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環境産業は環境制約を乗り越えるか? −リサイクルを例にして−

研究ノート

増井 利彦

 地球温暖化問題や廃棄物問題など,様々な環境問題が顕在化している。地球温暖化問題に対しては,一昨年に開催されたCOP3(気候変動枠組条約第3回締約国会議)では,2010年頃を目処にわが国の温室効果ガス排出量を1990年の排出量に対して6%削減させることが合意された。また,廃棄物の最終処分地の逼迫は周知の通りである。こうした環境に関する制約は経済活動にマイナスの影響を与えると一般には認識されている。しかしながら,こうした制約を乗り越えるために,新たな技術や活動が生み出され,経済活動へのマイナスの影響を緩和させる可能性があることを過去の公害対策は示してくれた。そこで,廃棄物問題を対象に,そうした環境制約を緩和させるような産業を環境産業と定義し,環境産業としてリサイクル活動をとりあげ,リサイクル活動が逼迫した廃棄物問題に対していかに重要であるかを明らかにする。

 ここでは,日本を対象として,廃棄物の発生とその処理を取り込んだ経済モデルを用いて評価する。このモデルは1990年を基準に,対象とする期間全体の経済効用を最大化するという動的最適化モデルである。このモデルでは,将来についても予見可能であることを前提として,将来を含めた経済効用を最大にするように各変数(消費や投資などの経済活動の水準)を決定する。モデル構造は図1に示す通りである。従来の経済モデルでは経済活動に伴って発生する廃棄物(図1の下半分)を無視していたが,このモデルはそうした廃棄物の処理・リサイクルにまで分析対象を広げたところに特徴がある。産業部門は15部門に分割し,廃棄物は11種類に分けて評価している。産業部門のうち,素材系の製造部門を中心にリサイクル部門を設定している。ここではリサイクル活動を,「廃棄物を投入要素(原材料)として直接利用し,財(商品)を生産する活動」と定義する。その結果,現在では考慮されていない廃棄物処理段階における費用が,このモデルでは財の価格に上乗せされるようになる。その一方で,従来では費用のみがとらえられていたリサイクル活動が,廃棄物の削減とリサイクル製品の供給という便益も評価されるようになる。その結果,個々の廃棄物処理では取り扱うことのできない社会全体からみた効率的なリサイクル活動の形態を評価することができる。モデルの詳しい構造や前提条件の説明は割愛するが,ここでは,現在の廃棄物最終処分地の逼迫と1991年以降の最終処分量のトレンドを反映させて,廃棄物の最終処分量を毎年5%ずつ減少させる必要があると仮定する。リサイクル活動のもつ経済効果を分析するために,2つのシナリオを想定する。シナリオ1は非現実的ではあるが,リサイクル活動の便益を無視したシナリオで,リサイクル率(廃棄物発生量に対する再利用量の比率)を現状の水準に固定する。これに対して,シナリオ2は効率的にリサイクルを行う(効用が最大となるようにモデル内部でリサイクル率を決定する)シナリオである。結果を図2に示す。1996年における一般廃棄物と産業廃棄物を併せたリサイクル率は約34%であるが,シナリオ2では2020年には60%に達する。これは,厳しい将来の最終処分地制約を緩和させるために,廃棄物の再利用が促進されるためであり,リサイクル部門の活動がさかんになることを意味する。こうしたリサイクル部門における活動水準の増大は,リサイクル製品の供給量が増大することを導くと同時に,リサイクル活動への投資を誘発し,GDP(国内総生産)についてもリサイクルを現状水準に止めるシナリオ1と比較して大きくなる。逆にリサイクル率を現状の水準に固定したシナリオ1では,2010年以降の厳しい最終処分地の制約をクリアするためには,焼却等の減量化でも対処しきれず,廃棄物を大量に排出する産業を中心に活動水準を落とす以外に方法がなくなるために,経済活動を減少させるようになる。

図1
図1モデル構造-経済活動と廃棄物処理のリンク-
図2
図2GDPとリサイクル率の推移

 以上の結果は,廃棄物の不法投棄が起こらない,廃棄物の処理費用を財の価格に反映させるなど,現在の社会状況を必ずしも反映したものではない。また,以上の結果をすべての環境問題にあてはめることも妥当でないかもしれない。しかしながら,少なくともここでとりあげたようなリサイクル活動をはじめとする環境産業を育成し,廃棄物の処理費用を財の価格に反映させるように社会のしくみを変える(視野を広げる)ことは,環境保全と経済活動を両立させるうえで極めて重要な役割を果たすといえる。今後はより詳細な技術データベースを構築し,環境産業・技術革新の環境保全と経済活動への貢献について評価する予定である。

 今回の報告では,経済企画庁総合計画局岩間浩氏,林健二氏,福田仁氏にデータ収集等の面で大変お世話になった。ここに謝意を表します。なお,本研究は,経済企画庁構造改革推進研究会リサイクルワーキンググループにおいて著者が行った定量化をもとに著したものである。

(ますい としひこ,地球環境研究グループ温暖化影響・対策研究チーム)

執筆者プロフィール:

 昭和45年生まれ。大阪府出身。平成10年4月,地球環境研究グループ温暖化影響対策研究チームに採用。温室効果ガスの排出モデルの構築が研究の中心であるが,本レポートのように環境と経済をより広範に対象としたモデル化に興味をもつ。大阪を離れて1年が経つも阪神タイガースをこよなく愛する。