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「学」としての環境政策研究のセンターをめざして

森田 恒幸

年貢のおさめどき

 この4月に社会環境システム部長を拝命した時,正直言ってまずこの言葉が浮かんだ。今まで研究の最前線で戦うため,研究所の幹部にはあらゆるわがままを聞いていただき,本当に頭の下がる思いをしてきた。おかげで,モデリングを中心としたわれわれの研究はこの10年で大きく進展し,世界のフロンティアで十分耐えられるまでになった。これを潮どきに,少しマネジメントの方にも力をいれよ,ということだろう。何かのお返しをしなければと考えてはいたが,微力ながらも「年貢」をおさめるよい機会をいただいたと思っている。恒例により,この場を借りて所信を表明させていただく。

恵まれた研究環境

 この研究所を紹介する際,しばしば「理学,工学,医学から社会科学までを含む広範な領域の研究者を抱え」という枕詞がつかわれる。この社会科学と工学の一部,約20名が,政策展開の現場に近いところで研究する集団を形成している。広い意味での「政策研究及びそれを支える集団」といえよう。この集団のベースとなる組織が社会環境システム部である。

 私もこの研究所に職を得て以来,この集団の一員として微力ながら研究活動を行ってきた。環境アセスメント,環境管理計画,環境指標,環境長期予測,経済評価などの研究に従事した後,ここ10年は研究の現場と政策決定の現場をつなぐモデルづくりに取り組んできた。社会科学や自然科学の最新の知見を統合する計算機モデルを開発して,政策の場に科学の最前線の含意と洞察を伝えようとするもので,同僚の多大なご尽力のおかげで一定の成果をあげることができた。

 この経験をふりかえって強く感じることは,政策研究を進める上でこの研究所の研究環境がいかに恵まれているかということだ。第一に,政策決定の現場に近いことで,政策のフロンティアを肌で感じることができる。現場から間近に研究のロマンを感じとれる絶好の位置にある。第二に,それに加えて,政策現場から一定の距離を置いて,独立した研究体制が維持されている。このおかげで,世界に通用するレベルの高い政策研究を実施することができ,政策の場への貢献もより大きいものになったと思っている。このような研究所運営は,環境庁の長期的視点と大きな度量があったからこそできたと本当に感謝している。

 さらに第三の恵まれた点は,実はこれが最も重要なことだと思うが,自然科学の基礎研究部門と政策研究部門が同居していることにある。基礎研究部門が非常に高レベルの研究水準を維持しているおかげで,所内で密度の高いコミュニケーションが可能となり,加えて基礎分野の世界規模のネットワークにアクセスできるため,科学の最新の知見を政策研究に反映することが可能となっている。世界でも稀な例であり,先達の先見性に敬服するしだいである。

3つのタイプの政策研究

 政策研究と一口に言っても,いろいろなものがある。本研究所が主に取り組んでいる「学」としての政策研究のほかに,「戦略研究」としての政策研究と「行政調査」としての政策研究である。われわれの研究活動をご理解いただくには,ここのところを知っていただくことが不可欠だと思う。

 「学」としての政策研究は,「公共的な問題の認識とその解決のための方法」を対象にして,他の学術領域と同様に共通の客観的条件のもとで分析・評価及び提案するものであり,その研究結果は,当然のことながら研究者のコミュニティで客観的に評価され,公表される。環境に関する政策研究においては,モデリング,経済分析,政策決定過程分析などの分野で世界規模のコミュニティが形成されており,これらの国際的評価を得ることがまず必要となる。加えて,国際機関,政府機関,地方公共団体,民間企業,環境団体などの政策の現場から有用性を認めていただき,常に一定の数のオーディアンスを集めなければならない。これが,この研究所が目指してきた政策研究の姿だと考える。

