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土壌粒子への有機化合物の吸着

研究ノート

越川 昌美

 環境中の有機化合物は,農薬やダイオキシンといった人工化合物から,生物の分泌物や遺骸といった天然化合物まで,多種多様である。これらの水土壌圏における挙動は,土壌粒子への吸着によって大きな影響を受ける。たとえば,土壌に強く吸着する化合物は土壌表層に長期間残留するが,吸着力の弱いものは土壌水に溶解して土壌深部や地下水に移行する。また,土壌に強く吸着する化合物は安定な状態となり微生物による分解も受けにくい。河川や海でも,化合物の挙動は水中に懸濁した土壌・底泥粒子への吸着の影響を受ける。たとえば,懸濁粒子に強く吸着して河川を運ばれるものは,海に到達すると,懸濁粒子とともに速やかに沈降し,河口近くの底泥中に蓄積する。一方,吸着力の弱いものは,水の流れとともに沖に運ばれ,海水中に拡散していく。このように,有機化合物の環境中での挙動は土壌粒子への吸着によって大きな影響を受けるので,その吸着挙動の解明は大変重要である。

 しかし,膨大な数にのぼる環境中有機化合物のすべてについて,吸着挙動をひとつひとつ調べることは不可能に近い。そこで,物理化学的性質の異なる代表的化合物群を選び,その吸着挙動を詳細に調査して,他の多くの化合物についてもその物理化学的性質から吸着挙動を推定できるようにする試みがなされてきた。これまでの研究で,有機塩素化合物などの疎水性有機化合物の中では,オクタノール-水分配定数が大きい化合物ほど(すなわち水に比べてオクタノールに溶解しやすい化合物ほど)吸着力が強く,土壌から地下水への移行が遅いために地下水汚染の可能性が小さいことが指摘されている。また,トリアジン系農薬や有機酸といったイオン性有機化合物の吸着挙動は,酸解離定数と関連することが明らかになっている。しかし,糖などの親水性中性有機化合物や,一つの分子内に疎水性,イオン性,および中性の官能基を複数持つ天然有機化合物の吸着挙動は,上記の化学的性質のみからは予測できず,その解明には,化合物の立体構造の影響を考慮する必要がある。

 そこで筆者は,単糖の種々の立体異性体および誘導体を用いて,それらの含水酸化鉄および含水酸化ジルコニウムへの吸着挙動と糖の立体構造との関係を研究した。単糖は,化学的性質は互いに似通っているが立体構造の異なる多数の異性体を持つため,立体構造の効果を研究するのに適した化合物である。従って単糖の吸着挙動を詳細に調べた結果をもとにして,BHC(1, 2, 3, 4, 5, 6, -Hexachlorocyclohexane)のように立体構造の異なる異性体を持つ汚染物質の吸着挙動や,一つの分子内に疎水性,イオン性,および中性の官能基を複数もつ天然有機化合物の吸着挙動を理解することが期待できる。含水酸化鉄と含水酸化ジルコニウムは土壌粒子のモデルとして用いたが,前者は,土壌構成成分の中で最も単位重さ当たりの表面積が大きく,かつ反応性の高い物質の一つである。また後者は,土壌中には実在しないが,有機化合物に対する吸着力が非常に大きいことから,吸着の基礎検討を行うのに適した物質である。

 結果の一例として,D-リボースの3種の異性体の含水酸化ジルコニウムに対する吸着特性を,各糖の立体構造とともに図に示した。D-リボースのC-2位の水酸基の向きを変えたものがD-アラビノースであるが,これはD-リボースに比べて吸着しにくい。また,D-キシロースは,D-リボースのC-3位の水酸基の向きを変えたものであるが,D-アラビノースよりさらに吸着しにくい。同様に,水酸基の立体配置の異なる15種類(上記3種を含む)の単糖について比較した結果,水酸基の酸素原子が互いに近接している立体配置を持つ糖は,水酸基の酸素原子が離れて配置しているものより吸着しやすい,という傾向が認められた。また,単糖の水酸基をカルボキシル基,リン酸エステル,または硫酸エステルで置換したものについて比較したところ,置換基の種類と立体配置の効果が認められた。これらの置換基の効果は pH によって異なり,それが水酸基の効果と重なって複雑に現れるので,現在詳しく検討中である。

 今後は,上記の結果をもとにして,化合物の立体構造の違いに起因する吸着力の変化を定式化したいと考えている。また,共存物質の影響や土壌粒子表面の性質が吸着に与える影響などについても詳しく検討していきたい。

吸着性のグラフ
図 D-リボースの3種の異性体の含水酸化ジルコニウムに対する吸着性

(こしかわ まさみ,水土壌圏環境部土壌環境研究室)

執筆者プロフィール:

1996年に京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程修了
<趣味>合唱
<近況>今年結婚しました(旧姓 金尾)