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藻類がバクテリアを捕食する?!

河地 正伸

 藻類は酸素発生型の光合成を行い,水界を主な生息場所とする生物の一群として認識されています。水の中の植物,すなわち水界の基礎生産を担う生物の代表といえます。一方,単細胞性の藻類(微細藻類)には,光合成(独立栄養)と動物的な従属栄養を兼ね備えた種(混合栄養型の微細藻類)が見つかっています。バクテリアなどを細胞内に取り込む食作用,極微小粒子を取り込む飲作用,様々な溶存有機物の利用などの例が知られています。食作用一つを例にとっても,そのプロセス,メカニズム,餌の処理能力等は藻類群で異なり多様です。光合成または食作用のどちらの栄養様式に主に依存するのかも種によって異なります。このような栄養様式の多様性は,自然界における生息環境の多様性,さらには真核性藻類の進化の歴史(真核性藻類の葉緑体は藍藻のような原核性藻類が細胞内共生することで獲得されたと考えられています)と密接にかかわっていると考えられています。1980年代後半頃から,こうした混合栄養型の微細藻類の存在がクローズアップされるようになりました。いくつかの論文では,天然水で繊毛虫やベン毛虫を上回る規模でバクテリアを消費することが報告されています。水界の物質循環の内容を正確に把握する上で,藻類の従属栄養に関する研究は不可欠といえるでしょう。ただ実際には,培養の困難さや混合栄養型藻類の特定が難しいといった理由から研究はそれほど進んでいません。

 前置きが長くなりましたが,今回はクリソクロムリナ・ヒルタ(Chrysochromulina hirta)という種の食作用能力に関する研究について紹介したいと思います。この種はハプト藻の一種で,細胞サイズは10μm,2個の黄色の葉緑体をもち,2本のベン毛で活発に泳ぎまわる植物プランクトンです。世界各地の海域に生息することが知られています。細胞の大きさの半分くらいまでのサイズ(約5μm)の餌を取り込めること,そして食作用が複雑なプロセスを経た後に行われることがわかっています。図1に食作用過程の模式図を示します。本種では,2本のベン毛の間から伸びるハプトネマと呼ばれる特殊な器官(オルガネラ)を使って,餌となるバクテリアを捕獲,さらにバクテリアを塊にしてから,食胞の位置する細胞部位に運びます。他の種類では,細胞と餌とが接触することで食作用が行われる,すなわち餌の捕獲と食作用が同じ場所なのですが,ヒルタでは,ハプトネマで餌の捕獲と集積,さらに運搬という作業が行われてから,細胞内に取り込まれます。単細胞性生物とは思えない複雑さです。このプロセスを約3分間隔で繰り返し行っています。

クリソクロムリナ・ヒルタの食作用過程
図1 クリソクロムリナ・ヒルタの食作用過程
A:遊泳状態の細胞。ハプトネマの伸長方向に向かって回転しながら遊泳する。矢印は回転方向を示す。
B,C:ハプトネマ上での粒子の捕獲と粒子塊形成。
D,E:ハプトネマ先端への粒子塊の移動。
F,G:屈曲による運搬。H:食作用。

 ヒルタはバクテリアだけでなく,5μm以下のサイズならたいていのものを同じやり方で細胞内に取り込みます。そこで,擬似餌として紫外線照射で蛍光を発するラテックス性のビーズを与えて,細胞内にどれくらいの速さで取り込まれるのか調べてみました(図2)。グラフを見ると,3~4分後に初めて細胞内に粒子が確認され,直線的に増加するのがわかります。この時間は食作用に要する時間(ハプトネマでの餌の捕獲→集積→運搬)に相当します。また直線部分の傾きが粒子の摂取速度になります。

細胞内粒子数と時間のグラフ
図2 クリソクロムリナ・ヒルタの摂取速度
直径0.9μmの蛍光ビーズ(粒子密度は約5×106粒子/ml)を使用。

 摂取速度についていろいろと調べたところ,粒子サイズと粒子密度に応じて大きく変化することがわかりました。図3は直径0.9μmの粒子サイズの結果で,■が摂取速度,●はろ過速度(摂取速度を粒子密度で割った値で,細胞によって処理された水の容積に相当,生物のもつ摂取能力の指標となる)をプロットしたものです。106粒子/ml前後の密度条件での平均的なろ過速度は,約50ピコリットル/cell/min(1ピコリットル=10-12リットル)の値で,過去の報告例の中でもかなり良い成績です。ヒルタは無色のベン毛虫に匹敵もしくは上回る食作用能力をもつことがわかりました。植物プランクトンでありながら,バクテリアの捕食者としての生態的役割を果たすことが示唆されました。

摂取速度とろ過速度
図3 異なる粒子密度条件下での摂取速度とろ過速度
直径0.9μmの蛍光ビーズを使用,■は摂取速度,●はろ過速度を示す。

 一般に,粒子密度が高くなると,細胞と粒子の接触するチャンスが増し,摂取速度は高くなり,そして,ろ過速度はほぼ一定であることが知られています。しかし,ヒルタでは,107粒子/ml以上の高い粒子密度で両速度とも低下しています。高粒子密度条件下の細胞を光学顕微鏡で観察してみると,細胞のまわりに細胞よりも大きな粒子の塊が多数形成されるのが観察されました(図4)。粒子塊の凝集力はとても強く,細胞はその一部すら取り込めないでいました。すなわち,高粒子密度条件下で細胞が取り込めないようなサイズの粒子塊がハプトネマ上で作られるため,摂取速度とろ過速度は低下したと考えられます。

 高い粒子密度条件下で形成される大きな粒子塊が,自然界でも同様に作られるのか?その後の運命,動態が気になるところです。より大型の動物プランクトンの餌となっているのかもしれません。もしそうならヒルタのような種は,自然界において,バクテリアやデトリタスのような微小懸濁粒子のサイズと密度を調整するような役割も果たしていることになります。

細胞の写真
図4 高密度粒子条件下の細胞像
球形の細胞表面に細胞よりも大きな粒子塊が付着している。ハプトネマ(細胞から写真の左上に向かって伸びる紐状の構造)では新たに粒子塊が形成され始めている。

(かわち まさのぶ,生物圏環境部環境微生物研究室)

執筆者プロフィール:

1964年鹿児島県生まれ。専門:藻類分類学。酒と肴と顕微鏡が大好き。