ユーザー別ナビ |
  • 一般の方
  • 研究関係者の方
  • 環境問題に関心のある方

ケンブリッジ(イギリス)滞在記

随想

秋吉 英治

 1997年11月1日から1998年8月31日までの10カ月間,イギリス・ケンブリッジ大学・化学教室内にある大気科学センターの John Pyle博士の研究室に滞在した。滞在費は,日本学術振興会より,特定国派遣研究者(英国・長期)ということで支給された。日本で遅れている光化学輸送モデルの開発を進めるため,また光化学モデルを用いた研究と研究体制を直に学ぶため渡英した。

 ヒースロー空港に降り立ったのは昨年10月31日,どんよりと曇った寒い日だった。以来,生活において様々な場面で英語に悩まされることとなった。毎日ニュースに登場するブレア首相の英語は,すっきりはっきりとした発音で,気に入っていた。アメリカ人が「アイ・キャーント」と言っていたりすると,思わず「アイ・カント」と言い直したい衝動にかられる。

 私の居た部屋は,机が全部で15位ある大部屋で,その端にある机を一つもらい仕事をしていた。Pyle先生はとても忙しそうで,会議から部屋に帰って来ると,次々にやってくる大学院生の経過報告を聴き,アドバイスをし,最後にいつも元気よくGood! と言っていた。イギリス人のほか,フランス人,ドイツ人,ギリシャ人,中国人がいて,毎日いろいろな言葉が入り乱れていた。大部屋にかかってきた電話の取り次ぎはつらかった。自宅にかかってきた電話もそうだったが,私がわからないと言っているのにもかかわらず食い下がられて,何度か冷や汗をかいた。

 計算機事情は環境研に比べるとあまり良いといえるものではなかったが,限られた計算機資源を最大限に活用していた。化学輸送モデルの勉強に行ったのだが,モデルそのものよりも,モデルの計算結果をいかに効率よく図にして直ちに観測結果と比較し,議論できる体制(コンピュータ及び人材の面において)になっているか,またその結果を直ちにモデルにフィードバックできる体制になっているかということの方が印象に残った。若い学生たちが自由にサイエンスを考えていられるような配慮が感じられ,研究と教育が一体となってうまく機能していると思った。航空機観測とフィールド観測と室内実験と数値モデルをこのグループ(ポスドク15名,大学院生20名,パーマネントスタッフ3名)のみで一応サポートできる体制になっている。アメリカのNCAR(国立大気研究センター)のように,あらゆる分野で先頭を切って走っているわけではないが,ヨーロッパにおける化学数値モデルを駆使した研究・教育の中核として機能している。欧州プロジェクトの研究報告会なども度々行われていて,この分野の欧州の研究者層もかなりのものだと実感した。

 言葉も習慣も異なる国に身を置き,短期間の出張では感じ得ないことを感じた10カ月だった。ケンブリッジの中心街の賑わい,2,3杯は飲める渋い紅茶,愛想の良いコンビニのインド人店主,路によく落ちていたバナナの皮,臭い排気ガス,サンタクロースの格好をしたバスドライバー,夏の夜11時過ぎに始まる打ち上げ花火,クラッシックを鼻歌に歌う学生たち,晴れ後曇り後雨後晴れといった感じの移り変わりの速い天気,冬の低い陽の光に照らされて金色に輝くカレッジ,木立,丘,低い雲。帰国して3カ月以上経った今,なんだかとてもいい夢を見ていたような気がする。

川くだりの写真
写真 ケンブリッジ名物,数学の橋とパンティング(ケム川下り)

(あきよし ひではる,地球環境研究グループ オゾン層研究チーム)