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シベリア上空における温室効果気体の観測

研究ノート

町田 敏暢

 地球表層における温室効果気体の循環の解明,平たく言えば温室効果気体の発生源及び吸収源の強さや分布を明らかにするためには,大気中のこれらの気体の時間的・空間的挙動を詳細に知ることが有効な手段の一つである。米国海洋大気庁は世界中に展開した47の地上観測点や定期航行する船舶を利用して大気サンプリングネットワークを構築し,人間活動や陸上生態系から離れた地点でのバックグラウンド大気の観測を行っている。これらバックグラウンド観測からはその緯度を代表する値を得ることができるので,温室効果気体の緯度分布やその時間変化について多くの知見をもたらした。

 温室効果気体の観測にとって次に求められているのは経度方向の分布,特に大陸上の挙動を明らかにすることである。しかしながら,温室効果気体の強い発生源であり吸収源でもある陸上生態系は空間分布が均一でないために,大陸上の地表では代表性のある結果を得ることは期待できない。大陸上において陸上生態系の影響を受けた空気の平均像をとらえるためには,航空機等を用いて地表から離れることが有効である。

 地球環境研究センターを中心とした我々のグループは,1993年より大陸上での温室効果気体の変動を把握することを目的として航空機を用いた定期観測を西シベリア低地の湿原地帯のほぼ中心に位置するスルグート(61°N ,73°E)上空において開始した。観測は月に1回の頻度で高度500mから7000mまでの温室効果気体の鉛直プロファイルを得るという形で行われている。ちなみに,鉛直プロファイルの定期観測は世界の温室効果気体の観測網において現在決定的に不足している項目であり,いまだ日本,アメリカ,オーストラリアでしか行われていない。このような観測は温室効果気体の鉛直輸送を理解する上で欠かせない情報となる。最近ではグローバルな3次元輸送モデルを用いた発生源・吸収源強度の導出が盛んに行われるようになり,3次元モデルを検証するためのデータとして鉛直プロファイル観測の必要性も急速に高まっている。

 図1はスルグート上空で観測された二酸化炭素濃度から3つの高度を選んで時間変動を表したものである。二酸化炭素濃度はどの高度においても夏季に低く冬季に高いという明瞭な季節変動を伴って年々増加している。年ごとの平均的な濃度は高度によらずほぼ一定であるが,季節変動の振幅は高高度ほど小さくなっている。これは二酸化炭素の季節変動を作り出している原因の大部分が陸上生態系の呼吸・分解と光合成のバランスに依っているためである。

二酸化炭素濃度の変動
図1 スルグート上空の高度7km,3km,1kmにおける二酸化炭素濃度の変動
○は観測値,実線はフィッティングカーブ,点線はフィッティングカーブから経年変動分を取り出したものを表す。

 図1の観測結果から高度1kmにおける平均的な季節変動成分を取り出したものが図2である。比較のために沿岸域の観測基地である米国海洋大気庁によるアラスカのバーロー(71°N ,156°W)と地球環境研究センターによる北海道の落石岬(43°N ,146°E)において観測された二酸化炭素濃度の季節変動も同時に示した。バーローと落石岬とでは緯度が28°ほど離れているが,二酸化炭素濃度の季節変動の振幅はほぼ同程度で約15ppmである。これに対してスルグートでの振幅は約23ppmであり,バーローや落石岬での値の1.5倍にも達する。スルグートの緯度はバーローと落石岬の間に位置するので,これらの差は主に沿岸域と内陸という地表面状態の違いによるものであり,二酸化炭素濃度の変動が経度方向に均一でないことが明瞭に示された。

季節変動の比較のグラフ
図2 スルグート上空(1km )とバーロー,落石岬(地上)における二酸化炭素濃度の平均的な季節変動の比較

 図3にスルグート,バーロー,落石岬の二酸化炭素濃度の経年変動を示す。経年変動の曲線は平均的な季節変動を取り除いてあるので,正味の吸収・放出量を比較する上で都合がよい。バーローと落石岬の二酸化炭素濃度の経年変動に大きな違いはないが,スルグートの経年変動は1997年後半を除いて他の2地点よりも低くなっている。この差については,スルグート付近の人間活動による二酸化炭素放出量がより少ないこと又は,スルグート付近の陸上生態系の正味の二酸化炭素吸収量がより多い(又は正味の放出量がより少ない)ことのどちらか又は両方が原因として考えられる。3地点における二酸化炭素の濃度差が1997年後半に小さくなるのは1997年前半のスルグートでの急激な濃度上昇が原因である。エルニーニョ現象に引き続いて大気中の二酸化炭素濃度の増加率が全球的に増大することは広く知られている。1997年のエルニーニョに対しては,スルグート付近の陸上生態系が比較的早く応答していたらしいことがわかってきた。

二酸化炭素濃度の経年変動の比較
図3 スルグート上空(1km)とバーロー,落石岬(地上)における二酸化炭素濃度の経年変動の比較

 スルグート上空では二酸化炭素のほかにメタン,亜酸化窒素等の温室効果気体の観測も行われており,それぞれがこれまでの沿岸域のバックグラウンド大気では見られなかった大陸内部独特の振る舞いをしていることも明らかになっている。本観測から,大陸内部での定期航空機観測によって非常にユニークで重要な結果が得られることがわかってきたので,1996年と1997年には東シベリアの森林地帯であるヤクーツク(62°N ,130°E)と西シベリアの森林地帯であるノボシビルスク(55°N,83°E)において同様な観測を開始した。これら2地点で得られた暫定的な結果から,温室効果気体の挙動の植生による違いも明らかにされつつあり,今後のデータの蓄積が楽しみである。

(まちだ としのぶ,地球環境研究グループ温暖化現象解明研究チーム)

執筆者プロフィール:

趣味は畑作。肥料にするために生ゴミを畑に埋めるようにしました。野菜の生長には目立った効果が出ていませんが,燃えるゴミの量がすごく減ったのには驚きました。