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アオコに含まれる有毒物質

研究ノート

佐野 友春

 現在世界中の湖沼で富栄養化による有毒アオコの発生が問題となっている。アオコに含まれる有毒物質としては,肝臓毒(ミクロシスチン,シリンドロスパーモプシン),神経毒(アナトキシン,サキシトキシン)などが良く知られている。昨年,WHO(世界保健機構)から有毒アオコおよびその有毒物質に関する報告がなされ,飲料水および環境水中のミクロシスチンの濃度について勧告がなされた。

 当研究室でミクロシスチンの構造解析をはじめたころ,すでに50種類以上の同族体が報告されており,これからは新規の同族体が見つかる確立は低いと言われていたが,スコットランドの藍藻株が生産するミクロシスチンを解析したところ,3種類の新規ミクロシスチン類を発見した。約1000Lの培養液から数mgの化合物を得て構造を解析し,その構造的特徴からDhb-ミクロシスチンと名付けた。その後,スコットランドのダンディー大学のグループとの共同研究でさらに5種類のDhb-ミクロシスチンを単離することができた。これらDhb-ミクロシスチンは,核磁気共鳴スペクトルを測定してはじめて他のミクロシスチンと区別することができる化合物だったので,当時更新したばかりの核磁気共鳴装置が大いに役に立った。また,核磁気共鳴装置と同時に更新された質量分析装置により,不揮発性の化合物でも質量分析スペクトルが測定できるようになったことも研究を促進させた。米国留学先ではこれらの機器使用に制限があったため構造を解析できなかったことがあり,国立環境研究所は恵まれていると感じたことがあった。独立行政法人化後も,今のような恵まれた環境が維持されることを望みたい。

構造図
図 Dhb-ミクロシスチンRR

 一方,藍藻が生産する有毒物質に基準値が設けられるということは,環境中の濃度を測定しなければならないということである。化合物の同定・定量には標準品が必要となるが,ミクロシスチンは有毒物質であるため輸出入が困難であり,そのうえ同族体数が多いためすべての標準品を入手することができない。そのため,個々の誘導体を同定しそれぞれ定量することは現実的ではない。そこで当研究室ではミクロシスチンに特徴的な部分構造に着目し,その部分を化学的に切りだした後,蛍光誘導体とし,蛍光検出器を備えた高速液体クロマトグラフで分析することにより,検出限界数fmolで全ミクロシスチンを定量するという方法を報告した。この方法は従来の方法より,100倍以上高感度であった。その後,より精密な定量を行うために,安定同位体を用いてGC/MS(ガスクロマトグラフ・質量分析装置)により定量する方法を開発した。しかしながら,有毒アオコの問題は世界中で起きていること,ダイオキシン等とは異なり,分析する人が必ずしも化学の専門家でないことが多いことから,高額な機器や専門的知識,難しい誘導体化などを必要としない分析法が求められている。現在,誰にでもできるような誘導体化方法や化学的変換方法を用いて,紫外分光検出器を備えた高速液体クロマトグラフで測定できる方法を検討している。

 ミクロシスチン以外では,糸状藍藻シリンドロスパーモプシスが生産するシリンドロスパーモプシンと呼ばれる有毒物質が最近問題となっている。この物質は肝臓だけでなく腎臓,すい臓,肺などにも毒性を示すことが報告されている。幸い日本ではまだシリドロスパーモプシスの異常発生の報告はないが,気候変動や富栄養化の進行により,将来日本でも起こる可能性は否定できない。また,アナトキシンA及びアナトキシンA(S)と呼ばれる神経毒もアオコから見つかっている。これらシリンドロスパーモプシンやアナトキシン類はその化学性質ゆえに,良い分析法が確立されていない。今後,これらの有毒物質についても,高額な機器を必要としない誰でもできる分析法を開発する必要がある。

アオコの写真
写真 池の表面を覆うアオコ

(さの ともはる,化学環境部化学毒性研究室)

執筆者プロフィール:

北海道大学薬学部出身,専門は有機化学。最近釣りを始め,今年は船釣りに挑戦。