入りしていましたので古巣に戻ってきた感じです。昔の筑波は実にのどかで,今のように道路を自動車が連なって走るなど想像できませんでした。研究所の雰囲気も変わり,4月に「活気があるが慌しくなった」と多少の戸惑いを感じてからあっという間に半年が過ぎ,それが当たり前のように感じる今日この頃です。