 これに対して,「戦略研究」としての政策研究は,地球環境問題などの巨大な問題を扱うため,1990年代になって急速に発展しつつある専門領域である。この領域は,科学的知見の現状と不確実さを提示して,対立する価値の中で健全な政策論争とその合意の可能性を誘導することを目的とする。ここにおける研究者の活動は,このプロセスの中で営まれるコミュニケーションの質,合意への貢献,研究者のモラルなどの観点から評価される。非常に実践的な分野であるが,特定の利害集団や行政組織から独立した専門家集団として,特に欧州では独立した研究コミュニティが作られつつある。我が国では,政府の審議会や各種の委員会の事務局が一部この任にあたってきたが,地球環境戦略研究機関(IGES)が設立され,この分野の充実が図られようとしている。

 以上は,現実の政策決定から一定の距離を置く研究活動として運営されるが,政策決定過程の一部として運営されるものに「行政調査」としての政策研究がある。政策展開の際の基礎情報を収集し,政策の説得力及び影響力を増加させることを目的とするもので,毎年,大量の行政調査が実施されている。政策展開になくてはならないものであり,しばしば研究者の参加も求められる。しかし,行政調査は上記の2つの政策研究とは異なる。行政調査の成果は発注者たる政策担当者にとっての有用性によって評価され,従って,公表や研究者のコミュニティによる評価は義務づけられない。

「学」としての環境政策研究のセンターに向けて

 政策の現場と研究の現場とを適切に結びつけ,環境問題の真の解決を図っていくためには,以上の3つの政策研究すべてが必要であり,相互の連携がもとめられることは当然である。大切なことは,このなかで当研究所が果たすべき役割とは何かを明確にしたうえで,世に評価を問うことだと思う。

 当研究所の政策研究部門が目指すべき方向は,「学」としての環境政策研究のセンターであると考える。

 社会科学や自然科学の最新の知見を統合する方法論を開発して,環境政策の現場に科学の最前線の含意と洞察を伝えるとともに,環境政策や環境に関する政策決定過程を体系的に評価する研究を展開する。これにより,環境政策研究のセンターを目指してみんなで歩みたいと考えている。幸いなことに,モデリング,環境指標,経済分析,政策決定過程分析など,既に国際的に評価されている研究活動があり,またアジアをはじめ諸外国の研究者を多く受け入れてきた経験がある。これらをベースにして一層の飛躍をと考えている。

 当面,重点を置くべき研究はいろいろとある。特に,地球規模での環境問題の解決と経済発展とを両立させるためには,環境分野に種々のイノベーションを持ち込むことが不可欠の条件となっている。環境分野での技術革新,新しい環境産業の創出,脱物質化に向けた経済システムのリフォーム,消費やライフスタイルの高度化,南北間の新パートナーシップの確立等々。これらのイノベーション研究を国際的に展開すべく,若い世代の研究者の活躍を支援していくこと,これが当面の私の仕事だと考えている。

 なお,社会環境システム部をベースとする研究者集団のなかには,リモートセンシングを中心に活発な研究活動を進める情報解析分野の研究者集団がある。今回は紙面の都合で触れられなかったが,その国際的活動はめざましく,モデリングとの連携など新たな総合研究に向けた歩みを続けている。詳しい紹介は別の機会に譲りたい。

 最後になったが,今までわれわれの政策研究でともに苦労をしていただいた大学及び諸外国の研究機関の方々,大きな度量で支え続けていただいた環境庁の関係者,さらには今日の政策研究の基盤を作っていただいた当研究所の諸先輩に対して,心より御礼を申し上げます。今までのご恩に報い,また独立法人化の中で生き残っていくためには,われわれ一人一人が国際競争の中で勝ち残る決意を固め,質の高い研究成果を生産していく以外にないと考えている。さらなるご指導ご鞭撻をお願い申し上げます。

(もりた つねゆき,社会環境システム部長)

執筆者プロフィール:

仕事中毒症に悩む団塊末期世代。妻の脅迫によりライフスタイル改造を試みてはいるが・・。