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研究者が見せたいものと世間が見たいもの

理事 西岡 秀三

 「男がみたいものと女が見せたいものはこんなに違う」というのは地下鉄中吊り広告である。そういえば,先ほどアジア太平洋科学会議の招待講演で,国連女性のための基金事務局長コーナー女史が,電子レンジを設計した男の技術者達は,ボタンをあちこち押してはこれも出来るしあれも出来ると誇らしげに説明してくれるが,使う側にあなた方はこれで何をやりたいかとは少しも聞いてくれない,そんな男社会で女性科学者は苦労しているのよ,とぼやいていた。評価される方する方,何が見たいか,「すれ違い」は何処にでもある。

 初夏になって始めの二週間は評価に忙殺された。評価される方としては,所の主要研究プロジェクト評価,外部委員の意見を2日間拝聴。する方は,外部研究機関や巨大プロジェクトの事前評価に2日,所内の外部競争資金応募課題ヒアリングが丸1日,さらに所員の業績評価システムの改良検討半日などである。そういえば,研究機関を評価する評価基準の検討会も近々開かれるんだったか。昨日評価した某機関の教授が今日は我が研究所の評価者となって,評価する方される方,評価の数値目標を考える方,三つ巴に入り乱れて切磋琢磨,足の引っ張り合い,評価はいまや花盛り。

 評価者が出すABCDの評価結果は,機関やプロジェクトの存続,研究員のボーナス数%に直ちに響く。所内の研究評価に関わる幹部研究者20人は,評価の会議だけで毎年10日以上拘束される。当研究所では,誰がどの研究課題に何点つけたか全部全所に公開されるから,暗黙のうちに評価者も評価されることになる。書類は何回も書かされるし,評価漬けはもう沢山だ,研究の時間をかえせ,との苦情さえ聞かれる。

 こんなに大変なエネルギーを評価にかけているにも関わらず,評価の「すれ違い」があると評価は逆効果となる。ルールも確立していない。事前評価と事後評価の評価メンバーが全員違ったため,事前の期待基準と事後の評価基準がまるっきり異なるなどの,研究者のやる気をそぐすれ違いが,大切な評価の場面で大手を振って随所にみられる。

 多くの特殊法人等が独立行政法人化され,独立法人評価はますます業務効率を念頭においた方向へ傾斜しつつあるようだ。研究者から見るとますます「すれ違い感」が強まりつつある。独立行政法人通則法の基本趣旨は決して研究機関を念頭に置いたものではなく,研究のアウトプットは二の次で,まずは効率化である。これに基づき運営される独法評価委員会も,経費をめぐる経営の合理化指標の審議が大半であり,研究者からの評価委員はいらいら。研究機関への国民の期待が反映している評価とはとても思えない。研究機関に特化した独法評価がほしい。

 多くのコスト・パーフォーマンス指標が提案されている。いわく,床面積あたりの光熱水量,電子報告の割合,備品の一元管理等など。確かにパーフォーマンスが明確に決められた機関には,コストがどれだけ下げられるかの効率化指標が適切であろう。税金を使っている限り,研究業務でもコストを下げることが求められるのは当然である。しかし,未知のフロンティアに挑み,今のパーフォーマンスをどんどん新しいものに変えていくことこそが仕事である研究業務の評価に,「入り」から締める効率化指標というのはなんとも「すれ違い感」が否めない。数百億円かけたノーベル賞もあれば,枕もとのメモが生むノーベル賞もある。カネより,とにもかくにもまずは研究成果を見てくれ,自分はこれで評価してほしいのだ,と研究者はいいたい。しかし,評価する側が見たいのは,どれだけ「入り」を絞ったかのようだ。というより,パーフォーマンスをどう評価するかの理念も放棄し,手法もないのであきらめているのではないか。いやいや方法はあるよと,やたらに論文数という,安易な指標だけ取って数量化したと称し,研究の中身を見ずにお茶を濁すのはもっと恐ろしい。

 結局どうすればすれ違いが解消するのか。すれ違いの根本的な原因は,評価する方される方,さらには評価仕組みづくりの専門家,誰も,どんな点で評価したいのか,されたいのか,するべきなのか,自分ではっきり認識していないからだろう。互いに自信がないから,評価する方は,評価の専門家と称する人たちが提案する万能指数をやたらに当てはめ,評価委員に丸投げする。評価される方は効率化を言い訳に挑戦をサボり,結局は規則と効率化に研究を閉じ込めた最大公約数的活動しかしない。研究者の本領であるチャレンジ精神は何処で評価されるのか。

 今求められていることは,評価する方される方,一体自分の存在意義は何処にあるのか,しっかり認識し,自分はこれで評価されたい,したいと宣言し,そこで両者がそのよしあし論議も含めて真剣勝負することではなかろうか。

(にしおか しゅうぞう)

執筆者プロフィール

公害問題がやや下火の頃に国立公害研究所に入って「遅れてきた青年」などと言われながら25年,今は突如の環境の大波に,自らの方向を定めるのに精一杯の毎日。